8.温泉と梅本ゆたかと殺人事件
「へえ、木造なのね、これはこれで風情があるわね。」私はリョカーンの外観を見て言う。
「こういう様式の建物は見たことないですね。」レオンは生垣に指を突っ込みながら言う。
門を抜けると白洲の上の石畳を歩く。松の木や小さな池があり錦鯉が泳いでいる。
ポコンという音がして皆でそっちを向くと、竹が水の力で動いていた。
「なんで竹槍?」マグネスが首を傾げる。
「竹槍ではないと思いますよ?」レオンが突っ込む。
珍しい引戸を開いて中に入る。
「わあ!すごい!」私は珍しい質素ながらも派手さを感じる内装に思わず驚嘆の声を漏らす。
「すごい!ノスタルジックってやつですかね?」レオンは辺りを見回しながら言う。
「いらっしゃいまえ。」よくわからない異国の言葉でフロントの女性が話しかけてくる。どう言う意味なのかは知らない。帰れとか言う意味である可能性もある。
「三名様ですか?」
「3人です。」
「承知いたしました。では、本日のコースをお選びください。」そう言ってフロント係は宿のサービスを書いた紙を広げる。
「当リョカーンには三つのコースがございます。最高のサービスをご提供する『松』。廉価版ですが、高品質なサービスをご提供する『竹』。最もシンプルでコスパの良いサービスをご提供する『梅本』の三つがございます。」
「梅本って何よ。」
「なんで最後だけ梅本なんですか?」
「なんか人名っぽいですね。我が王?」
「梅本でいいですか?」フロントが尋ねる。
「いや、なんか異質だからやめときます。」私は手をブンブン振る。
皆で話し合った結果、間をとって竹にすることにした。その旨を伝えると、どうやら支配人からの指示で指定サービスよりワンランク上のサービスを提供するように言われていた。
つまり、竹の料金で松のサービスを受けることができるのだ。梅本は知らない。
「すっごい!何この床!掛け軸!景色!最高!」レオンは部屋に入るなり興奮気味に飛び跳ねる。
「ふふ、子供ね。いい大人がこんな情けなく飛び跳ねたりはしない。ねえマグネス?」
「す!すごい!こことかすごい!何この低いテーブル?そうか、棺に入った我が王でも使いやすいようになっているのか。なんという…なんというすばらしい。よかったですね我が王。」マグネスも興奮気味に棺桶に語りかけている。
「はあ、やっぱり男の子はいつまでたっても子供ね。やれやれ。」私は大きくため息をつく。
「温泉がございますよ?」後ろから女将が話しかけてくる。
「行きます。」私は即答する。
「イリーナさんだって人のこと言えないですよね。」レオンの言葉にマグネスは大きく頷いた。
・・・・・・・・・・
「ふぅ。」私は温泉に浸かる。
「いい湯ね。身体がほぐれる〜。」肩まで浸かってため息をつく。
「あら、こんばんは。」隣に使っていた女性が話しかけてくる。
「こんばんは。」私も挨拶をする。
「いいお湯ですね。」女性は微笑みながら言う。
「そうですね。」風呂で話しかけられるのは正直好きではない。てきとうに返事をする。
「どこから来られたんですか?」
「迷宮都市です。」
「迷宮都市!すごい!私も一回行ってみたかったんです。」
「そうですか。また機会があればいつでもいらしてくださいね。」
「そうですね。お言葉に甘えて観光に行こうかしら。案内してくださる?」
「それは料金次第ですね。」私は微笑む。
「じゃあ、たくさんお金持っていかないとね。」女性は楽しそうに言う。
「そうだ。お名前は?」
「イリーナです。」
「そうなんですね。私はキャロルです。同じ宿なのでどこかで会った時はまたお話しましょうね。」そう言うとキャロルはどこかに行った。
「やっとゆっくりできる。」私はそのまま寝た。
・・・・・・・・・・・・・
目が醒める。
「私風呂で寝てた?」ぼそっと呟く。
「はぁ。またやっちゃった。」私はため息をつくと風呂から上がる。
そして、このリョカーンの寝巻きであるみたこともない一枚の布でできた。女将曰く『ユタカ』と言うらしい。なんとなく違和感があるが、異国の言葉だからだろう。
でも、結構着心地がいいな。 ユタカ。
温泉から出ると妙に騒がしく人だかりができていた。
「あ、いた。」背の高いマグネスが人だかりから頭を出して私を見つける。
「何やってるの?お祭り?」私は周りに聞こえるくらいのそこそこ大きな声でマグネスに尋ねる。
「あ、いや。」マグネスは困った顔をする。そして、集まっていた群衆が一斉に私を睨む。
「え?」私は突然睨まれて困惑する。攻撃は効かなくても視線は痛い。
「イリーナさん。逆ですよ。」レオンが真顔で言う。
同時に群衆が割れてその奥にあるものが見える。
「?!」私は驚く。
そこには刺されて血を流した遺体があった。
「え?私最低じゃん。」温泉に使ったにも関わらず全身から冷や汗が出た。




