33.魔王殺しの剣
だが、事はそう単純に進まなかった。いくら出力が落ちたとしても魔王の魔術は異次元のものであった。支援に徹しているソフィーを以てしても防ぎ切るのは困難だった。
「まずい。このままじゃジリ貧だ。」竜太郎は悔しそうに呟く。
「近づけんな。」マグネスは口を尖らす。
「それに、あいつまだ本気を出してない。俺たちを生かさず殺さず遊んでるんだ。じゃなきゃ俺たち今頃魔力で圧殺されてるよ。」竜太郎は愉快そうな魔王を睨む。
「もう終わりか?」魔王はニヤニヤとしながら問いかけてくる。
「仕方ない。アレを使うしかないか。」マグネスは呟く。
「アレ?」
「なんですかそれ?」
「何かあるの?」全員から一気に詰め寄られたマグネスは困惑する。
「い、いや。まあ、一応使えそうなものはあるというか…」
「じゃあ最初から使えよ!」
「早く言ってくださいよ!」
「そうよそうよ!」
「す、すまん。」
魔王も興味深そうに言い争うマグネスたちを見ている。
「ま、まて。一応我が王のものだからそうすぐに使うと言うわけにも…」
「死人に口な…モゴッ!」素早く竜太郎の口をレオンが塞ぐ。
「王様も許してくれると思いますよ?仕方ないって!」レオンが竜太郎の失言をマイルドに言い換えた。
「そうそう。」ソフィーも首がもげるほど頷いている。
「一体何を出してくるのだ?私の目には特に変なものは映らないが…」魔王はマグネスの漁る棺桶を凝視する。自身に対抗できるほどの異様な魔力を放つものは見当たらない。だが、あの棺を見る限りハッタリではないだろう。魔王は考え込む。
(えっと…どこだろう。あれ?絶対ある。出してないもん。出してないからあるはずなんだよ。あれ?何で無いの?おかしい。絶対おかしい。無いはずない。だって出してないから。)
マグネスは棺の中のものをポイポイと地面に出す。
「どこだったかな〜奥の方にあるのかも…」マグネスは声を振るわせながら棺桶を漁っている。
「あの…見つかりそうですか?」レオンが恐る恐る尋ねる。
「おぉん…」マグネスはなんともいえない返事をする。
「絶対ないんだって。」竜太郎はソフィーに耳打ちする。ソフィーは言うなとジェスチャーで注意する。
魔王も期待し疲れたのか冷めた目でこちらを見ている。
(ない、やっぱりない!どうしよう。ここでありませんでしたなんて言えない…こうなったら仕方ない!)
マグネスは棺桶の中からあるものを掴み取る。
「神剣、魔王絶対殺す剣!」マグネスはキメ顔で「切り札」を掲げた。
「ええ…」驚く魔王、レオン。ソフィーに対し竜太郎だけが困惑した。
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時は少し遡る。
五人は任務のため観光地として有名な場所に来ていた。その街は温泉が有名だったのだが、かなり強い魔物が源泉に陣取ったせいでお湯が街まで降りてこなくなったのだ。
さらに、この魔物が厄介で、三方を崖で囲まれた場所に陣取っており正面から攻めると高温高圧の熱湯を吹きかけてくるという厄介な魔物だった。
この魔物は熱湯の噴射口にイリーナを詰め込んだら爆散したからいいのだが、問題はその帰りだった。
報酬ももらい上機嫌な上、魔物の口の中に詰め込まれたイリーナは風呂に入りたいとごねたことで五人はその街に二泊三日の滞在をすることにした。
イリーナとソフィーが宿でゆっくりしている間、元気の有り余る男たちは街へ繰り出していった。
報酬を受け取り懐の潤った三人は目に入った屋台のものを食べ、腹が満たされるとお土産を買うことにした。
レオンはイリーナたちのために温泉卵などを購入した。竜太郎はタペストリーを購入した。
だが、マグネスは悩んでいた。特に欲しいものがなかったのである。
だが、仲間二人が横で散財している手前、自分だけ何も買わずに帰るのも不義理というものだ。
自分も何か買わねば。マグネスは考えた。
だが、マグネスは武人である。毎日の鍛錬と王への仕官こそが全てだった。
「おいマグネス。どうした?」竜太郎は思い詰めたような顔のマグネスに声をかける。
「いや、私も何か買わねばと思うのだが、何を買えばいいかわからなくてな。」
「無理に買わなくてもいいと思うが、何か欲しいなら思い出になるものを買えばいいんじゃないか?」竜太郎の言葉にマグネスは頷く。
「思い出になるもの…か。どんなものが思い出になるだろう。」マグネスはまた考え込む。
「じゃあ、お前の王さんが喜びそうなものを買ったらいいんじゃないか?」竜太郎の一言にマグネスはハッとした。
そうか。それだ。我が王が喜びそうなもの…土産物屋を見渡した。
食べ物は…ダメだ。すぐに腐ってしまう。 絵葉書やタペストリーは…これも王には一流の絵師の描いたものを献上すべきあろう。
アレもダメ、これもダメ。そんなマグネスはあるものを見た。
「こ、これだ!」マグネスは急いでそれを手に取る。
「お前、それは…」竜太郎が苦々しい顔で何かを言いかける。
「この鏡のような刀身に磨かれた玉の嵌められた黄金に輝く柄。そして、そこに巻きつけられた力の象徴たる竜!これこそ王への献上品に相応しい!」マグネスは目を輝かせる。
要はドラゴンのキーホルダーである。
竜太郎は思わず目を伏せた。確かに自分も修学旅行でドラゴンのキーホルダーを買った。今では思い出半分恥ずかしさ半分で部屋の奥にしまってある。だが、それより竜太郎が驚いたことがある。
異世界ドラゴンのキーホルダーはデカい。普通の剣くらいの大きさがある。
「なあなあ竜太郎!これいいと思わないか?王も王喜びなんつって…」マグネスはブンブンと剣を振った。
「…。うん、まあ気に入ったならいいんじゃない?」竜太郎は目を逸らした。大丈夫俺が買ったわけじゃないから。
「あとマグネス、危ないから剣振り回すな。」
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「神剣、魔王絶対殺す剣!」マグネスはキメ顔で「切り札」を掲げた。
「ええ…」驚く魔王、レオン。ソフィーに対し竜太郎だけが困惑した。
「こ、これは…」魔王が急に険しい顔になる。
「鏡のような刀身に、磨かれた玉を嵌め込んだ黄金の柄。それに力の象徴たる竜!なんということだ。それほどのものをまだ隠し持っていたのか。」魔王は息を荒くする。
「マグネスさん、そんなもの持ってたなら早く出してくださいよ!」
「そうよ!」レオンとソフィーが後ろで口を尖らせる。
「貴様、本気だな。」魔王が魔王の顔に緊張が走る。
「もう少し頑張らないとですね。」レオンは呼吸を整えた。
「後ひと押しかな?」ソフィーは杖を握った。
まともなのは俺だけか?竜太郎はそう思ったが、自分もドラゴンのキーホルダーを買ったことがあるので人のことを言える立場ではない。
「よーし!畳み掛けるぞ!」竜太郎は気合を入れたのだった。