アマランタの祈り
アマランタは眠れず朝を迎えた。
胸の前で両手を添えて膝をつき、ひたすらレメディオスのことを考え、紐に付いた石を一つずつ指の腹で数えていた。冷たい石が指からの熱を帯びて焼け焦げるほどだ。
ハルトに気付いて、アマランタは慌てて立ち上がると、帯に紐を隠した。
「すみません。邪魔する気は……」
「こちらこそ。せっかく来ていただいたのにこんなことに巻き込んでしまいました」
「お嬢様は見つからないようですね」
「汽車の沿線は虱潰しに探してくれているようですけど。あ、何かお飲みに」
「もう出立するのでお構いなく」
「お帰りになるのですね」
「昨夜は寝てないのですか?」
ソフィアが激怒していて、ハルトが薔薇のことなど言わなければ、こんなところに来る気はなかったなどと叫んでいた。
「怒らせたわね。あなたにはレメディオスのために怪我までさせてしまいました。ご家族にはこのお詫びは改めて」
「これは僕が悪いんです。何の考えもなしに飛び込んでしまいました。あなたがいてくれなければ撃ち殺されていたはずです」
ハルトは姿勢正しく頭を下げた。
「こちらこそご迷惑をおかけしました」
「頭をお上げください。あなたはレメディオスを守ろうとしてくれましたわ」
「僕はもっと強くなろうと思います。お嬢様のためにも」
「ハルト!」
ソフィアが駆け込んできた。丁度二人が握手をしたところを見られて、彼女はハルトを引き剥がして泥棒猫と罵った。
「アマランタ、あなたはわたしのお父様だけでなくてボーイフレンドまで奪う気?」
「ソフィア、そんなんじゃないんだ」
「わたしは見たのよ!空飛ぶ馬に乗った死神がレメディオスを連れ去るところを。あんな恐ろしい姿はないわ。レメディオスはバケモノだわ。なのにあなたはわたしの傍にいてくれないの?やさしくしてよ!」
「もちろんだよ」
ハルトはソフィアに向いた。昨夜会ったときに感じた線の細さはあるが、レメディオスを守ろうとした経験が彼を成長させようとしているように感じた。同時によくイシグロも気づいてくれた。撃たなければならなかったことに後悔が込み上げる。
「お義母様は娘をさらわれたんだよ。君も少しは察してあげないと。もう僕たちは子どもじゃないんだ。薔薇の庭ことも馬のことも後でどうにでもなる。今は君の妹でもあるレメディオスのことを祈ろうよ」
「うるさい!お父様もあなたもわたしのことなんてどうでもいいんだわ!本当のお母様もお兄様のことだけ。わたしは?」
次期当主でアマランタの夫は大陸との戦争に行き、伯爵の根回しも虚しく、前線を志願した末、激戦区で戦士した。伯爵は軍の知人に多額のカネを払い、国内勤務の約束を取り付けていたらしいが、経緯はわからないまま、本人が拒否したとのことだ。
ソフィアが走り去った。
「ハルトくん、追いかけてあげなさい。あの子もつらい思いを抱えてるの」
「では近いうちにお会いできれば」
「ありがとう」
ハルトは追いかけた。
ハルトも彼の父のクルーナ伯爵家もブレンディアとは付き合わない方がいい。ブレンディアは人の不幸を食らい、気が付いたときには床や柱を粉にするシロアリだ。
アマランタは、エントランスの隣の部屋からハルトとソフィアの乗る馬車を見つめていた。ロベルトが馬二頭で無蓋の馬車をしつらえた。他の召使いが後ろにソフィアとハルトの荷物を積んでいる間、ロベルトは悠々とパイプをくゆらせていた。
やがて馬車は屋敷を後にした。




