誘拐天使
夜、イシグロは馬小屋に忍び込んで右から三番目の馬の前に立っていた。ロベルトが言うには、この馬は聖獣だが駄馬のフリをしているということだ。
「おまえ、話せるんだろ?」
「……」
はじめは目玉を逸らして、ついにプイッと顔を背けた。イシグロは聖獣が何だかわからないまま拳銃を馬の額に突きつけた。
「話せるのか話せないのか」
「……」
間。
「ま、馬が話せるわけないよな。俺もどうかしてる。こんな鞍まで持たされて」
「わたしが持ってきたのよ」
そこにはオーバーオール姿で少年のようなレベッカが訴えるように言った。
「どうしてわたしがあなたと一緒に誘拐しないといけないわけよ」
レベッカが不貞腐れて呟いた。
「おまえが成功してたら俺がこんなことしなくても済んだんだ。巻き込まれたのは俺だ」
「あんたが邪魔したんじゃないの」
「邪魔もしたくなる連中だ。あんな連中にレメディオスを預けられるか。おまえは仲間選びから間違えてるんだよ」
「仲間に選んでもらえて光栄だわ。誘拐は利害の一致があるからよ。わたしたちは一時休戦してるだけなんだから」
「丁寧に扱うことが条件だ」
「伯爵の手下がはびこる街へ行くのは気が重いわ。しかもマーガレット様にあなたのことどう話せばいいのか。お仕置きだわ」
「心配するな。俺か話してやる。俺からすれば六発も鉛弾食らう方がお仕置きだ」
「くそったれ。まだ肉と骨が軋む。わたしが何かしたの?アマランタ、今度は殺してやる」
「おまえ、バスルームからずっとフルボッコにされててよく言えるよな。おまえレベルの力ならアマランタだけで済む」
イシグロは笑いながら馬を見た。馬が目を逸らした気がした。
「俺、馬なんて乗ったことないが」
「わたしはあるわよ」
「天使のくせに馬に乗るのか」
「これでも転生前はいいところのお嬢様だったのよ。名門伯爵家の令嬢ね。レベッカ・イースト。イースト家は名門よ」
「もともと俺は王子だ」
「え?う、嘘よ。夢を壊さないで」
「しばくぞ」
馬の品定めをしている間に前世のことを話してやった。最終的に敵になるのかならないのかわからないが、一時休戦だ。イシグロはレベッカに、なぜ死んだのかと尋ねると、彼女は言いたくないと答えた。
「どの馬も同じに見えるがな」
「ロベルトの言うようにした方がいいわ」
「確かに。コイツにするか」
レベッカは馬具を聖獣らしい馬に装着した。ロベルト曰く、この馬は空も飛べるし、竜の加護で弾でも槍でも弾くらしい。イシグロは死神の馬にもってこいだと言うと、レベッカは天使にこそふさわしいと反発した。
「天使なら飛んでみろ。あれ?おまえ飛べるのか?二階から連れ出せるな。解決だ」
「バカ言わないでよ。いくら天使でも人を運ぶことなんてできないわ。重いのに」
「十歳の子どもだ。担げるだろうが。おまえがレメディオスを守れよ。殺されでもしたら今度こそアマランタに殺されるぞ」
レベッカはグダグタ話してる暇があれば手伝えと言うので、イシグロは柵を退かせて、手綱を引いて外へ連れ出した。するとこめかみにライフルを押し付けられた。
「動くんじゃねえ」と一人。
「伯爵様んちで馬泥棒なんてのは」
もう一人が話そうとしたとき、レベッカのスティレットで刺し殺された。イシグロは拳銃を抜いたが、サックで突き刺されて死んでいた。倒れるときライフルが空に向いて火を吹いた。見つかるたびに殺していたらコレクションができる。
番小屋から数人が出てきた。
三人撃ち殺した。
「一般人はいないんだろうな」
「ここは治外法権よ。いたとしても身分の低い奴なんだから気にしなくていいわ」
「俺はそういう考えは嫌いだ」
「死神のくせに」
「野良の死神は誰の命令も聞かん」
馬が一拍置いて逃げようとしたので、イシグロは取り上げたライフルを構えた。
「おまえ普通の馬じゃないだろ?」
「……」
「俺は競馬くらいはするんだが、忍び足で逃げようとする馬なんて見たことない」
「す、すんまへん。わい、おっしゃるようにこれでも聖獣ですねん。撃たんといてください」
馬が冷や汗を流して頭を下げた。
イシグロはすべての馬を馬小屋から追い出して、屋敷へ駆けていくのを見ながらマッチを藁に捨てて火をつけた。
レベッカがまたがった。
「乗れ」
イシグロに命じた。
どうやって乗るんだと見上げた。アブミとやらに左足をかけてまたがるらしい。
「変なところ触らないでよ」
「振り落とされるんだ」
レベッカの背後から腕を回した。
「変なところ触らないでよ」
「振り落とされる」
「もうよろしいわ。あんさんらわいにしがみついてなはれ。行くところ言うてくれたら行きますわ」
馬に言われた。
「屋敷のレメディオスの部屋の窓まで」
「アバウトな。どこですかいな」
アマランタが屋敷の西、二階の部屋の窓にわかるように印をしてあるらしい。イシグロは馬に伝えた。
「伏せろ」
イシグロは遠くに見える松明にライフルの狙いを定めた。芝生の上で松明が火の粉を上げて飛んで、人々が離れた。
「やるじゃないの」
「当然だ」
「そろそろ飛びますで」
馬は二階の高さまで飛んだ。




