1つ上の義姉が俺のことをお兄ちゃんと呼んでくる(もう慣れた)!
「お兄ちゃーん! 起きてるー?」
そんな声とともに、俺、天坂楓太は目を覚ました。彼女は部屋の中にどんどん入ってくる。俺は仕方なくベッドから身体を起こした。
「起きてはいたんだぞ。起き上がるのがめんどくさかっただけで⋯⋯」
「ふーん。いや、それは別にどーでもよくてね? 今日、3人で駅前のモールにでも行かない? 特に理由はないよ! 暇だからね」
どうでもよかったらしい。それはそうと、ショッピングモールとか急すぎるわ。……まあ俺、生まれてこの方彼女の頼みを断ったことなんかないんだけど。
とはいえ、一応反論もしておこうか。
「いや俺、それよりもお前に数学教えてもらいたかったんだけど。木曜の授業がマジで意味分からんくてさ」
「え〜……。それ帰ってからで良いよね! じゃあ10時に出発だよっ! 」
「はいはい……」
こうなると彼女はもう止められないので、とりあえずは朝ご飯を食べに行こう。
ところで、君たちはこの会話の違和感に気付いただろうか。
……そう! これだけ見ると、まるで俺が妹に勉強を教えてもらいたいかのようになってしまうのだ! ただもちろん、俺はそこまでのバカではない。原因はさっきの彼女にあるのだ。
その名を舞花という、1歳上の義姉である。舞花とは幼稚園の頃に出会ったのだが、彼女はもうその頃から俺をお兄ちゃんと呼んでいた……気がする。理由は謎だ。ほんとに、なんで今でも続いてるのやら……。
まぁとにかく、俺は舞花と朝食を摂っていた。両親はたぶん出掛けている。そういえば、と彼女が口を開く。
「羽乃を起こしてくるね! どうせ本でも読んでるんだろうけど」
「りょーかい」
羽乃、というのは俺の2歳下の妹だ。こちらは正真正銘の実妹。またの名を天使!
なんかもう、天坂羽乃なんて名前ほとんど天使だろうが!! とブチ切れたくなるくらいに可愛い、自慢の妹である。
そんなことを心の中で語っているうちに、2人が部屋から降りてきた。
「兄様、おはようございます……ねむい……」
「おはよう羽乃、早く準備しろよ」
「もちろんです」
「さぁさぁ羽乃っ! 朝ご飯はトーストだよ〜」
そんなこんなで、俺たちは一緒に朝食を食べた。準備もほとんど終わり、今は舞花を待っている。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!!! この服似合ってる?! あ、お兄ちゃんはもちろん似合ってるよ、さすが私の兄だね! だいすき!!」
「舞花も似合ってる、っていうか可愛いから安心しろ! あと俺、お前の兄じゃないからね?」
あまりに日常的すぎていつも聞き流しそうになるが、とりあえずツッこんでおく。
最近の俺、なんかコイツが妹でいるという事実に心地良さを感じてる気がしてヤバいんだが。普通に考えたらただのイタい姉だからな。もう手遅れかもしれない……。
そんな風に言葉を交わしあっている俺たちを見て、羽乃は幸せそうに呟いた。
「兄様と姉様が今日もイチャイチャしてます……今のわたし、最高に幸せです……! だから早く結婚しろなのです2人とも 」
「「しないからね!?!?」」
○
別に特別なことは起こらず、俺たちは揃って家を出た。近所のおじさんに「おはよう。君たち、やっぱりいつも仲良しだねぇ」なんて言われたので、とりあえず3人で挨拶を返しておいた。
目的地までは、ゆっくり歩いて20分ほどかかるので、いろいろ話しながら駅の方へ向かった。
なんというか、幸せな時間だなぁ、なんてことを少し思った。
あと一応言っておくけど、羽乃が俺たちを「兄様」や「姉様」なんて呼んでるのは、かなり昔に読んだ絵本に出てきた表現だからだ。それ以外の深い理由はない……はず。
ほどなくして、俺たちは駅前のショッピングモールに着いた。しっかし俺たち、何しに来たんだろうな。俺と羽乃は舞花に連れられて来たわけだが、アイツも目的はなさそうだし。
そんなところで、羽乃が口を開いた。
「……とりあえずはお昼ご飯をどこで食べるか決めましょう。お金は母様から預かっております!」
「確かにそうだな 。さすが羽乃! 天才! いや天使!」
そんなことを言ってやると、羽乃は嬉しそうにふん、と胸を張った。綺麗なロングヘアがふぁさっと揺れる。こりゃ可愛すぎて宇宙人も卒倒するな……。
「あーもうっ! 羽乃は可愛いなぁ〜! お姉ちゃんがなでなでしちゃう!」
「えへへ〜」
姉妹仲が良くて何よりだ。俺たち、出会ったばかりの頃からかなりの仲良しだったらしい。まぁ小さな子どもなんて単純だしそんなもんか。とりあえず、当時の両親は安堵したことだろう。
フードコートに着いたので、店を確認していく。久しぶりに来たけど、結構変わってる気がするなぁ……。あ、うどん美味そう。
そんなことを考えていると、舞花が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、私うどん食べたい〜」
「……偶然だな! 俺もそう思ってたところだぜ」
彼女は「おぉぉぉぉ!!!」と嬉しそうに声を上げた。
「さすが私とお兄ちゃんっ! これはもう赤い糸で結ばれてるとしか思えないね」
「はいはい……」
そんな俺たちを、羽乃が生暖かい目で見ていた。マジでやめてそれ。
ていうか舞花、そんな大声で俺のことお兄ちゃんって呼んで大丈夫なのかなぁ……同級生にでも聞かれてたらどうするんだろう。
ちなみにコイツとは同じ学校だが、校内ではちゃんと姉を演じている。ただ、俺のことを名前にちなんで「ふーくん」なんて呼んでくるので、完全にブラコンシスコン同士の姉弟だと思われていることだろう。
そういえば、羽乃はどうするんだろう。
「あ、わたしは食べられるものなら何でもいいのです。だからうどんにします」
心を読まれてるかのようなピッタリのタイミングで言ってきた。ちょっと怖い。
食べるものは決まったが、まだ昼ご飯を食べるのには早い。どっかで時間を潰さないと……。
「あ、それならお兄ちゃん。羽乃が本屋行きたいらしいから行こう〜!」
「楽しみです」
……どいつもこいつも、俺の心を読む天才かよ。
まぁ本屋なら無難なところだろうか。羽乃、こう見えてもラノベ好きだからな。ギャップ萌えでまた死人が出るぞ……!
というわけで、俺たちは本屋に向かった。ここから少し遠いけど、結構広かったような気がする。
ふと、何かが目に入った。
……小さな男の子だ。エスカレーター付近でさまよっている。迷子……っぽいな。
ちょっと話しかけてみようかと思い、2人に目をやってみると、どうやら同じことを考えていたらしい。
3人で目を合わせたのち、その男の子の方へ向かった。……いきなり3人で話しかけられても怖いかなぁ……。とことん優しい態度でいこう。
とりあえず、男の子のそばまでやってきた。
「…………?」
「……えっと、家族とはぐれちゃった?」
まずは、一応長女の舞花が尋ねた。そう、これでもお姉さんなのである。
「うん。ひとりでかってに歩いてたらみんないなくなっちゃった」
「どこではぐれたか、とか分かるか?」
黙っているのもアレなので、俺の方からも話してみる。怖がられないかなぁ。
「うーん……気づいたらいなかった……でも、ぜったいこの階だよ」
「なるほど。お兄ちゃんたちが探してみてもいいか?」
「えー……。ありがたいけど、ここにとどまってたほうがパパたちも探しやすくない?」
……なんか、妙に冷静で頭の回る子どもだな。話していて結構面白い。
「むー……確かにそれはそうですけど……。とりあえず、親御さんの特徴とか教えてくれますか?」
今度は羽乃が話しかけた。この中だと1番雰囲気がふわふわしているので適任かもしれない。
「えぇっとねー……、パパはオレンジ色のダサいシャツでー、ママはたぶん、グレーの長いスカー……あ、いた!」
「えっ、どこどこ?」
「あそこ! ねぇねもいる!」
男の子が指さす先には、テントウムシがでかでかとプリントされたダサTを着た父親と、それとは対照的にオシャレな母親、それと小学生くらいの女の子がいた。みんな、ホッとしたような顔をしている。
「じゃあいってくるね。おねえちゃんとおにいちゃんとちっちゃいおねえちゃん、ありがとう!」
そう言って、男の子は走っていった。両親たちがこちらに向かって深くお辞儀をしてきたので、3人で笑顔で返しておいた。
男の子を見送ったあと、なんだか温かい気持ちになっていたが、不意に舞花が呟いた。
「ねぇお兄ちゃん。試しに私のこと、お姉ちゃんって呼んでみてくれる……?」
「……えっ。どうしたお前、頭おかしくなった?」
「違うしっ!! なんかね、その……えっと……」
そんな風に口ごもっている舞花を見て、羽乃は「なるほど〜」みたいな顔をして代わりに話してくれた。
「姉様はですね、さっきの少年からお姉ちゃんって呼ばれたのが嬉しかったんだと思います。だから、たまには兄様の姉になってみるのも良いかな、なんてことを思ったんですよ」
「ま、まぁ……そういうことだよ。なんか恥ずかしい……」
今までずっと好き好んで妹を演じてきたのに、急にこんなことを思いついてしまったものだから、確かに恥ずかしがるのも分かるかもしれない。
……いや、しかしだぞ? さすがに「お姉ちゃん」って恥ずかしいんだけど? この年になって……?
「呼んでくれないの? お兄ちゃん……じゃなくてふーくん……いや、楓太? あ! ちょっとだけお姉さんっぽいかも!?」
「いや、完全に妹だろ今の……」
「わたしも同意ですね」
それを聞いて、舞花は項垂れている。なんだかんだ言って、俺は多分コイツに妹でいてほしいのだ。だからまぁ、姉でいられると調子が狂う、マジで。
……これはこれでちょっと良いかもしれない、とも思ったが。
けれども、それを口に出してしまうのはなんだか憚られた。というかシンプルに照れくさい。
そんな俺の様子を見て、舞花は納得いったような顔で言った。
「つまり、アレだね! お兄ちゃんはどんな私でも大好きなんだ〜? ふぅ〜ん?」
「いや、まぁ……もうそれで良いよ……」
何かが違うような気もしたが、それも事実ではあるので、曖昧に肯定しておいた。もう何言ってんのか分からねぇ……。あれ、どうしよう、今の俺、顔が赤いような気がする。 いや、お前まで赤くなるなって……!
「仲良しですね。……わたしも混ぜてくださいよ」
俺たちを見て、悲しげに羽乃が呟いた。たぶん演技だろうけど。
俺と舞花の間に流れている変な空気をなくしたかったし、何より可愛かったので、羽乃を思いっきり撫で回してやった。もちろん舞花と一緒に。
というか俺ら、まだエレベーターのそばにいたんだな。ずっと気づかなかった……。
「ちょっと時間は経っちゃったけど、本屋行くんだろ? 早くしようぜ」
「そうですね、早く行きましょう! 新刊が出てるはずなのです」
「そーだね。ごーごー!」
そうして本屋に着いた。やっぱりかなり広かった。
羽乃が、明らかに妹モノのラノベを俺たちに見せつけるようにしてレジに向かって行く。いやだから、その視線は何なの……? お兄ちゃん怖いんだけど。
というわけで、羽乃が『お兄ちゃんと結婚するために法律変えちゃうぞっ!』なんてタイトルのラノベを持って、ルンルンで向かってきた。
このタイトル、なんか舞花が言いそうで恐怖を覚える。……いやさすがにそこまでのブラコンじゃないと思うけど。
「さぁ、兄様姉様! お昼ご飯を食べに行きましょう!」
ひたすらに純粋な笑顔でそう言ってくる。あと少しで12時になるし、ちょうどいい時間だ。混んでないと良いけど。
「うっどん〜! うっどん〜! つるっつる〜!」
舞花が謎の歌を歌っている。楽しそうなので、俺も乗ってみる。
「「うっどん〜! うっどん〜 ! つるっつる〜!」」
こんなの、傍から見ればただのバカな兄妹なのかもな。羽乃も、俺たちを見て「ふふふ」なんて笑っている。天使の微笑みだ。
そこからは、フードコートでうどんを食べて、服屋とか雑貨屋とかゲーセンとかをいろいろ見て回った。
数時間そんなことをしたが、疲れたし普通に飽きたので家に帰ることになった。最初から最後まで何をしに来たのかよく分からなかったが、楽しかったので良しとしよう。
「楽しかったね、2人とも! また一緒に行こうねっ!」
満面の笑みで、舞花はそう言った。こちらもまた、宇宙人が卒倒しそうなレベルで可愛かった。
そんなことを言われては、返す言葉なんて1つしかない。
「おう! また来ようぜ!」
「そうですね……!」
一応これが処女作です。
妹っていいですよね。妹キャラが出てこないラブコメはなかなか読む気が起こらないのです。まあ読むんだけど。