「 風に咲く日」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
“母の日”という言葉の響きに、ちょっとだけ背筋が伸びた朝。 でも今日は、会えないからこそ、“言葉じゃない何か”で伝えてみたかった。 ――手紙じゃなくて、風景にして届けたいって思った。
荻野目 蓮
陽葵が描く絵の空気を、なんとなく読むのが得意。 何も言わずに、ただ隣に立って、赤いコスモスの苗を一緒に植える。 ――花って、誰かを思い出すために咲くんだなって、思った。
【こんかいのおはなし】
5月11日。日曜日。母の日。
わたしは今日、お母さんに会えない。
画面の中のお母さんは、知らない町の壁に、大きな絵を描いてた。 笑ってる。手が、カラフルに染まってる。なんかそれだけで、うれしくなった。
「これ、描こ」
いつものスケッチブックじゃなくて、ちょっと厚めの紙をひらいた。 お母さんが描いてた景色を、今度はわたしが描く番。
風にゆれる木、カラフルな空、手を伸ばす子どもたち。 “ありがとう”って、直接は書かない。でも、色に込めた。
できあがったら、小さな封筒を折って入れて、ポストに投函。
「……飛んでけ、風の便り」
午後、蓮と一緒に庭に出た。
「これ、咲かせよう」
彼が持ってきたのは、赤いコスモスの苗。
「ここ、陽がよく当たる」
「うん、絶対きれいに咲く」
ふたりで、しゃがみ込んで、土をならす。 苗を植えるとき、少しだけ指が触れて、でも何も言わずに続けた。
静かで、あったかい時間。
「これで、いいんだよね」
そう呟いた蓮の声が、空にすうっと溶けていった。
数日後、家に帰ってスマホを見たら、通知がひとつ。
《届いたよ。すてきな風景。 こっちでも風が吹いた気がした。 ありがとう、陽葵》
写真が添えられてた。
壁画の隣に、小さなテーブル。 その上に、わたしの描いた絵が、ちいさな額に入って飾られてた。
画面を見て、胸がいっぱいになった。
「……咲いた、かも」
わたしの中の“ありがとう”が、ちゃんと。
【あとがき】
誰かに“伝えたい”って思った時、言葉にしなくても伝わることがある。 陽葵も蓮も、それぞれのやり方で“母の日”を過ごしました。 花を植える。絵を贈る。きっとそれだけで、誰かの心に風が吹くんです。