小話 人魚の薬膳
「国賓に対する宴会料理の監修を…私に?」
杏雪は床に頭をつけそうなくらいに頭を低くした御膳房の料理人たちを見つめた。
皇后に冊封され、かつての住まい露葉閣を離れ、今は中宮に住まいを移していた。露葉閣は今は、診療所兼医女の学び舎となっており、知識を求める宮女たちを受け入れている。
運営のほとんどを花琳と虞淵に任せてしまっているが、医女の学び舎である真珠舎の教鞭を杏雪が取ることもある。皆、たまにある皇后直々の授業を楽しみにしてくれていた。
今回の国賓は、神華帝国から見て東の海洋に浮かぶ島国の使節団だ。海に囲まれた土地柄、海産物を中心に宴会料理を決めようと料理人の中で話し合っていたという。
皇后も宴会の責任者であるため、料理の目録には目を通すが、料理の開発は料理人たちの腕の見せ所であった。
「娘娘の薬膳の効果は天下一と謳われます。それを聞いた客人たちが、絹の路によりさぞ珍品が揃っているのだろうと『不老不死の人魚の薬膳』を所望しまして…」
人魚は伝説の生き物だ。存在しない肉を所望されて、料理人たちは困り果てて杏雪に泣きついてきたのだろう。
「不老不死…そんなものを客人は望んでいるのですか?」
杏雪が尋ねると、料理人たちは悔しそうに首を振った。
「いえ、我々を試しているのだと思われます」
この国の威信を試されているのだと、杏雪は悟った。この国の皇后として、やれることはやろうと杏雪は決めていた。
不老不死──丹薬の「丹華」でも出してしまおうか。丹華は「神丹」や「還丹」と並ぶ、「九鼎丹」のひとつに数えられる丹薬だ。
雄黄水、明礬水、戒塩、ろ塩、滑石、胡粉、よ石、牡蠣の貝殻、赤石脂を混ぜ合わせ、竈で三十六日間焼き続ける。水銀と混ぜて火にかけると黄金にかわり、黄金になると成功だ。
いや、これは毒物だ。杏雪は自分の突飛な思考に苦笑を堪えながら、料理人たちを安心させるように微笑んだ。
「わかりました。実際の魚で人魚の肉を再現しましょう。不老不死──とはいきませんが、長寿を祈願して」
***
宴会料理は漢満全席を元にしていた。山・陸・海などから珍味を八品ずつ集めて「四八珍」とする。
海八珍は燕窩、魚翅、烏参(黒ナマコを乾燥させた物)、広肚(魚の浮袋)、龍骨(チョウザメの軟骨)、鮑魚、海豹、狗魚。
禽八珍は鵪鶉、斑鳩、天鵝、鷓鴣、飛龍、彩雀 (クジャクまたはフジイロムシクイ)、紅燕、紅頭鷹。
草八珍は猴頭菌、羊肚菌、竹笙、花菇、銀耳、黄花菜、驢窩菌、雲香信。
山八珍は、駝峰 (ラクダのコブ)、熊掌、猴頭、猩唇(シフゾウの頬)、豹胎(ヒョウの胎盤)、犀尾(サイの陰茎)、鹿筋(シカのアキレス腱)、象抜(ゾウの鼻)。
国の威信をかけて最高の食材が用意されていた。他にも、燕の巣、鮫の鰭、蒸した卵、燻した鯉、豚の丸煮、海参の羹、丸焼きの雉などが用意され、花の形の鶏肉きのこ餃子、はとの形の鳩肉餃子、蕃茄たれと萵苣餃子、胡桃の形の胡桃餃子、野菜の焼き餃子、豚肉葱餃子など。
杏雪は人魚の薬膳を再現するべく、調理──否、調薬を始めた。
まずは前菜、『人魚白肉の玉露冷製』は翡翠色の皿に薄切りクエと白きくらげを花弁が広がるように並べた。効果は滋陰潤肺と美容長寿である。
宮廷御用拼盤には松の実をまぶした海老を揚げたものに、きゅうりなどを飾っている。鶏茸栗米羹という、黄金色をした鶏肉と茸の羹もある。
主菜は黒椒煎牛柳粒と杏花橘香鶏に、人魚の肉を再現した鮮竹蒸魚に似た鱸を紹興酒と葱姜で蒸した『清蒸仙魚』。
硝子珠のような青い目と張りのある赤い鱗の鯛はわずかに紫や青を帯びていた。そんな鯛を甜麺醤を塗って低温で焼き上げ、宝石のような輝きを出した『紅玉焼』。
甘味は杏仁豆腐と茘枝。酒は黄色稠酒という、もち米のお酒に桂花で香りづけしてあるものを用意した。
白身魚などを人魚に見立て、人魚の薬膳は完成だ。御膳房の料理人たちは最初は、杏雪に調理法だけ聞いて再現するつもりだったらしいが、杏雪も熱が入ってしまい、自身で厨房に立った。
料理人たちは恐れ多いと怯えていたものの、料理が完成すると目を輝かせていた。この人魚の薬膳は国賓たちにも、好評で使節の一人が「神華帝国の皇后は人魚の如き不老の美しさ」と称えた。
そのことで昊天がちょっとした嫉妬をしたことで、杏雪は三日三晩ほど寝台から離して貰えなかった。




