またもやフリーダム号の自慢
レベッカは、レメディオスに風が当たらないように、毛布を押さえていた。二人を乗せたフリーダム号は、朝焼けを音もなく駆け抜けた。
「お嬢様、わたしを信じてください」
「信じてるわよ。レベッカだもの」
「で、でもわたしはあなたの信じていた死神を撃ちました。それにあなたの魂を奪いたいとも。結局できないんですけど」
「お互い様ね。さっき死神さんもあなたを殺そうかどうしようか悩んでたわ。あなたは涎垂らしていたんだけど」
レメディオスはくすくす笑った。
「今さら言うのも何ですけど、あんさんが治癒できませんのかいな」
「やってたわよ。でもわたし程度じゃ人に使えるわけないみたい。もっと高位の天使に転生していれば何でもできたのに」
「気持ちの問題やおまへんか」
「わたしは人を救いたい。昔のわたしのようなわたしを。だから力が欲しい」
昔、レベッカは継母に殺されたとき天使が守ろうとしてくれた。しかし継母の悪魔の儀式で殺された。彼女は天使ごと焼き殺された。そのときはじめて見えた。最初で最後の出会いだった。今でも思い出すたびに「守れないくせに守ろうとして、一緒に燃やされるなんて」と涙が出てくる。
「レベッカはん、この世のたいていのことはどうとでもできますんや」
「わたしはできない約束はしたくない」
「言霊いうんもあるんですわ。わいの昔話聞いてくれますかいな。昔に乗せた人のことですけどな」
レベッカは聞くと答えていないのに、フリーダム号は話しはじめた。彼の尊敬する人もどこかから転生してきて、はじめは剣も使えない少年で、フリーダム号と会ったときは、彼は世界を守った。しかし尊敬する人は世界などではなく、ただ好きな人のために生きようと戦っていたんだと。
「奴隷みたいに魂を繋ぎ止めて成立していた世界なんですけどな。彼は次々と奴隷みたいな魂を解放しましたんやで」
「英雄を乗せてたのね」
「英雄や勇者なんてあらしませんわ。いつも怪我してましたわ。どんなに自分がボロボロでも逃げん人でした。わいなんておかげで何度か死にかけましたんやで。そやけどどれくらい他のみんなが強くなれたかも見ましたわ。わいはお屋敷でかわいい子を乗せて過ごすのが夢でしたけどな」
「叶えられたの?」
「一度も」
こんな重い話、フリーダム号の愉快そうな答え方に、レベッカは溜息を吐いた。
人は人。
わたしはわたし。
「願うならあんさんにはできますし、わいも手伝います。来ましたで」
「え?」
前方から黒い翼人が現れた。
光の弾が跳んできた。レベッカは、フリーダム号の手綱を締めた。しかしフリーダム号は、臆病風に吹かれたレベッカせいで後ろ立ちになるのを堪えて突っ込んだ。
「逃げてよ!あんなに翼があるのは少なくともわたし以上の天使なんだから」
「それがどうしましてん。尊敬する人はこんなとき逃げたことおまへん。わいは今まで後ろ立ちになったことおまへんで!」
「わたしは昔話の人じゃないわよ!」
「わいは逃げまへんで。すれ違い様あんさんの腕の見せどころですさかいに!」
フリーダム号は速度を上げた。
風が裂けるように後ろへ流れる。
「くそったれが。聖獣までもなの。どいつもこいつもまともな奴いないのか!」
ベルトからスティレットと左にサックを持つと、すれ違い様、翼の上から抱きついてうなじにスティレットを突き刺した。剣身に描かれた文字が光ると、突き刺した敵の首が焦げて燃えた。後ろから岩のような顎をつかんで喉仏ををサックで裂いた。
地面が近付いてきた。
フリーダム号が地面に突き刺さるほどの勢いで飛び込んできた。レベッカがアブミをつかむと、今度は一気に空へと跳ねた。
「落ちなはんなや!」
レベッカは牙を剥いて迫る翼人の顔を蹴飛ばして落とそうとした。離してくれなくて泣きそうになる。今度はフリーダム号がため池スレスレを飛んだ。黒い翼が転げるように水面を跳ねた。
フリーダム号は雑木林の中をますます加速して駆け抜けた。レベッカは枝に打ちのめされてキズだらけだ。レメディオスの背にもたれるように馬の首にしがみついていた。やがて気付いたときには、フリーダム号は速度を落としていた。
「やりましたやん」
「やれた」
レベッカのみぞおちから熱いものが込み上げてきた。心臓はまだ激しく脈打っているものの、頭は冴えてレメディオスを守れた自信があふれてきた。
かすみの向こうに帝都が見えた。
「天使同士、後どうしますんや?誰か仲裁してくれる人とかおるんですかいな」
「どういうこと?」
「敵だらけでんな」
「あんたわかってたわよね?」
「ま、攻撃してきましたやん。それとも天使の挨拶ですかいな。わいには攻撃してくる奴は敵ですわ。わい一人なら逃げてましたけどな」
「あんたの昔の主、連れて来い!」
「降りますでえ」
「飛んでいかないの?」
「もう帝都ですわ。空なんて飛んでたら目立ちまんがな。また他にも似たようなん来たら厄介ですやん。それに疲れまんねん」
今の敵は、レメディオスを奪いに来たのだろうか。まさか天使の彼らも伯爵に雇われているのか。レベッカは息を整えながら考えた。もし伯爵が奪い返しに来たならば奴は天使までも影響力がある。




