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弱虫天使

 与えられた寝室のベッドの上、レベッカは枕にもたれてスティレットを見つめていた。どうしても読めないままの文字が施されていた。

 天使に転生した後、いつの間にか買い求めていたものだ。骨董品屋が言うには、神聖な魔法がかけられているらしい。買ったときは、話半分に聞いていたが、もしかして運命の出会いなのかもしれなかった。帝都に入る前、襲われたとき、翼人を焼け焦がしたのだ。あれはスティレットの力に違いない。

 ブレンディア伯爵の屋敷では、半地下の召使い用の汚い寝室で、他の連中に襲われないように、毎夜のごとく警戒しなければならなかった。前世で殺された記憶がある。我が身を守るために一人、仕事の時間を削るようにして、雑木林で訓練した。

 今夜、レメディオスを連れてきて、褒美のようにマーガレットにあてがわれた部屋は、調度類も整理されていて、あのベッドは半地下のように湿気ていないし、垢に塗れてもいない。しかしいつどうなることかわからないので、警戒を解いていない。

 ノックがした。

 レベッカは上体を起こし、警戒しながら扉のところまで進んで、誰かと尋ねた。するとミランだと答えたので解錠した。


「よろしいですか?」

「え、ええ……」


 召使い姿のミランを招き入れた。もう今夜の仕事はおしまいだと、ツインテールの髪をほどいているのを気にしていた。


「飲みませんか」

「何?」

「ホットレモネードです」


 二つグラスを持ってきていた。どうしてノックできたのかと尋ねると、よく手入れされた靴の裏を見せたので、思わずレベッカは笑ってしまった。


「今日はお疲れ様でした」

「わざわざ……」


 二人どちらともなくベッドの縁に並んで腰を掛けて、少し熱すぎるグラスのホットレモネードをちびちびと飲んだ。


「調理場の火を落とす前に入れてきたんですよ。もう料理人してくれる人も他の召使いも帰ってしまいましたから」


 ミランは召使い服のエプロンから紙包みを出して、レベッカとの間に置いた。甘い匂いのするスポンジ生地の中に生クリームを挟んだものである。


「食べませんか。レメディオス様からあなたへも持っていくように頼まれたの」

「わたしは……」

「毒なんて入ってないわ」


 ミランは一きれ食べた。レベッカは食べている様子を見て、不意に彼女とどこかで会ったような懐かしい気持ちに覆われた。


「食べないの?」

「い、いただきます」


 レベッカもレメディオスの好意に甘えることにして食べた。すぐにミランはスティレットに興味を見せた。


「それはあなたの武器なの?」

「ええ」

「警戒しすぎです。もっとくつろいでください」


 ミランはレベッカからスティレットを取り上げると、しげしげと見つめた。レベッカ自身、万が一でも襲われるかもしれないと警戒心を強くした。しかしミランは意外に重いのねと、簡単に返してくれた。


「我流ですか?」

「ええ」

「珍しい。こういうものは導いてくれた天使に学ぶんですけどね。これはスティレットというんですよね。ブレンディア伯爵の屋敷では、エプロンにはサックを忍ばせていたみたいだけど。他にも?」

「いろいろと」


 レベッカは話した。屋敷には伯爵が集めた裏社会の顔を持つ、妙な連中がたくさんいたし、レベッカは夜は扉に鍵をかけて枕の下に拳銃も忍ばせていた。また当直では誰も寄せ付けないようにしていた。


「そんなとこからレメディオス様を連れ出してきたなんて凄いです」

「全然凄くない。あれが下級の天使には当たり前の世界なんじゃないかな」

 

 レベッカはミランに促されるままに前世の記憶の断片も話した。すべて覚えているわけではないが、継母に咎められ、悪魔の儀式にかけられたこと、炎の中、自分を抱き締めていた少女のこと。


「あれは天使なのかも」

「あなたを守っていた天使が持っていたものかもしれませんね」

「守ってくれてなんかないわ。わたしは天使も一緒に燃やされるのを見た」

「一緒に?」

「うん。バカよね。何も知らないで暮らしていたわたしを抱き締めてた。たぶん継母には見えていたのかも。見えていないまでも気配くらい感じてたのかもね」

「だから儀式を……」

「わかんない」


 レベッカはミランにレメディオスは安全に保護してくれるのか尋ねた。するとミランからは、今、のんびり話していた表情が消え、美しい瞳に力が込もっていた。


「わたしもレメディオス様に惚れてしまいました。絶対に守ってみせます」

「お願い」

「二人で力を合わせましょう」

 

 ☆☆☆

 イシグロは適当なホテルに宿泊した。

 三階から見える街は、ガス灯の光が揺れていた。全体がブロックを積み重ねただけのように無味乾燥だ。

 ベッドに地図を広げた。

 ブライアンに教えられて、小説にメモしたウォルターハウス家の街屋敷の住所と地図を調べた。本家の家は川の北地区にある。ソフィアたちの通う学校も北地区にある。たぶん閑静なところなのだろう。しかしこの街に安全なところなどない。昨夜も今夜も、伯爵たちは普通の人々の見えないところで様々な悪巧みを遂行している。

 イシグロは窓際で小説を読んだ。


 ☆☆☆ ☆☆☆

 ブレンディア伯爵は、美しいアマランタを従えて、汽車で久々の街へと来た。この伯爵と美しい妻の訪問は、好奇心に飢えている新聞記者の格好の的だ。伯爵は迎えの馬車にアマランタを隠すように乗せた。

 ずる賢い伯爵め!

 何たる偽善者だ!

 ブレンディア伯爵は、記者の問いかけに応じるように、この街には有志たちに招かれたこと、戦勝記念舞踏会のこと、少ししかないが、寄付もしたいと話した。戦場で散った若者やその遺族のためにもと答えた。質問した記者も伯爵の一味だ。伯爵の演技が記者に響き、翌日にはそれぞれの新聞に載せられる。こんなことですら市民たちは無条件に信じるのだ。

 何たる愚かな市民!

 私は呪いたい!

 今回の二人は、クロノスホテルで滞在すると報じられた。新興ホテルだ。新大陸で成功したホテルが、街から少し離れたところに建てられた。しかも諸君も驚かないでいただきたい。このホテルこそが、ハルトの父にして、ホテル王と呼ばれるクルーナ伯爵ものなのだ。ブレンディアは新しいビジネスに牙を剥こうとしているのだ!

 ☆☆☆ ☆☆☆

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