第32話 俺、Vtuberになる
あれからどれだけ経っただろうか。時間感覚が無くなったまま、俺は数日間を脱け殻のように過ごした。
しかし、時間が経つにつれだんだんと意識が戻ってきた。ひぬのお陰が大きいだろう。俺は久しぶりに家の居間へと足を踏み入れた。
「おお! もう大丈夫なのかい?」
吾郎が嬉しそうな顔を見せる。俺がふてくされてた間もずっとご飯や家事をしてくれていた。感謝しかない。
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「無理はするなよぉ」
俺は朝食を食べて、ひぬの家へと向かった。
「田中さん! わたし、ひぬお婆ちゃんの孫です」
おっ美人。じゃなくて、ひぬ婆さんの孫娘が出迎えてくれた。ひぬの遺産整理をしていたらしい。
以前のような散らかり具合はなく、すでに全く違う家のようだった。ひぬのVtuber道具は玄関にまとめて置いてあった。
「これ、受け取ってください」
「え、でも……」
「きっとお婆ちゃんも、そう言うと思います」
正直説明が大変だろうと思っていたので、孫娘の発言はありがたかった。俺は荷物を担いで、その場を後にした。
家に帰って荷物を広げると、機材と一緒にノートが何冊かあった。その中身は、ひぬの書きまとめたVtuberのマニュアルだった。
『この機材とこの機材を接続! 重くなるから注意!』
『笑顔を忘れず! 素顔が見えなくても、感情は伝わってる!』
自分の為に書いていたのだろうけど、それはまるで俺の為に書かれたような優しい文章だった。
ひぬさんは生きている。俺の心の中で、そして画面の中でこれからも生き続ける。俺がVtuberとして活躍することによって。
俺は飯も食べずに、ひたすらノートを読み込んだ。
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