表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/7

第二話

 どれほど歩いたろう。

 気づくと私は活気のある商店街にいた。

 そこかしこで物売りの人たちの声が響いている。


 そんな彼らを横目に、私はフラフラと歩いていた。


 これからどうしよう。

 飛び出したはいいが、行く当てもない。

 一人で生きて行こうにも生きる術がない。

 でも屋敷に帰っても惨めなだけだし。

 このまま消えてなくなればどれだけいいだろう。



 そう思っていると、ふいに腕をつかまれた。

 そして勢いよく引っ張られた。


「きゃっ!」


 思わず声が出る。


 なに!?

 なんなの!?


 わけもわからず混乱していると、私の脇を馬車が通り過ぎていった。


 あ、危なかった……。

 もう少しで轢かれるところだった……。


「危なかったね。ダメだよ、一人でボーッと歩いてちゃ」


 優しい声が耳元でささやいている。

 気づくと私は一人の男性の胸の中にいた。


「きゃあ!」


 別の意味で声が出た。

 まさかダンス以外で男性に抱き寄せられるなんて。


「あ、すまない。でもキミが轢かれそうになってたんだ、許してくれ」


 頭をかきながら謝ったのは、平民の服を着た黒髪の青年だった。

 背が高く、茶色い瞳。はだけた胸元がやけに色っぽい。


「い、いえ、こちらこそ助けていただきありがとうございました。そして驚かせてごめんなさい」


 こちらも謝ると、青年は「ふーん」と私の顔を見て言った。


「珍しいね、貴族の令嬢が平民に礼を言うなんて」

「え?」

「貴族連中はみんなお高くとまってるもんだと思ってた」


 そんなことはない、とは言えない。

 確かに私の知ってる令嬢の多くは平民を見下してたりしている。


 妹のステファニューも「平民の男と手が触れた」と言って消毒スプレーを大量に拭きかけていた。

 おそらく私もそういう態度を取ると思っていたのだろう。


「助けていただいたんですから、お礼を言うのは人として当然です」

「人としてね」

「それよりも、どうして私が貴族の令嬢だとわかったんです?」

「そりゃあ、このあたりで身なりのいい赤毛の人といったら、アソード家のメアリー嬢くらいしかいないじゃない」


 言われて気づく。

 確かに今着ているドレスは外出向きではなかった。

 レオナルド様を見送るために着ていたものだ。


 どうやらステファニーの言葉の衝撃が強すぎて、そのまま屋敷を出てしまったようだ。


 私は改めて青年に名前を名乗ってないことに気づき、カーテシーをした。


「これは大変失礼しました。アソード家の長女メアリー・アソードと申します。この度は助けてくださってありがとうございました」

「こんな平民に貴族の礼をするなんて、ますます変な人だ」

「へ、変な人……」


 そんなこと初めて言われた。


「僕はジェフ。よろしく」


 ジェフと名乗った青年はそう言って、床に落ちてあった鞄を拾った。


「キミを助けるために放り投げちゃったんだ。傷ついてなければいいけど」


 心配そうに鞄の中から取りだしたのは、一枚の布に包まれた小さなキャンバスだった。


「よかった、どこも傷ついてない」


 チラリとのぞき込むと、キャンバスには綺麗な風景画が描かれている。


「素敵……」


 湖のほとりで描いたのだろうか、水面を飛び立つ白鳥の姿が生き生きと写し出されていた。


「あなたが描かれたのですか?」

「ああ、そうさ」

「もしかして画家さん?」

「はは、そんな立派なもんじゃないよ。趣味で描いてるだけ」

「マシュー派のような描き方ですけど、微妙にオリジナルも含まれてますね」

「お? キミもイケる口かい?」


 美術に造詣は深くないけれど、ある程度の知識は身につけている。

 いつ社交界で必要になるかわからないからだ。

 だからジェフの描いた絵は趣味でやってるにはかなり本格的な絵画だとわかる。

 美術商に売っても相当な額になるのではないだろうか。


「実はこの絵を描く趣味が高じて、今度個展を開くことになったんだよ。今日はその場所の確認と打ち合わせ」

「やっぱり画家さんじゃないですか」

「お金を取るつもりはないよ。本業の画家に失礼だからね。本当に趣味の範囲内さ」


 よくわからない人だ。

 でも周りにいないタイプで、なんだかものすごく興味を惹かれた。


「どこでやるんですか? 開催されたらぜひ観に行きたいです」

「本当? じゃあ、ちょうど今から行くところだから、一緒に行くかい?」

「いいのですか?」

「もちろん」


 他に行くところもなかった私は、ジェフについて行くことにしたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ