表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/70

コミカライズ版〜無料

 屋敷の二階、イシグロは誰もいないことを確認してバスルームにアマランタを引きずり込んだ。反射的に反撃しそうになるアマランタに名前を囁くと、彼女は勢いのまま熱い唇を押しつけてきた。


「探したわ」

「おまえ一二巻で何かしてるだろ?」

「藪から棒に何よ。あなたと会うときの心はマリアよ。姿はアマランタだけど」


 彼女はセックスでもする勢いで抱き締めてきたが、惜しみながら押し返した。


「何で?わたしが伯爵夫人だから?そりゃ何度かは寝たけど。でも生きるためによ」

「今さらおまえが誰と寝る気にしてない」


 アマランタに涙があふれてきた。


「いや。そうじゃないんだよ。昔のことを話してるんじゃないんだ。だから泣くな」

「わかってる。そんな人じゃないもん」


 涙を指の腹で拭ってやると、拗ねたように睨んできたので唇にキスをした。


「本当にわたしでいいの?」

「おまえを探してここに来た。頼むから泣かないでくれよ。何でもするからさ」


 改めてイシグロは一巻から二巻までのアマランタのことを尋ねた。するとマリアは言いにくそうに何も読んでいないことを白状した。


「いつもコミカライズの無料版しか読んでないんだけど。しかもどれかわかんない」

「よく思い出せ。無料版でも何かヒントがあるはずだ。でないと誰も読まない」

「いろいろ読みすぎて思い出せない。課金したら負けに思うの。だからスカッと系もスカッとしないまんまで終わるの」

「知らん」


 アマランタはイシグロの腰に添えた腕に力を込めはじめて押さえつけてきた。マリアそのものだ。いつの間にか頬を胸につけてあたたかいと呟いて考えるのをやめた。


「あ……」


 レメディオスは姉のソフィアに意地悪されていて、復讐する話の気がすると思い出した。ソフィアは前妻の子で容姿も性格も良く、賢くて誰からでも愛されなければ気が済まないところがあるらしい。


「それとコミカライズには天使も出てきてるような気もするのよね。たぶん守護天使のおかげでレメディオスは守られているはずなのよ」

「でも小説には何も出てないぞ。実際守護天使どころか、ほとんどの天使はここにはいないらしいんだ。しかしコミカライズ作者何してるんだ?原作フル無視か。」


 イシグロはバスタブの置かれたフロアのタイルに額を押し付けた。


「死神の俺は?」

「十話までは出てこないはず」

「ちょっと待て。コミカライズでもか?」


 イシグロは三巻を取り出すと、後ろにあるあらすじを読みはじめた。貧しい裏街で生まれたアマランタは、見知らぬ人からの支援で貧困街から離れ、寄宿舎で学び、やがて立派な淑女に成長した。しかし表向きは伯爵夫人、美しい娘を守るために裏の仕事をこなす暮らしに疑念を抱いていた。やがてチャリティの戦勝祝賀記念仮面晩さん会が催される中、仕事を命じられた。


「見知らぬ人の支援で立派な淑女に成長したことになってるけど、どこが淑女だ?」

「どこから見てもレディじゃない」

「何で淑女が裏稼業してるんだよ。しかも本文で死神について触れてないぞ」

「モブじゃない?」


 アマランタは顔を近付けた。モブキャラでも作者が描いていないだけで、深い人生があるはずだからと愛情を込めて慰めてくれた。慰められたくもないが。


「人でもないんだが?」

「馬じゃなくていいわ。天使なら何となくハイカラでいいのにね。こうわたしたちを繋いだ矢を持つ」

「そりゃキューピッドだ。姿は似てるが天使でも何でもない。てか、俺は姿を消せないんだ。まだ力がないらしい」

「姿消さないでよ!」


 廊下で気配が動いた。

 ノブが回る。

 アマランタに口を押さえられた。


「誰なの!」

「レベッカ・イーストです。旦那様が舞踏会のことでお話があるとのことです」

「今すぐなの?」

「はい」


 イシグロは指でアマランタを呼んで、何とかしてレベッカを後でここに戻るように伝えてくれと囁いた。アマランタは「あんな小娘に手を付ける気?」と返してきたので「昨夜レメディオスを襲わせた」と答えた。アマランタは冷たい顔で廊下に出た。


「あなたも一緒に?」

「いいえ。わたしは別のお仕事が。駅前のカレンの商店まで郵便を持って行か……」


 途中で引きずり込むと、彼女の髪をつかんで洗面台に顔面をたたきつけた。腕ごとねじ上げて、レベッカのスカートをたくし上げて、細身のスティレットを抜いて喉に押し付けた。


「てめえ、わたしの娘に手出したらどうなるか覚えておけ。ここで待ってろ」


 アマランタはどすの効いた声で脅し、スティレットをイシグロに預けてきた。


「後はよろしく」

「俺、いなくてもいいんじゃないか」


 アマランタは何気ない顔で伯爵の待っている執務室へと向かった。顔が血塗れのレベッカはタイルの床に寝転んでいた。


「俺が見える?」


 スティレットを前に揺らすと、かすかなにレベッカに表情が浮かんだ。闘う気力まではないが、見えて入る様子だ。


「やっぱ消えてないのか」


 覗き込んだとき、左に持ったサックが顎と前髪をかすめた。イシグロが寸前でかわすと、反動で彼女の体をバスルームへと蹴り込んだ。すかさず頭をつかんでバスタブの残り湯に顔を押し付けた。そのままイシグロは外したネクタイでレベッカの首を絞めて、互いに背中合わせで話した。


「おまえの主は前妻だな?」

「あんたに答える……義理は……ない」

「伯爵には秘密にしてやる。誘拐も失敗して、伯爵にもバレるのは嫌だろ。生きたいんなら俺の言うことを聞くことしかない」

「条件なしに信じられるもんか」

「俺が花壇の死体も雑木林の死体も始末してやったんだから悪い話じゃない」


 レベッカは暴れるのをやめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ