脅迫
イシグロは終点で列車のタラップを降りて、鉄骨とステンドガラスでできた派手な駅舎を後にした。それから駅舎の前で煙草に火をつけた。シガレットケースを内ポケットに入れると、どこからともなく汗と油臭い労働者風の男が二人近付いてきた。
「兄さん、話があるんだ」
ハゲ散らかした太っちょが話した。痩せた方が後ろから肩に手を掛けた。
「ジョウ・コンティックか?」
後ろの気配が拳銃を背に突きつけて、そのまま「俺のことだ」と答えた。
「俺も有名人だな。ところでレメディオスをどこに隠した」
「人違いだろうな。俺は薔薇の取引をするために来た。厄介に巻き込まれた」
「車掌も仲間だ」
「車掌とやらに聞いたらどうだ。おまえら何人もいてレメディオスとやらを捕まえられずにいたのか」
「車掌は行方不明だ。しかも二等客車は死体だらけときたもんだ。噂になるぞ」
イシグロは煙草の灰を落とし、噂なんてどうでもいいと答えた。一般人は新聞で知ることになるだろうし、裏世界は噂で知ることになるが、イシグロには関係ない。
「おまえから死の臭いがするんだよ」
「あんたからはヘドロの臭いだ」
太っちょがイシグロの懐のホルスターから白銀の拳銃を抜いて突きつけてきた。
「死にたくなければ、あそこに停めてある馬車に乗れ。ま、馬車で死ぬかもな」
「迎えは頼んでない」
二頭立て四輪馬車に乗せられた。
イシグロは街馬車に乗った。ジョウ・コンティックはイシグロの正面、御者に背を向けるように腰を掛け、太った男はイシグロの隣に腰を掛けた。
馬車が軋んで動きはじめた。
ジョウ・コンティックはイシグロの拳銃を気に入ったようでニヤニヤしていた。
「これは俺がもらう」
イシグロは太っちょに向けて煙草を指で弾き捨てると、ニヤッと挑発した。
ジョウが額に突きつけてきた。
「余計なことするな」
「灰皿かと思ったんだ」
「てめえ!」
太っちょが暴れたので馬車が揺れた。
「やめろ。すぐ死ぬ。おまえは伯爵様を怒らせたんだ。この街は伯爵様の街だ」
「探す手間が省けたよ」
「生きて出られると思うな」
「もう死んでるんだ」
「これは傑作だ。俺たちは死人と話してるらしい。死後の世界のことでも聞くか」
ジョウは新しく手に入れた拳銃を舐めるように見ながら薄ら笑みを浮かべた。イシグロは警戒していた。伯爵の手下はまだまだこんな人数ではないはずだ。迂闊なことはできないと考えながら揺られていた。
馬車は広い川を渡った。
川沿いに整然とした建物が見えた。
「美しい街だな」
「新市街地だ。これから世界の中心地になるんだ。ま、おまえら貧乏人には住めることはないがな」
しばらく川沿いから離れ、建物も地面も歪になってきていた。壁が近くに見える路地へと入ると、かすかな坂道を上がった。
街屋敷が現れた。
薄汚れた街で、馬車は止まった。狭い玄関に来客席があるくらいだ。リッチな街屋敷だなと思い、空き家だと気づいた。
前世、イシグロは思い出した。こういうところの二階に、いくつものベッドルームが並んでいて、娼婦がいた。庭にはチンピラが監視のウロついて、玄関には自動小銃を持った二人組が交代で待機し、イシグロはカネと交換に番号札を渡された。急かされるように二階へ上がると、イシグロは十三番の紙が貼られたカーテンを開いた。
少し痩せたマリアがいた。彼女は短いサラサラしたボブヘアで、ベッドしかない部屋で格子窓から臭い煙草を吸いながら月を眺めていた。
「いいかな」
『いいわよ。かわいいわね。いくつ?』
『十五』
『同じね。お金持ち?ああ、ごめん。そういうことね。カーテン閉めてここに来て』
はじめて香水の匂いを嗅いだ。
『時間がもったいないわ。あなたセックスははじめて?でも心配いらないわ。わたしの言うようにすればいい』
彼女はベッドにあぐらをかいた。痩せすぎて肋が浮かんでいたのを思い出した。




