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学校スパイ

 イシグロはコーヒー代を払おうとしたとき、ブライアンが忘れていたというように、西区ギルドの仮身分証を渡してくれた。「仮」というのが気になるが、どこに所属するのかは改めて審査があるとのことだ。


「死があるところに死神はいる。相手が人であろうと天使であろうと」


 イシグロは席を離れた。言いたいことはわかる。善と悪、清と濁を意識したとき、天使が現れた。


「あ、これをお忘れなく」


 イシグロはブライアンから紙袋を受け取った。イシグロは袋の中で箱に詰められた銃弾の重さを感じながら、脇に抱えてホテルを後にした。


 ☆

 そのまま午後、イシグロはソフィアの高校を訪れた。生まれてこの方、前世でも高校など行ったことはないが、講堂では多くの男子が剣術の稽古をしていたし、校舎の窓からは勉強しているものの暇そうに窓の外を見ている生徒が見えた。

 剣術は貴族のたしなみらしい。

 若い、襟足の長い雇われ職人が講堂を見ていた。おそらく休憩中らしいが、屈強な筋肉に彫りの深い顔が若い女教師にも、ニヤッとしてみせた。しかしこちらには嫌われている様子で、ぷいっと顔を背けられた。


「剣術に興味があるのか」


 ニヤッとした後、若者は驚いてイシグロに振り向いた。


「何か驚くことでもあるのか」

「誰だ、あんたは」

「校長の知り合いだ。おまえこそヤクザな目つきをしてるじゃないか」


 こうして話していると、生徒が木製の剣で相手を突いた。綿を詰め込んだ防御服の上からでも、肋が折れるのではないだろうというくらいに吹き飛ばされていた。イシグロは遊びに興味がなく背を向けた。


「あれじゃ誰も守れないな。お坊ちゃまのお遊びの域は出ない」

「あんたは自信あるんだな」

「おまえに勝てるくらいにはな」


 ☆☆☆ ☆☆☆

 肉体美をひけらかするように木綿のシャツ姿で校内を歩いているのは、ディックと呼ばれているボイラー技士だった。諸君もこの男の裏の顔は誰も知らないはずだ。むしろ表の顔であろうか。彼自身どちらが表か裏か区別てまきないかもしれない。彼の名誉のために話しておかなければなるまい。国のためにスパイ活動で学校に侵入し、住み込みで働くようになるとは思いもつかない任務だ。ただ女学生とも話せるし、好みの女教師、ここでは彼女のために名を伏せるが。しかしハンサムな男は国への忠誠心と己に課された任務は忘れてはならない。彼の任務が成功し、彼の任務も恋も成功することを祈る!彼のような人物は、諸君たちの暮らしを支えているのだ!

 ☆☆☆ ☆☆☆


 イシグロは敵意に背を向けた。


「教えてやる。ここしばらくこの学校で取引が行われる。たぶんあんたも知っているはずなんだが、政治家も関わる取引だ。おそらく任務が成功すれば、しばらくは街の麻薬は枯れるくらいにだ」

「貴様は誰だ」

「心配するな。あんたはこの任務に成功する。しかし人は選ばないとダメだ。自分の任務のことは、校長に繋がる奴に知られるな」

「貴様は何者なんだ」


 ディックは、イシグロを校長室からも他の生徒からも見えない裏へと案内した。移民系で、若さ独特の軽薄さも見え隠れしているが、下手くそな小説の中では、恋愛以外は信じられる人物のように描かれていた。

 もはやコミカライズ版のことはわからない。わかったところで、読んでもいないのだから、どうでしようもない。そもそもマリアも読んでなさそうだし、考えるだけムダだ。

 イシグロは青年に情報交換を持ちかけた。ここで行われるのは暗黒街の伯爵と呼ばれる、ブレンディア伯爵が関係している麻薬取引だ。


「誰も名門校で麻薬の取引なとしているとは思わんし安全だ。あんたも任務だと思いながら、こんなところで本当のことか疑っている」

「俺のことは話さん。貴様の口からのでまかしを信じろと言うのか?」

「あんたはヘレン嬢とメシでも食うのか?彼女は演劇が好きだ。古いのじゃない。新しい街で演じられる新しい演劇だ。あんたのような筋肉には興味がない。文学を読むんだな」

「なぜ俺のことを知ってる」

「怒るな。麻薬はどこから来てるのかも話そうか。この前から続いていた戦地だ。応酬したものと軍が準備していた余剰品を合わせている。軍の関係者はロイロット伯爵か」

「そこまでは追及していない」



 イシグロは若者に自分の煙草を渡して火をつけてやった。同じように自分の煙草にも火をつけた。


「あんたの狙いは何だ」

「クルーナ伯爵のガキのことだ。学校での噂だ」

「ハルト・クルーナか。彼は人気がある。どちらかというと運動は苦手だ。さっき剣術の稽古で吹き飛ばされていた子だよ。だが紳士になる」

「賢いのか」

「成績優秀者だ。この週末は出かけていた。今朝包帯を巻いて登校してきたがね。打ちどころのせいでバカになっているかもしれない」

「剣術の稽古か。ハルトはブレンディア伯爵の屋敷にいたんだ。


 イシグロは、ハルトはよほどレメディオスの件が身に応えたのだと思った。考えてみれば、イシグロの方がアマランタに撃たれ、レベッカには裏切られ、レメディオスは奪われるしで、散々な目に遭わされた。


「ソフィアは人気者のハルトを手に入れようと躍起なんだ。顔はいいが頭は空っぽだ。貴族の家に生まれて幸せだ。他でなら不幸だ」


 カランカランと鐘が鳴ると、ディックは煙草を靴底で消した。ソフィアはどこにいるのかと尋ねると、彼は知るわけないと答えた。夜はハルトは寄宿舎でソフィアはアパートメントに帰るだろうと付け加えた。


「俺からもプレゼントだ。実は麻薬はすでに運び込まれている。講堂のどこかに麻薬の隠し場所を記した紙きれが隠してある」

「どこにある。ハルトの部屋は、二階へ通じる階段からいちばん離れたところだ。だいたい七時から八時にはいるはずだ。で、麻薬はどこだ」

「体育館のどこかに、競技会か何かで使われる、校章の縫われた旗があるはずだ。ヒントは垂れている何本かの帯の一本だよ。比較的新しい文字が記されている。外して同じ旗の柄に巻き付ければ、すべてわかるように暗号化してあるんだそうだ」


 イシグロは小説で読んだことを若者に話してやった。これで学校で起きることは、ひとまず若者が解決することになるはずだ。


「あんたは何者だ?」

「死神だ」

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