19.奴隷市場なう
周りからザワザワと群衆のどよめきが聞こえる。聞いたことがない言葉もある。おそらく外国からも客が来ているのだろう。全く、外国からわざわざ違法な奴隷を買いに来るなんて酷い奴らだ。
同じく旧王都から連れてこられた奴隷たちは商品のように並べられる。それを客たちが見て気に入った者を買っていく。購入希望者が多い場合オークション形式になる。
それに、奴隷たちは誰に買われるかで運命が分かれる。まともな主人に買われればまだマシだが、魔術師が実験台として購入する場合もある。その場合はかなり悲惨だ。
「どうです?」奴隷商人が私を眺める初老の男性に声をかける。
「悪くない。だが、生憎力仕事のできる男を探していてね。」男性はそう言ってどこかへ行ってしまった。
次に来たのは高貴な見た目の女性だ。
「どうです?旧王都の人間なのである程度の教育を受けていますよ?」奴隷商人がアピールする。
だが、商人は嘘をついている。私は旧王都の人間ではないしそんなに高水準の教育を受けているわけでもない。完全な誇大広告だ。
女性は無言で私を見つめると首を傾げてどこかに歩いて行った。なんの沈黙だコラ!と思ったが今は抑える。
誤解のないように言っておくと、私はただ攫われたわけではないのだ。
時間は私がウォーキングを始めた後に遡る。
・・・・・・・・・
「あ〜あれ美味しそう。でも我慢我慢。」私は繁華街に立ち並ぶ屋台を極力見ないようにしながら歩く。はやくこの場を立ち去らないと頭がおかしくなる。
歩く速度を少し上げた時、背後から声をかけられる。振り向くと、私がアレックスに拷問された時彼の横にいた側近だった。
「よお、久しぶりだな。」側近が挨拶してくる。
「ああ、この前の。何?」私は首を傾げる。
「いや、たまたま会っただけだ。そうだ、この前のお礼に何か奢ろうか?」悪魔の囁きである。
「お礼って何よ?」
「いや、お前が処刑具汚さなかったおかげで面倒な仕事をせずに済んだ。あれの掃除ってサービス残業なんだよな。」側近はため息をつく。
「いや、もう処刑具って言ってるじゃん。拷問してたんじゃないの?」私は呆れる。
「まあ、とにかくこの前のお礼だよ。なんでも好きなもの食べていいぞ。」側近は嬉しそうに言う。
だが、私は絶賛ダイエット中だ。そんな話に乗るわけ…
「ん〜!美味しい!」私はケーキを頬張りながら言う。乗ってしまった。
私は負けた。どれだけ防御力が高くても食の誘惑の前には無力だ。いや、生物として食の誘惑を全て跳ね除けることはできない。仕方ない。仕方なかったのだ。
それにしても美味しい。甘いが甘ったるくなくどことなくフルーティーで素朴な味わい香ばしいアーモンドが味に深みを出している。チョコレートとかをつけたらもっと美味しそうだ。
「美味しい?そりゃあ数量限定の高級菓子だからね。他の町や国から来て何時間も並んで買い求める客がいるような老舗の逸品さ。こんなもん政府関係者と一緒に来なきゃ食べられないよ?」側近はニヤニヤしながら言う。
癪だがこれは本当に美味しい。外国から来るのもわかる。だが、おそらくハイカロリーな代物だ。今日のウォーキングで消費したカロリーを差し引いてもお釣りが来るほどの。そもそも、結構歩いたのにそれほどカロリーを消費できていない。自分の燃費の良さを恨んだ。
「まあ、嬉しそうな顔してるね。喜んでもらえてよかった。それで、君を見込んで仕事の話があるんだが?」側近は私が半分ほど食べてケーキの中に隠されたチョコレートソースが漏れ出してきたタイミングで依頼の話を振ってくる。
さっき強く渇望したチョコレートソースが出現したタイミングで席を立つことはできなかった。私は仕方なく彼の話を聞くことになった。
「だから君には近頃問題になっている奴隷商人を摘発するため囮になって欲しい。もちろん、アジトに運び込まれた段階ですぐにアジトに突入するからその日のうちに解放する。それに、それ相応の報酬も約束する。これが前金だ。」側近はそう言って金貨の袋を私の目の前に置く。
「いや、囮になるなら金持ってても仕方ないんじゃ?」私は首をかしげる。
「それもそうだな。」側近はそう言って笑う。
「でもな…奴隷商人に捕まるのは流石にな…」私は考える。
いや、待てよ?奴隷として捕まればほとんど飯とかは与えられない。つまり食の誘惑が完全に断ち切られるのでは?痩せられるしお金も貰える。一石二鳥。しかも1日だけ。私はニヤリとする。
イリーナは防御力故身の危険に鈍感である。
「やるのか?やらないのか?」側近は尋ねる。
「やる。」私は微笑んだ。




