死神師匠
一発、銃声が聞こえた。戻ってきたロベルトはボルトレバーを動かして、ライフルから薬莢を地面に転がして、一仕事終えたように椅子に腰を掛けた。
「私の肥料に唾をかけた奴は死んだ」
「じいさん、そんなことしたら二人が戻るんじゃないのか?」
「だろうな」
イシグロはレベッカの服を裂いてキズ口を確かめると、胸の膨らみの近くで剣創が深く肉を裂いていた。
「自分で治す」
手を添えて何やら呟いた。どこからか現れた青い霧が指からキズに注がれた。
「これで大丈夫よ。わたしくらいの天使は治癒くらいできるもの」
「治ってないぞ」
「え?何で?あれ?止まらない」
レベッカは慌てふためいた。
庭師は「私の土地で神やら天使の術が使えるわけがない」と話し、吊戸棚の奥からくすんだ銀の拳銃を持ってきた。イシグロは「いらん」と即答した。
「普通もらうもんだ。これから人が使う武器では敵わん奴が出てくる」
「いやなんだよ。さんざん前世でやってきたんだ。死神なんて、こう鎌みたいなもんを持ってだな。あ、こんな長い鎌だ」
レベッカは血が止まらないと泣きそうな顔で訴えたが、庭師の一押しでキズを塞がれた。
コイツも何をしてるんだ。
二人が飛び込んできた。とっさにイシグロは一人の頭に鎌を突き立て、一人はロベルトがライフルで顔ごと吹き飛ばした。
「キズ、大丈夫なのか?」
胸の膨らみの上を刺されていた。
「痕が残らないといいが」
「あ、ありがとう。でもジロジロ見ないでくれない?」
イシグロは弾力のある肌に触れた。キズは残らないのかと尋ねると、しばらくすれば消えると思うとレベッカはさっきまでの威勢も消えて恥ずかしそうに答えた。
「屋敷にいないと思えば……」
振り向くと、冷たい表情のアマランタが右手に拳銃を持っていた。イシグロは両腕を広げて彼女を抱き締めた。彼女は抱かれたままイシグロに身を任せていたが、これから理由を話そうと離れた瞬間、至近距離からレベッカに全弾撃ち込んだ。
「浮気したらこうなるわ」
「おまえはこの世界じゃアマランタだ。マリアじゃないんだから」
アマランタはじっと見てきた。
「浮気は浮気。姿はアマランタでも心はマリアよ。わたしはあなたを心から信じてる。でも一つだけ不満があったわ。いいえ!今でもある。前の世界でも今も」
「昔のことだろう?」
「あなたは女のことわかってない。わたしのことがわかってない。今のことは今のこと。昔のことも今のことなの。不満は何かわかる?あなたは浮気するの。これまで何人浮気してきた?」
した覚えはない。
「あなたはね、自爆テロで奇跡的に不発で生き残れたときからずっと神様以外に好かれているのよ」
「ちょっと落ち着かないか?」
「娼館の娼婦もあなたに惚れた人は数しれずなのよ。逃げる途中でかくまってくれたところにには、なぜか美しい人がいて、彼女たちはイシグロに施しを与えるだけでなく癒しも求めていた。Why?」
何もしてない。
「転生しても同じこと。絶対に誰か美人が現れるはず。レベッカ、敵である娘ですらイシグロに肌をさらしてるのよ!」
レベッカの捜索隊が駆けつけて、彼女の死体を改めていると、やがて伯爵が仲間を連れて馬で現れた。アマランタはすぐにイシグロのことを気にしたが、すでに彼はどこかに隠れていた。伯爵は蔑むような目でロベルトに死体を埋めておけと命じた。
「すべてですかい」
「すべてだ」
伯爵は馬から降りることはなかった。
ロベルトに命じられて、他の追跡者はブツブツ文句を言いつつ、一頭立ての荷馬車にレベッカを合わせて五人の死体を放り込んだ。すべてが済んだ後、イシグロは薄暗い隅から出てきた。それから死体を転がした荷馬車で揺られながら、アマランタとイシグロは死体を見ながら話した。イシグロは埃臭いシーツに甘えたアマランタと身を包んだ。
「ロベルトはわたしの味方よ。レメディオスはロベルトの庭が好きなの。だからよく遊んだわ。でも一度荒らされたときは凄く悲しんだ。おじいさん、かわいそう」
イシグロは荷馬車の運転しているロベルトの背中を見ながら、かわいそうでもないと思った。このじいさんは庭を荒らした天使連中を一掃した武闘派だ。
「アマランタ、いや、マリアに話しておかないといけないことがあるんだ」
「本当に彼女と寝てないの?」
「寝てない。殺されかけたんだ」
イシグロは半乾きの小説を出して、例のところを読んで聞かせた。要するに誘拐しようとしていたのを邪魔したのは、イシグロなのだ。これから小説の世界は変わるかもしれないことを教えた。
「どこの誰かもわからない奴に誘拐されてたまるものですか。レメディオスを守れるのはわたしたち。伯爵は今回が最後の仕事だと話していたわ」
「信じてるのか?」
「今夜よ。月が綺麗だもの。奴の約束なんて信じられないし、最後の仕事だなんてフラグもいいところよ。アマランタは信じるかもしれないけど、わたしは信じない」
「おまえは一ヶ月後、何とかの仮装舞踏会に出て仕事をしなければならないんだろ。これまでいろんなことしてきたはずだが、俺が来たからには二度と人の道に反する汚れた嫌なことはさせない。小説の主人公であろうともだ。マリア、これから君はレメディオスのママとして生きるんだ」
「これまてしてきたことは……」
「忘れろとは言わない。でも未来は変えられるだろう?君たち親子はテロも戦争もない平和な世界で穏やかに暮らせるチャンスなんだ」
庭師の住む離れで降ろされた。
「二階の部屋はそのままだ」
「ロベルト、迷惑にならない?」
「埋めに行く間、時間はかかるからな」
イシグロは早く帰らないと伯爵に疑われるのではないかと心配した。
「私は埋めてから庭に戻る。適当に迎えに来て送るから好きに使えばいい。伯爵には私がうまく話しておいてやる」
階段を上がると、アマランタはイシグロの手をつかんで、いちばん奥の窓から崖しか見えない部屋に招き入れた。誰かと逢引に使っていたのか尋ねると、不機嫌に唇を尖らせて、クマのぬいぐるみを見せた。
「ここはね、わたしとレメディオスが掛け値なしで安らげる部屋なのよ。でもクマさん、今は少し二人のために退いてね」
テーブルにぬいぐるみを置くと、二人ともベッドに倒れ込んだ。




