8.冤罪は 防御力では 防げない
「みなさん。二人目の犠牲者が出ました。」
支配人の言葉に皆ザワザワする。
「妙なことはもう一つ。宿泊客は皆ここにいたのです。それなのに。」支配人は頭を抱える。
「ですが、そうであれば、ここに犯人がいないのではなく、もう一人犯人がいるということもあり得ますわよね?」貴賓のある老婆が言う。
「その通りです。ミセス・フーバー。」支配人は頷く。
「とにかく、安全のため皆ここに集まっておきましょう。」身なりの良い男が言う。
「イリーナさん、温泉どうでしたか?」レオンが小声で尋ねてくる。
「いや〜、よかったよ。凝り固まった全身の筋肉がほぐれる感覚だったよ。」
「防御力下がってないといいですね。」レオンは苦笑いする。
「あの、ちょっとお手洗い行きたいので行ってきていいですかね?」私は意を決して支配人に言う。
「そうですね。従業員を護衛につけます。」支配人は真面目そうに言う。
「いや、いらないですよ恥ずかしい。」
「しかし、どこに殺人鬼が潜んでいるのかわかりませんし。」支配人は食い下がる。
「いや、大丈夫です。平気ですから。」
「いえいえいえ、お客様を危険に晒すことはできません。」
「べ、別に一人で行けますから!」
「すでに二人亡くなっているんですよ?危険です!」
「私は大丈夫だから構わないで!」
「いやいやいや!」
お互い後に引け無くなった二人の言い合いは停滞する。
「じゃあ、もういいわ。」私は諦める。
「我慢できますか?」支配人が純粋な顔で尋ねる。
「うるさい!大きい声で言わないで!」せっかく温泉に入ったのにさらに変な汗をかく。
「そこの女、どうしてそんなに一人で出たがるんだ?」メガネの男が震える指で私を指差す。
「いや、どうしてって、トイレまでついて来られたくないし。」
「お、お前が犯人だろ?お前が殺人鬼だ!」男が喚く。
「何言ってんの?証拠はあるの?」私は言い返す。
「そうですよ!失礼ですよ!」レオンも反論する。
「証拠?この女、さっきから一人で外に出たがっているし、人が死んでる時に後から来て”祭りだ”と言ったんだぞ!」男は私を糾弾する。
「祭りの件は盛りすぎ!あんたはこの前の記者か?そうやって誇張して私を犯人にしようとするあなたの方が怪しいんじゃないの?」私も指を刺して言い返す。
「だが、後から来たのは事実だろう!そうだ、温泉とか言ってたな?血がついたから身体を洗って着替えたんだろう?」
「そうだ、あなたが温泉に入るのをみたわ!随分長いこと入ってたわよね?」中年女性が私を指差す。
「そうだ!証拠は揃ってる!死体を見てお祭りだと言ったりお前には人の心もない!犯人はお前だ!」メガネの男が身を乗り出して私に怒鳴る。
「単純に長風呂だっただけよ!」
「三時間も?」メガネが調子にのる。
「女性は結構長風呂ですよ。あなたどうせ女性とお付き合いしたことないから知らないんでしょうけど。」私も言われっぱなしは癪なので煽る。
だが、思ったより効いたらしくメガネは逆上して訳のわからないことを喚きながらつかみかかってきた。
当然私の方が強いので手のひらで顔面を叩き潰して失神させる。
「とにかく、私じゃないですよ。」そう言って手についたメガネの破片を払う。
旧メガネは顔を冷やされながら隅で寝ている。
だが、公衆の面前で暴力を振るった私の疑いは晴れないどころかますます攻撃に晒される。
レオンやマグネスも最初は反論していたが、あまりにうまく状況証拠が揃いすぎていることから閉口してしまった。
それに尿意とも戦わなくてはならない。地獄の二正面作戦だ。
情けないことになる前になんとしても疑いを晴らさなければならない。
でもこれ時間内には無理では?これさっき男性従業員を連れていくので妥協しておいた方が良かったのでは?
私は久しく忘れていた敗北を意識し始める。私はここ数年防御を破られたことは一度たりともない。だが、ここでついに破られてしまうのか。
全員知らない人なら何の問題もない。だが、横にはレオンとマグネスがいる。
これからも共に行動する仲間の前で防御を破られてしまうのは非常にまずい。また変なあだ名だって増えるかもしれない。私は顔面蒼白になり冷や汗をかく。
「おい、この女明らかに焦ってるぞ?」他の客たちも本格的に私を疑い始める。この旅館全体が私を犯人だと考え始めた。
そしていつの間にか完全に囲まれている。支配人も私を睨んでいる。
これ、意を決して席を立っても速攻で取り押さえられゲームオーバーだ。
私はこの人生最大のピンチを乗り切れるか。




