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異世界居酒屋ヨシノーヤ

私の名前は知部真里(しるべまり)。高校を卒業してから某大手牛丼チェーン店で働いている。今年で20歳になるけれど彼氏はいない。いた事もない。なんなら想像上の生き物だと思っている。ほら、麒麟とか竜とかビックフッドやネッシーみたいなそれ。本当に怖いよね。私は今までそういうのに会わずに済んで本当に良かったよ。幸せです。ちくしょう。


20歳。フリーターの朝は早い。


なんて事はなく。10時から出勤の私は9時に起きる。顔だけ洗ったらシャワーも浴びずに髪を縛って家を出る。こなすだけの仕事で化粧なんてするわけがないでしょう。すっぴんの私の肌を全力で呼吸しているし、細いお目めも薄い眉毛もこれはこれ。華やかではないけれど、私は私をちゃんと生きている。


玄関を開けると、外はとても天気が良い。私はつけたマクスと深く被った帽子の奥で目を細めた。晴れやかな春の日差しの中、何か良い事が起こりそうな予感さえする。私は珍しく気分よく口ずさむ。


「いぃえ出たしゅんかん終わっ・・」


キキーーー!!


けたましいブレーキ音を響かせながらトラックが歩道に乗り上げた。私はどこぞの家の塀ブロックとトラックに挟まれて下手くそなカツサンドにみたいになって死んだ。もちろんカツが私だ。こんな最期になるなら、ちゃんと化粧しておけば良かったな。救急車が来て、マスクと帽子をとったら「え!ブスやん!」とか言われたらどうしよう。私は薄れゆく意識の中でそんな事を思った。ってか誰がカツやねん。





もしも神様がいるのなら、このカツサンドをご希望した理由を知りたい。


私の20年の人生って何だったのか知りたい。


私が死ななきゃいけない理由よりも生きた理由を知りたい。


私の20年は何の為にありましたか?




神さま・・・




「マリ!早く起きなさいよ!」


そう怒鳴られて私はベットから飛び起きた。


さっきまでぐちゃぐちゃに折れていた右手で頬を触る。指先に触れる確かな感触。どこも痛くない。なんならちょっと肌ツヤ良いまであるよ。私は何が起きたのか分からず辺りを見回す。良くも悪しくもモダンな造りの部屋は中世ヨーロッパを彷彿させる感じ。エプロンと呼ぶにはみすぼらしくて、これはただの前掛けみたい。


そして目の前にはちょっとふくよかなおばさん。


「・・・だれですか?」


私は頬を擦りながら聞いた。


「何寝ぼけてんだい!?さっさと下降りてテーブル出しな!」


えぇと・・


状況を整理しようわたし。


私は今日もシフトに入ってたじゃない?

そして薄い眉毛で家を出た。いや今は眉毛は関係ない。そしてトラックがぶつかってカツサンドになったはず。そして謎おばさんに起こされたじゃない?

そしてさっさと降りてテーブルを出すわけね?



ふむ・・・



なるほど分からん!?



私の脳がぎゅいーんと音を立ててフル回転した。


そりゃあもう。


こんな回る!?


ってくらい回った。



人生で一番高速回転した頭が割れそうになったとき、このふくよかなおばさんの前掛けが目に入った。それにはお店の名前であろう文字がちゃんと入ってる。なんでか分からないけれど、それは普通にちゃんと漢字も使われた日本語で書いてある。


まいど!異世界居酒屋ヨシノーヤ!


「それって牛丼じゃん!?」


思わず突っ込む私の明日はどっちだ・・・






ーこんな私が異世界転生ー






異世界居酒屋ヨシノーヤ。


異世界って、ここが異世界って自覚があるの?ヨシノーヤって居酒屋なの?どう見ても牛丼屋じゃないの?どこからツッコンでいいのか分からないんだけれ問題はそこじゃないよね。


私は恐る恐る聞いてみる。


「あの……ここって噂の異世界です……か?」

「そうだよ」

「そうだよ!?」


そうだよ。って言われちゃったけどそうなのかぁ!やっぱり異世界は異世界だって自覚あるのね!いやでも問題はそこじゃないよね!けれど問題がどこにあるのかが問題で、どうすれば問題が解決して、問題が問題であああああああああ!


私はパニックになった。


そりゃそうでしょうあなた。私は家出た瞬間カツサンドになったはずなのに、気が付けば見知らぬ異世界にいるんですって。頭も混乱しちゃうでしょ?


「あんた……大丈夫かい?」


ふくよかなおばさんは現状を理解出来ない私を心配そうに覗き込む。50歳くらいだろうか。少し皺の寄った目尻は優しさを感じさせる。茶色い髪が小綺麗に編まれていて、いかにも働いてますオーラを出していた。薄い緑のシャツの上にエプロンを着けていて、異世界居酒屋ヨシノーヤの文字が刻まれている。こいつがひときわ異彩を放ってるんだよね。


「だ……だいじょおぶ……です」


すんごいカッスカスの声が出た。


「大丈夫ならさっさと下に降りて仕事しなよ」


そう言ってふくよかなおばさんは部屋を出た。

いや。どう見ても私大丈夫じゃないだろ。見てよこの滝のような汗。むしろもう汗のような滝だよ。ナイヤガラみたいに垂れてるの分かるでしょ。ってか気付けよ。


そうは言ってもここは異世界。異世界住人がそう言ってるんだから間違いないよね。この世界の何かしらの知識がないと前には進めない。私はベットから降りて窓を開けた。外の風景が広がる。どこまでも続くような街並みに私は息を飲んだ。どこかとても大きな街にいるみたい。でもそれは異世界。というよりも中世の時代にタイムスリップしたようにも思える。レンガ造りの家も、どこかテレビで見たような気さえする。


私はそっとドアを開けて廊下を覗いた。なんてことは無い普通の廊下。普通の廊下なんだけれどランプが掛けられたり、何だかよく分からない生き物の置物が置かれた廊下を私は見た事はない。いくつか部屋を横切ったその先に下へ降りる階段がある。下から何やら話声がするけれど……。


「い……行きたくない……」


心の声が口から出た。早速ですがもう無理です。こんな、なんの取り柄もない私が未知なる冒険(階段を降りる)なんて出来るわけがないでしょ!普通に怖いから!というかあのおばさん誰!?妙に馴れ馴れしいけど何者……?


……


もう帰りたい……


そう思いながら階段の手すりを握り締めていると、奥の方から可愛らしい女の子がひょこっと顔を出した。大きな瞳をパチパチさせて不思議そうに私を見つめる。私はどうしていいか分からず、何も言えないままただ固まっていた。


だれ!?


この子は何者!?


しばらく女の子と見つめ合っていたけれど、お互いに何を言うわけでもなくただ時が流れた。


なにこの時間……私が何かした方がいいのかな?でもこの子が誰かも分からないし、下手な事言わない方がいいのかもしれないよね。お願いだから何か言ってよぉぉ。


と願ってもただ時は流れ……なんのアクションもないので、私はとりあえず自然な笑顔を作って悪い人間じゃないアピールをする事にした。こんな状況だしちょっと不自然になるかもしれないけれど、私には飲食店で働いた接客の経験があるのだよ!



……


……



にや


「こわっ」


ダメでした。


「お姉ちゃん。さっきから変だよ?」


あんた妹だったんかい!

心配して損した。妹なら近づいても大丈夫だよね。


「い、今降りるからちょっと待ってね」

「早くー」

「今いくから。すぐ行くからね」

「早くー」

「よぉし。行くぞぉ。今すぐ行くぞぉ」

「早くー」

「カ、カウントダウンで行くからねぇ」

「早くー」

「1000、999、998……」


「はよ!」






ーこんな私が異世界転生ー






プラリネ。


この子の名前。この子。っていうか私の妹らしいんだけれど、どうみても6歳とか5歳に見えるんだよね。私との歳の差けっこうヤバいんじゃないかなぁ。とか思ったりしたんだけれど、転生した私の年齢は今のところ不詳なわけで、もしかしたら若返っちゃったりしてるのかな?


「早くテーブル出しなよ」


ふくよかなおばさんに急かされながら、お店の隅に置かれたテーブルを並べていく。並べていくんだけれど、それが結構大変でね。木造の長テーブルは椅子が6個並ぶほどに大きい。1度端っこをズラし、そして反対側をズラしながら並べていく。


よく見れば……なるほど異世界居酒屋ヨシノーヤ。店内はかなり広くて客席は60ほどありそうだった。ここがどんなお店なのか分からないけれど、私が働いていた某大手牛丼チェーン店より遥かに大きなお店なのかなと思った。プラリネちゃんも重そうにしながらも椅子を運ぶ。なんて働き者なんでしょう。


「プラリネちゃん……よく働いて偉いね」


私は何となく声をかけた。


「いつもやってるのに?」

「そ、そうだっけ……あはは」

「おかぁさん。お姉ちゃんがなんか変だよ」


プラリネちゃんがふくよかなおばさんに言った。


待って待って!


妹プラリネ→姉わたし→母ふくよか


そういう事!?

そういう事なのね!?

かんっぜんに理解した!


ふくよかなおばさんに向き合う私。


「もしかして私のお母さんですか!?」

「生き別れみたいに言うね」


少しだけどこの世界線の私が見えてきた。どうやら異世界居酒屋ヨシノーヤは私たち家族で経営してるお店らしい。でも待って。じゃあ父親はどこにいるんだろう?こんな大きなお店を奥さんに任せて別の仕事をしたりするものなのかな?


「あ……あの……お母さん。お父さんはどこに?」


お母さんは少し息を吐いた。


「あんたのお父さんは敵国のイケメン王子で和平を結んだ時にこの国に訪れてね。当時はイケイケだった私と……今じゃ歳をとって敵国の王子様が王様になっちまったけどね。うははは」

「おかぁさん。もう敵国じゃないよ」

「そうだね。今はチワワ国とは仲良しだね」

「チワワ!?」


なんて可愛い名前の国なの。というか今の話は絶対に嘘やん。つまり。話す気はない。って事なんだよね。どこの世界でも大人の事情は難しいし、よく分かりません。


全く……


この世界線の私はどんな人生を歩んでたのやら……



ん?


待って。



最初にふくよかなお母さんは私の事を「マリ」って呼んでた。そして妹……プラリネちゃんも私自身を知っている。まるでこれまでもずっと私がここにいたみたいに。転生した私だけが見ず知らずの世界にいると思ってたけれど、皆は私を知っている。


つまり……


転生前にも私が私としてこの世界にいた。


そういう事なんだと思う。


いまの私がここにいるなら、これまでの「マリ」はどこに行っちゃったのかな?もしかして、この世界のどこかにいるのかな?



それとも……



私が消しちゃったの?






ーこんな私が異世界転生ー





「マリさん。おはよう」


「マリちゃん。こんにちは」


「マリ。良い天気だね」


私が転生して1週間。この世界が少し分かってきた。やっぱり私には以前の私がいる。誰も私を「マリ」として疑ってない。恐らく顔も同じなんだと思う。そして……


「マリちゃんビール!」

「はい!ただいまぁ!」

「マリ!焼魚あがったよ!」

「はい!ただいまぁ!」

「マリちゃん!ビール!」

「はひ!ただいまぁぁぁん!!」


この店は忙しい。


なんでホールが私1人なの!?こんなの絶対に無理じゃない!確かに厨房もお母さん1人で忙しいだろうけれど、そもそも2人なんて無理じゃない!?飲食店ナメんじゃないよ!


とは言うものの……


この世界の事を何ひとつ知らずに出ていけるわけもなく。私はめそめそしながら働いているわけです。働いて寝るだけの生活じゃ現世と変わらないじゃない。牛丼屋から居酒屋に転職しただけじゃないの!


今日も本当に辛かった。私はくたくたになりながら自室への階段を登る。1階はお店になっていて2階が家族の住居になってるこの家では、私の部屋は2階の1番奥にある。このお店というかこの建屋自体がかなり大きい。


昼は家の掃除や家事をこなし、夕方からはお店のホールとして働くのが「マリ」のルーティンらしいけど、毎日こんな生活してたら死んでしまうよ。この世に地獄があるとすればここかな。しかしながら、私も大変なのだけれど、こちらのお母さんも朝からずっとお店の仕込みや準備をしていて、働きっぱなしなので文句も言えないのが悔しいです。


異世界転生したら、何かよく分からないけれど不思議な力でバラ色の人生になるんじゃないのかよぉぉ。あるじゃない?そういうの。何かしらの超能力みたいなやつとか。私だけ特別な魔法とかそういう感じのやつ。これじゃあ異世界転生というか異世界転職だよ……。


私はまるで綱引きみたいに手すりを引っ張りながら階段を登る。だいたい何?過去の「マリ」さん頑張り過ぎじゃない?こんな生活して何が楽しいわけ?しかも周りの人は気さくに話かけてくるし。どんだけ社交性あったんだよ。さては陽キャ!?陽キャなのね!こんな辛い生活に文句も言わず笑顔を振りまいて楽しく暮らす陽キャに違いねぇ!


そういうのシンドいから「マリ」ちゃんでやってよね。私はひっそりとしていたいんです。ひとっそりと。ね。



そりゃあ私だって……


本当は楽しい人生を過ごしたかった。


高校を出た私は働き出して、進学していった友達とは何だか疎遠になってしまった。そして気付けば1人ぼっちになった。友達はSNSで知らない人と楽しそうにしている。私はそれを眺めるだけ。それも虚しくて次第に見るのも辞めた。


神様。


もう一度やり直せるチャンスをくれたのなら、別に異世界じゃなくてもよろしくてよ?私は筋肉痛に軋む足を引きずりながら部屋に戻った。暗い部屋を手探りで歩きながらテーブルの上のランプに手を伸ばした。火を灯そうとランプに顔を寄せると、ふわりと土の匂いがする。古い床がギシリと音を立てた。小さく木々の揺れる音がする。薄い雲に隠れて滲んだ月明かりが窓から差し込む灰色の世界で、微かに冷たい空気を感じた。






何か、変だ。


私は掴みかけたランプをそのままに部屋を出ようと振り向いたとき、フードを被った誰かが、そこにいた。私は声をあげようとしたけれど手で口を塞がれ、そのまま短剣で胸を突き刺された。それは痛い。というより熱い。だった。




薄れゆく意識の中で


「すまない」


と、男の人の声を聞いた。


謝るくらいなら、こんなことするんじゃないよ。





私は最後の力を振り絞って中指を立てて死んだ。




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