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8 家

「ところで早水さんは、この絵を気に入ったかな」

 わたしの混乱が収まったと判断したらしく芹沢館長がわたしに問う。

「はい、気に入ったというよりは吃驚しました」

「ほう、どんなところを……」                                       

 それで、わたしは絵に対する自分の感想を滔々と述べる。

 芹沢館長は余計な口を挟まず、わたしの感想をまるで蕎麦を食べるように聞いてくれる。

 話し終わり、満足し、気持ちに余裕ができ、わたしが辺りを見まわす。

 美術館に入り、玄関というかエントランスを抜け、奥正面の壁に飾られたPサイズ五〇号(一一六七×八〇三ミリメートル)の絵にいきなり反応してしまった、わたし。

 だから、そのとき他に何が飾られているか始めて知る。

 四角い展示室の四面の壁に一枚ずつの絵。

 数は少ないが、いずれもPサイズ五〇号以上の絵で迫力満点だ。

 改めて四枚の絵を見比べ、わたしが特に好きなのが最初の絵だと改めてわかるが、他が劣るわけではない。

 単に好みの問題だろう。

 いずれの絵も同じ作者。

 作中に『鈴』の文字があり、それが雅号なのだろう。

 通常の美術館のように絵の下または横にある説明書きを読むと、芹沢鈴とある。

 それでハッとし、芹沢館長に尋ねる。

「作者は館長の娘さんか、あるいはご母堂さまですか……」

「どちらも外れじゃな。孫じゃよ」

「お孫さんですか……」

「吃驚なさったかい」

「はい。でも素直です」

「本当のところ母親はと名づけたかったらしいが、さすがに変えた」

「う、ですか」

「奈良時代に中国大陸から日本に伝わった竹製の笛じゃよ。大型の笛で和楽器の笙より一オクターブ低い音が出る。雅楽に用いられたが平安中期に廃れた。笙の笛に対し、竽の笛とも呼ばれる」

「笙の笛と関係するんですか」

「自由リードをもつ気鳴楽器としては最古のもので笙と共に古く東南アジアに発生したようじゃ。元となる楽器が古代中国で完成し、紀元前の文献に出ておるらしい」

「ではりんも和楽器……」

「そうなのだろう。わしには娘の心がわからんが……」

「名前の件はともかく、あなたに頼りたくないと思っているんですよ」

 突然、岡田笙が会話に参入。

「間違った夫を選んでしまった自分の責任を有耶無耶にしたくないんです」

「それはそうだろうさ。じゃが、わしはもう赦しているよ」

「単に孫が可愛いだけではありませんか」

「小狡いことを言うな。もちろん、それもある。だが結構な期間頑張った。もう十分じゃろう」

「それは母が決めることです」

「じゃから、わしは口を挟まん」

「あの、ちょっと、いいですか」

 わたしの頭の中で話が混乱したから口を挟む。

「えっと、今の芹沢館長と岡田笙の話の内容からすると、まさか鈴さんは岡田笙のお姉さんですか」

「……ということらしいよ。それが訳アリの『訳』」

「ええーっ」

 わたしが絶句。

 青天の霹靂(この三日で二度目)。

 寝耳に水/突発事件/不測の事態/降って涌いたような急展開/大異変/わたしの不測の致すところ……は違うか。

「会いたい」

 けれども、わたしの次の反応は急転直下に変化する。

 合えるものなら会いたい、となる。

 絶対に会いたい。

 こんなに凄い絵の作者が身近にいるなら会いたいと思わない人間はいないだろう。

 そのときのわたしには絵の作者に対する畏れがない。

 純粋な好奇心のみあったのだ。

 ……と、そこでまた、はたと事実に気づき、

「えっと、芹沢館長が岡田笙のお爺さんですか」

 わたしが確定事実を尋ねると、

「笙の彼女は面白いな。気に入ったよ」

 芹沢館長が笑みを浮かべつつ、岡田笙に言う。

 ついで、

「そうじゃよ。早水さん。笙と最近出合ったのは偶然じゃが……」

「だけど、オレのことは知っていたでしょう」

 岡田笙が疑うように尋ねる。

「それは当然じゃが、桔梗の顔を立て、この前まで会わなかったんじゃぞ」

 桔梗というのは岡田笙の母親の名だ。

 小学校のときに何かの折で名前を聞き、珍しいから覚えたのだ。

 しかし、わたしにはあんなに若く/幼く見えた岡田笙の母親が岡田笙以前に子供を生んでいたとは信じられない。

「確かに出会いは偶然のようでしたが、あなたが待ちきれなくて仕組んだのかもしれない」

 芹沢館長と岡田所の会話は第二ステージに突入したようだ。

「否定はせんよ。鈴がああなってしまってはな」

「だからオレを呼び寄せた」

「桔梗と合わせるとき鈴が普通でなければ、今度は桔梗の方が毀れてしまう。それは笙、おまえにだってわかっているはずじゃぞ」


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