第三話
ジェフについていった私は驚きを隠せなかった。
たどり着いた場所は、宮殿かと見紛うばかりの大きな建物だったからだ。
「あの……、ここが?」
「うん、そうだよ」
庭にはきれいな噴水が水しぶきをあげ、その両側には一面花が咲いている。
まるで大貴族の豪邸のような場所だった。
ジェフがやってきたのに気づいたのか、建物の中から大勢の従業員らしき人たちが出てきた。
その人数もアソード家の使用人たちの比ではない。
三十人以上はいるのではないか。
そんな従業員たちの中で一番偉いであろう初老の男性がジェフに声をかけた。
「お待ちしておりました、旦那様」
「旦那様?」
ジェフはバツが悪そうに頭をかいて初老の男性に言った。
「レスリー、旦那様はやめてくれって言ってるだろう?」
「ですが旦那様は旦那様です」
「ジェフ、あなたいったい……」
何者? と問いかけようとする前に、レスリーと呼ばれた男性が口を開いた。
「これはこれは。アソード伯爵家のメアリー様でいらっしゃいますな」
「え、ええ、初めまして」
思わず頷いてしまった。
このジェフといい、私ってそんなにわかりやすい見た目なのだろうか。
「ようこそお越しくださいました。わたくし、この美術館の館長を務めさせていただきますレスリーと申します。以後、お見知りおきを」
「あ、はい。どうも」
なんて綺麗なお辞儀なんだろう。
物腰の柔からさからいって、ただ者ではない。
「メアリー様、わたくしどもはこれから旦那様と打ち合わせを行いますので、しばらく館内を見て回られてはいかがですかな」
「そうだね。一時間くらいかかるから、メアリーさんは僕の絵でも見てってよ。楽しめるかわからないけど」
たはは、と笑うジェフの顔は、本心のようだった。
これだけの美術館で自分だけの絵が展示されるのに、謙虚な人だ。
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
私は去って行くジェフの後ろ姿を見送ったあと、館内を見て回ることにした。
建物の中は壮観だった。
大小様々な大きさの絵が展示され、それぞれにタイトルがつけられている。
そのどれも迫力があり、見ているだけで吸い込まれそうだった。
「すごい……」
風景画が多い印象だったけれど、中には赤ん坊の笑った顔、農夫たちが作業をしながら談笑してる絵など、個性的なものも多かった。
その中に一つだけ、「あれ?」と思えるものがあった。
貴婦人の絵だ。
立派なドレスに身を包み、指には大きな宝石をはめている。
金色の髪に金色の瞳。
にっこりと微笑む姿が気品に満ちあふれている。
誰だろう。
どこかで見たことがある顔だ。
その絵だけ何枚ものガラスに覆われて厳重に展示されている。
じっとその絵を見つめていると、背後から声をかけられた。
「その絵が気に入ったのかい?」
振り向くと、ジェフがいた。
打ち合わせは一時間と言っていたのにやけに早いと思って柱時計を見たら、すでに一時間以上経過していた。
どうやら夢中になりすぎて時間を忘れていたらしい。
「すみません、絵に夢中になりすぎて気づきませんでした。どれも素晴らしい絵でした」
「嬉しいこと言ってくれるね」
そう言ってジェフが隣にやってくる。
「この絵は、特別なんだ」
「特別?」
「僕の母親の絵さ」
そう言って笑うジェフの顔は、幼い子どものような表情だった。
「母親? でも似てないような……。あ、すいません!」
思わず失礼なことを言ってしまって、慌てて謝る。
でもジェフは気にしてないようだった。
「僕は父親似だからね」
「ジェフのお父様は何をされてる方なんですか?」
「いろいろだよ」
「いろいろ?」
答えになってない。
でも人の家族のことをあれこれ聞くのもよくないと思い、それ以上は聞かなかった。
「それよりも、はいこれ」
ジェフはそう言って一枚の紙を渡してきた。
「……なんですか? これ」
「この美術館の先行お披露目招待券だよ。一週間後、開催されるからぜひ見に来て。って、もう見に来てるか」
ははは、と笑うジェフの笑顔に、私はなんだか心が温かくなる気がした。
婚約者を妹に奪われたときの絶望感は、もう感じない。
目の前にいるジェフの存在が、私の中で大きく膨らんでいた。
「絶対観に来ます! 何度でも観に来ます!」
「別に何度も来なくても……」
「だって、無料なんでしょう?」
「そうだけど……。しまったなぁ、貴族様は有料にしとくんだった」
冗談とも本気ともつかないことを言うジェフに、私は心の底から笑ったのだった。




