第一幕 ”魔術”の時代
「ほら、早く案内しろ」
後ろから大男が私に向かってそう指図してくる。
「わかってますよ。今やってるじゃないですかぁ」
「まぁ落ち着きなよギーゼル。彼女が怖がってしまう」
ギーゼルと呼ばれた大男は、フンッと不機嫌そうに鼻息を鳴らすとまた口を開いた。
「お前だってコイツを怖がらせていると思うがな。ゲイラ」
本当にその通りだ。ゲイラと呼ばれたヒョロイ男は私の隣を歩いている。その片手にはロングソードが握られており、逆らったら斬り殺すと言わんばかりだ。そのくせ、まるでその手に何も握ってませんよ、という具合に緊張が見て取れなくて、そのチグハグ具合が妙に不気味だ。
はぁ、何でこんな事になったんだろう。
私は家で買い物に出かけた両親の帰りを待っていただけなのに。
急にこの二人が家に押し入って来て。山奥の棺桶のある洞窟の場所を教えろ、と脅され案内をさせられている。
「行っても意味ないと思いますよ。あの洞窟の棺桶って何をやっても開かないらしいですよ」
ヒョロイ男が答える。
「そんな事しってますよ。ですが、今日は復活の日です。なので開きます」
何だコイツ。開く理由がさっぱり分からなかった。復活の日ってなんだ。相手が知らないであろう単語を普通に使ってくる奴は嫌いだ。
しばらく無言が続いた。その間私たちは、山奥の獣道を進み続ける。
獣道は大男には狭かったらしく、木の枝などに当たってしきりにイテッイテッと言っていた。
そうこうしているうちに洞窟に辿り着いた。
外見は至って普通の洞窟だが、その中は神殿の様な構造をしており、最奥の中央に開かずの棺桶が鎮座している。
「ここがその洞窟です」
そう言い後ろを振り返って二人の様子を伺うと私はギョッとした。
二人の表情は不気味なほど興奮に満ちており、この先の状況にワクワクが止まらないといった感じだった。
「じゃあ案内したので私はこれで帰ります」
そう言い私が引き返そうとすると、ヒョロイ男が私の肩を掴んだ。
「まぁ待て君。君は今これから起きる歴史的瞬間を目撃する権利を持っているのだ、君はそれを見届けないと絶対に後悔するよ」
片手に剣を持っている男の誘いを断れるわけもなく。私はまた同行する事になった。
奥に行くと棺桶が見えて来た。大きさは棺桶だから当たり前なのだが人一人がすっぽり収まるサイズだ。特にこれと言った装飾が施されている訳でもなく、ただの箱のようにも見える。
「あとどれくらいだ」
「あぁ、えーと。あぁ20秒だ」
この会話を500秒の辺りから何回も繰り返している。あと20秒で一体なにが起きるのだろうか。
「「10・9・8・7・6・5・4・3・2・1」」
ガッゴゴン
二人のカウントダウンが終わったのと同時に棺桶の蓋が爆音と共に上へぶっ飛び、天井に突き刺さった。
「あぁ、この時をどれだけ待ち侘びたか」
大男のそのセリフの後に、棺桶の中にいたであろう人間がムクリと起き上がり、その上半身が見えた。
「えっ?!」
思わず声を出してしまった。だって棺桶の中にいる人ってのは死んでいる人って事だし、そもそも開かずの棺桶って言われていたのに、その蓋があんなに勢いよく吹っ飛ぶなんて。何もかもが予想外だった。
そんな私の飽和状態の疑問なんてつゆ知らずに、中の人間は立ち上がった。
一番最初に目についたのは黒髪だ。この辺りでは珍しい。いや、黒髪の中でもあの髪は珍しいのではないかと思う。何故ならその黒髪は一切光沢がなく、まるでそこだけ塗り潰したかのような暗黒だった。
体は見た感じは華奢であるが、しっかりと筋肉がついているのが見てとれる。
怪我人かのように首から下を灰色の包帯のようなもので覆っており、その上から丈の短いローブを着ている。ズボンは何だかダボダボで、靴は履いていない。
そして顔を見て驚く。とてつもない美貌の持ち主だ。体つきは男だが、その容姿はまるでおとぎ話のお姫様のようだ。だが目つきが悪く可愛らしさのようなものは感じない。
そんな男が口を開く。その声は決して低過ぎる訳ではないがとてつもない重厚感を持っていた。
「誰だ貴様ら」
「「10・9・8・7・6・5・4・3・2・1」」
何だか外からやかましい声が聞こえてくる、一体なんだ。
ガッゴゴン
更にやかましい音が聞こえてきた。それと同時に棺桶の中に光が入り込んできた。光が目に慣れると、頭上の天井に棺桶の蓋が突き刺さっているのが見える。
この棺桶開発したの確かローズだったよな、蓋の開き方が荒すぎる。
とりあえず体を起こすと、男二人組と女一人が見えた。
女の方は明らかに動揺している。二人組はいかにも恍惚といった具合の気色の悪い表情をしている。一体この三人組は何なんだ。
まぁ、単刀直入に聞こうと考え、とりあえず起き上がる。棺桶の体の状態が維持されるという機能は本物だったらしく、千年間眠り続けていたのにも関わらず、問題なく起き上がりの動作を行えた。
「誰だ貴様ら」
そう言ったのとどれくらいの時間差があっただろうか、次の瞬間には男二人は俺に対して片膝をついていた。
二人組のうちの細い方が話しだした。
「お初にお目にかかります。ソロモン様。私はソロモン教団の第三兵団団長のゲイナ・アルムエルと申します」
「同じくソロモン教団の第四兵団団長のギーゼル・フロントであります」
ゲイナという男に続いて大男のほうもそう自己紹介をした。
まず気になる事は色々あるが、とりあえず一番気になる事を聞こうとしよう。
「ローズというゴーレムは来てないのか」
「はい。来てはおりません。我々もそのような名前のゴーレムは見聞きしたことはございません」
「そうか」
ローズはいないのか。俺の事がどうでも良くなったのか、千年の間にくたばったのかどちらかだな。
「教団というのは何だ。俺は神になった覚えはないぞ。どちらかというと神殿などを壊す側だ」
「我らの教団は魔王様、すなわちソロモン様を崇拝している宗教団体でございます。この復活の日を我ら教団は数百年待ち侘びていました。今日は我々がソロモン様のお迎えに参りました」
「迎える?」
「はい、我々は貴方様を我々の教団に迎え入れる為に来ました。ソロモン様の悲願である、世界滅亡の準備は整っております。後は貴方様が我々に協力してくれれば全てのピースが揃います。さぁ、いざ参りましょう」
疑問が増えた。
「なぁ、細いの。俺は世界滅亡なんて望んじゃいないし、お前らのような雑魚共に協力してやるつもりはない」
大きいのと細いののの顔が青くなっていく。
「な、何故ですか!何かご不満な点でもございましたか」
「何かお機嫌を損ねさせてしまいましたでしょうか、それならば私の命をもって償わせて頂きます。ですが、どうかそれで怒りを納めては貰えないでしょうか」
と、大きいのと細いのは凄い勢いでまくしたててくる。
別に何にも怒ってはいないのだがな、どうやらコイツらの教本には俺が世界滅亡を企んでいたという事が絶対的な真実として書かれているらしい。
何だか面倒くさくなってきたな。この二人の魔力量も確かに多いが、この程度なら千年前にもたまにいた。
つまらないな。
殺すか。
俺は”翔”を使う事にする。
”翔”とは俺の十八番である。簡単に言えば相手との距離を一瞬で詰める魔法だ。
まず魔力で強化した脚で地面を蹴る。それと同時に雷魔法で地面を弾く。足の面に込めた魔力を車輪のように回転させ体を押し出し。体を風魔法で前方に吹き飛ばす。それにより、音を置き去りにするほど速く動く事ができる。
一直線にしか進めないが、詠唱も翔と唱えるだけで良い為使い勝手が良い。
「”翔」
その次の瞬間には俺は大男の前に移動し、振りかぶった腕を今大男の顔面に向けて振り抜く直前であった。
俺の拳が直撃する前に、大男が自身の顔面と俺の拳の間に手のひらを俺に向けた状態の手を滑り込ませてきた。
この程度の防御なら貫けるな。
俺はそのまま拳を振り抜いた。
俺の拳が大男の手のひらに触れた次の瞬間、俺の体は強い衝撃を受け後方に吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
壁が俺がぶつかった衝撃で崩壊しボロボロと崩れ落ちている。
とんでもない衝撃だった。肋骨が何本か折れている。
俺は混乱し、興奮している頭を冷静にしようと努力しながら体勢を立て直す。しかし思わず疑問が声としてでてしまった。
「何だ今の」