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二十五話 秘密

 「お前に一つ頼みがあるんだが」


 シェン淑妃しゅくひが改まった口調で口を開いた。こういう時、杏雪シンシュエは群主としてではなく医女として何か頼まれる時だとわかるようになった。


 「何でございましょうか」


 杏雪が尋ねると、沈淑妃はその妃の位に相応しく威厳ある顔つきになった。先程までの友人のような頼れる姉御のような雰囲気は消え失せた。


 「ヤン徳妃とくひが病に臥せっているのは知っているな。桂珊グイシャンは私の友人だし、ファ族とムー族は友好的だし、後宮で皇后派閥に対抗する相棒でもある」


 ヤン 桂珊グイシャンは徳妃であり、四夫人の中では最年長の女性で、後宮に長くいる古株でもある。五行の相生のように、木は燃えて火を生じるというように農耕民族の木族と騎馬民族の火族は気質は違えど、統合された神華シェンファ帝国の中で友好関係を築いていた。


 神華帝国の五族共和では五行の相生の関係のように、木は燃えて火を生じる。火が燃えて灰が土を養う。土の中で金が生じる。金は表面に水を生じる。水は木を育む。というように、それぞれが交易などで繋がり、一応の平和を見せていた。


 しかし、実際は五行の相剋のように、木は土から養分を奪い、火は金を溶かし、土は水を汚し、金は木を傷つけ、水は火を消す。五族は争い合っていた。それを無理矢理統合したのが、神華帝国とも言える。龍帝の圧倒的な力を前に五族は仮初の平和を締結した。


 「桂珊は高熱に倒れてから後遺症で苦しんでいる。儀式や宴、園遊会などにも出なくなった。彼女は大の医者嫌いだから、医官たちを追い返すんだ。医女の…女のお前なら、何かできるかもしれない」

 

 沈淑妃の瞳は真剣だった。それは、政治的な影響を持つ相棒であり友人がこのまま病のままで龍帝の寵愛を失い民族の影響力が落ちることを心配しているようだった。後宮では自分が寵愛を受けることに必死な人ばかりで、他人の寵愛を心配したり政治的な均衡に目を向ける人は珍しかった。


 それだけ彼女に余裕があるということだろう。杏雪は「わかりました」と頷いたが、中立の立場である医女が政治の思惑に巻き込まれていくのを感じていた。




***



 杏雪は楊徳妃の元に行く前に、医局にある楊徳妃の後遺症のもととなった高熱の医療記録を見に行った。高熱に倒れた際は、医官たちが必死になって手を尽くしたらしい。その時、杏雪はまだ後宮にいなかったから当時の空気を知らないが四夫人の一人が病に倒れたとあっては大事になっていただろう。


 記録によれば高熱の原因は不明とある。しかし走り書きのように書き足された記述によれば心因性のものである可能性が示唆されていた。担当した医官の名前は、リウ 大海ダーハイ。父が追放された刀圭の一族出身の医官だった。


 柳一族ということは、杏雪は自分の親戚にあたるのだろうかとぼんやり考える。


 柳 大海は太医丞を務める人物だった。中央には天子や皇族の健康を管理した尚薬局と官吏を対象にした太医署が設置されている。太医署には医,鍼,按摩,呪禁の四科があり、それぞれに博士、助教、師、工、生がいた。生は学生で「素問」「黄帝内経」「甲乙経」「脈経」などを読むことが義務づけられ、その課程を終了したのち試験を受け、合格者だけが採用される。


 太医丞は太医署の次官であり、太医令という長官の次位に当たる上級医官だ。本来、宦官ではない彼らは外廷に仕え後宮の敷地を踏むことはないのだが、後宮医局の宦官医でさえ、楊徳妃を解熱できなかったため、龍帝の許可を得て特別に治療に当たったらしい。


 楊徳妃は龍帝の寵愛を受ける妃の一人だからこそ、龍帝も必死になっていたのだろう。


 父もかつては太医署にいたのだろうか。杏雪は父から医の全てを教わったため、ちゃんとした教育機関に通ったことはない。


 「楊徳妃の元に向かう前に、柳太医丞に面会して情報を得ておきたいですね」


 記録を眺めながら、杏雪は呟いた。杏雪のそばについていた花琳ファリン虞淵ユィユエンは顔を見合わせた。


 「後宮から出られないので外廷の柳太医丞に会うのは難しいんじゃないですか?」


 花琳はこんなときに、後宮に囚われた身という自身と杏雪の不自由さを思い知ったのか苦い顔をした。


 「楊徳妃の治療の時は特別だったみたいだしネ。簡単にあの龍帝陛下がまた男を後宮に入れるとは思えないワ」


 花琳と虞淵のもっともな指摘に杏雪は少しがっかりしている自分がいることに気づいた。もしかしたら父方の親戚に会えるかもしれないという期待をしていたのだ。


 そして刀圭の一族の知識。人間蠱毒を刀圭の一族は解呪する術を知っているかもしれないという期待もあった。昊天ハオティエンは今回の夷狄討伐で、夷狄に伝わる呪術を調べてくれている。なら、杏雪も自分のことなのだから努力したいと思った。


 「……でも楊徳妃の例以外で、宦官医以外の医官が後宮に入った例があるワ」


 虞淵が険しい顔をしながら話し始めた。


 「雅蘭ヤーラン様の診察に、医官だった智衡ジーヘンが来たことがあったのヨ」


 「父が…ですか?」


 杏雪は虞淵の言葉に、父が決して語りたがらなかった母と父の馴れ初めの気配を感じた。父はよく「母様は杏雪と同じく美しかった」「とても繊細な人だったんだよ」と懐かしむように語っていた。


 話を聞くたびに杏雪は、父は母を深く愛していたんだと感じた。でもどうやって出会ったかは言わなかった。父は母を愛していたから、母の中の復讐という毒を許したのかもしれない。


 「母も重篤な病だったのですか?」


 後宮にいる宦官医では対処しきれず、外廷の医官が派遣されるほどの事態だったはずだ。しかし、虞淵は静かに首を振った。そしてしばらく悩んだように口を噤んだが、決心したように話し始めた。


 「雅蘭様の花が散らされた時、雅蘭様は禁忌の子を孕んでいないか調べるために医官を呼んだノヨ」


 ひっ、と花琳が小さく悲鳴をあげた。虞淵も苦しそうに目を瞑った。虞淵はこれを話してしまうことで、死してなお雅蘭の傷口を抉ることになりかねないと悩んでいたのだろう。雅蘭が死して守った名誉のために。


 虞淵は花が散らされたと婉曲な言い回しをしたが、それが何を指すのかわからないほど杏雪も子供ではなかった。花琳にもわかったのだろう。そして龍帝の雅蘭への異常な執着から、雅蘭の花を散らしたのが()なのかも想像がついてしまったのだろう。だから、禁忌の子だと虞淵は言った。


 杏雪は母の悔しさや悲しみを思い、拳を握りしめた。そして、ふと嫌な想像をした。禁忌の子はどうなったのだろう。本当に杏雪は父、智衡ジーヘンの子供なのだろうか。


 禁忌の子を宿した雅蘭が、妊娠初期に智衡へと降嫁し毒を摂取して禁忌の子を人間蠱毒の子にしようとしたのではないか。それこそが、龍帝への最大の復讐なのではないか。龍帝が杏雪に執着するのは、最愛の雅蘭と自分の子だからでないか。だから、杏雪に公主級の待遇を用意するのではないか。


 小さな疑惑はすぐさま、大きく膨れ上がった。杏雪の額には脂汗が滲んでいた。汗にも毒が含まれるから、すぐさま拭かないといけないと頭の中ではわかっていても、杏雪の体はうまく動かなかった。

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