第四話
美術館を出てまっすぐに屋敷に戻った私は、父や母に叱られると思いきや、何も言われなかった。
大広間ではまるで何事もなかったかのように二人はステファニーと談笑している。
おそらく私が屋敷を飛び出したことすら知らないのだろう。
それはそれでホッとしたが、やっぱり私は蚊帳の外なんだなと思い知らされた。
「お姉様、レオナルド様はどんなドレスがお好きかしら」
私がやってきたことに気づき、ステファニーが何着もドレスを広げて見せた。
私は社交用の2着しか持ってないのに、ステファニーは10着以上も持っている。
全部おねだりして買ってもらったものだ。
どれも高級品で、私は触らせてもらったことすらない。
「さあ、わからないわ」
正直どうでもよかった私は、素っ気なく答えた。
「お姉様、お聞きにならなかったの?」
「そういう話題はしなかったの」
「じゃあどんな女性が好みかも?」
「知らないわ。聞いてないもの」
「まあ! お聞きになった? お父様、お母様。お姉様ったら、レオナルド様のことなんにも知らないんですって」
ステファニーの言葉に父も母も私を責め立てた。
「メアリー、ちゃんとレオナルド様のこと調べておかなくちゃダメじゃないか」
「そうよ、メアリー。どうせ浮かれてたんでしょうけど、ほんと使えない子ね」
どうして私ばかり責められるんだろう。
レオナルド様が滞在なさってる間に、みんなにもそういったことを聞く時間なんてたくさんあったはずなのに。
「まあ、ステファニーなら何を着ても似合うから心配はいらないな」
「やだわ、お父様ったら」
笑い合う三人を見て、心底虫唾が走った。
もうこの人たちとは口も利きたくない。
私はそのまま大広間を後にして自室へと戻ったのだった。
※
それからは怒濤の忙しさだった。
ステファニーの婚約のための準備におおわらわ。
ハウエル公爵家に縁のある人たちへの挨拶文、贈り物の調達、馬車の手配……etc.
アソード家としての仕事はたくさんある。
私はひとつひとつそれらをこなし、ステファニーとレオナルド様の婚約に向けた準備を進めていった。
けれども、当の本人ステファニーは一切何もせず。
毎日遊びほうけていた。
「ステファニー、少しは手伝ってちょうだい」
私がそう言っても彼女は「どうして?」と言うだけ。
「ハウエル公爵家と繋がりができるんだから、縁のある人たちに挨拶文くらい送らなきゃ」
「そんなの、お姉様がやればいいじゃない」
「ものすごく多いのよ。一人じゃ無理だわ。それにあなたの嫁ぎ先でしょう? ハウエル家とどんな関係なのか知っておかないと」
「どうせ手紙だけの関係なんだから、覚えるだけ無駄よ」
「そうじゃないかもしれないじゃない」
「だとしてもレオナルド様が全部対応してくれるから何も問題ないわ。私は後ろで控えてればいいだけだもの」
結局ステファニーは手伝ってもくれず、挨拶文はすべて私が書いた。
夜通し書いたものだから手が痛い。
一枚一枚封筒に入れて蝋を垂らし、伯爵家の印を押す。
これだけでも相当時間がかかった。
「お手紙を出してきます」
そう言うと、母は私に言った。
「メアリー、手紙を見せて」
言われるがまま差し出すと、母は憤慨した。
「何よこれ! ステファニーの名前がないじゃない!」
「だってアソード伯爵家として出すんですもの。名前は入れてないわ」
「ダメよ。ステファニーの名前をしたためてから出しなさい」
「でもこれは私が書いたもので、ステファニーはなんにも手伝ってくれなかったのよ?」
「お姉ちゃんなんだから、それくらいやってあげて当然でしょう?」
また言われた。
姉だからなんだと言うのだ。
それに一晩かけて書き上げた手紙を、なぜステファニーがやったことのようにしなければならないのだ。
「ほんと気が利かない子ね」
「……申し訳ありませんでした」
泣きそうになるのを必死でこらえながら、私は自室に戻って手紙にステファニーの名前をしたためたのだった。
※
すべての手紙にステファニーの名前を入れたあと、私は手紙を出しに街へと繰り出した。
郵便屋に手紙を受け渡したあと、つい足を伸ばしてこの前行った美術館の前を通った。
招待券に書かれた日まであとわずかだけど、ジェフに会いたいという気持ちがあふれ出る。
そっと門の外から美術館をのぞき込むと、ふいに背後から「こらっ」という声が聞こえてきた。
「ひっ! ごめんなさい!」
慌てて振り向いて頭を下げると、そこには「くくくく」といたずらっぽく笑うジェフがいた。
「ジ、ジェフ!?」
「ごめんごめん、そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど、つい……」
「もう! ビックリしたじゃない!」
「いやぁ、見事に驚いてくれて嬉しいよ」
どんな時でも自然体のジェフの姿にホッとする。
と同時に、会えて嬉しいという感情がこみ上げてきた。
「どう? 美術館の進捗は」
「うん、バッチリ。レスリーがうまく取り仕切ってくれてるからね。僕はほとんど何もしてない」
「そうなんだ、よかった。でもレスリーさんばかりに任せちゃダメよ?」
「そう思うだろ? だけど僕が手伝おうとすると『余計な手出しはしないでいただきたい』って言われるんだ」
「そうなの?」
「レスリーは僕が手を出すとすべて台無しにすると思ってるんだよ」
ジェフがやらかしてレスリーさんが怒るシーンを想像して笑ってしまう。
ありえそうな感じがしてしまうから不思議だ。
「あ。今、あり得そうって思ったでしょ?」
「うふふ、なんのこと?」
「顔に書いてある」
「書いてないわよ」
「僕の目は誤魔化せないね」
なんだろう。
ジェフと話してるととても心がホカホカしてくる。
嫌なこともツラいことも全部忘れてしまう。
まだ会って2回目なのに、私はジェフの人柄すべてが好きになっていた。
「個展、楽しみにしてる」
「ああ、絶対観に来てよ。それじゃあ、まだ準備が残ってるから」
「頑張って」
走り去って行くジェフを眺めながら、私は「早く開催されないかな」と思った。




