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4 昇

 山の中というから乗り継ぎも含め大層な時間電車に揺られるのかと思いきや、三十分もかからない。

「でも山の中だろ」

 I駅で電車を降り、岡田笙が進むまま道を進むと確かに景色が田舎。

 暫く行くと急勾配があり、山となる。

 正確には丘陵だろうが、道を歩いた限りでは見分けがつかない。

「はあふう、まだ歩くの……」

 息を切らせながらわたしが岡田笙に問うと、

「律子は思ったより体力がないな」

 とわたしの質問の答ではない答が返る。

「岡田笙の方が元気なんだよ。ひょろひょろの癖に……」

 だから、わたしが憎まれ口を叩くと、

「口だけは達者だな」

 と諌められる。

「どういたしまして。ふうはあ……」

「もうじきだよ」

「よかった。……だけど、ここT都だよね。こんなところが残ってたんだ」

「T都でも西に行けば、こんな風景はいくらでもあるよ。だけど、いずれ高層住宅が立ち並ぶかもしれない」

 確かに行きの電車から見えたI駅までの風景には造成地が多い。

 工事現場にある車の種類には詳しくないがシャベルカーやブルドーザーがいくつもある。

 もっとも日曜日なので稼動していなかったが……。

「だけど高度成長気じゃないからね。人口だって減り始めたし……」

「そうだな。造成地のまま放置される可能性もあるな。そうすれば里山は残る」

 岡田笙と国家を憂える会話をしながら更に数分進むと急に視界が開ける。

 どうやら里山の頂上に達したらしい。

 晴れていたので西方向に富士山が見える。

 当然その前の丹沢山地も見える。

 よって蛭ヶ岳も見える。

 わたしたちの立つ方向から見て富士山の頂の下に位置する山の名だ。

 一説では、山に蛭が多いから付いたという。

 もう一説では、山の形が猟師のかぶる頭巾ひるに似ているからとなる。

「歩いていたときはどうなることかと思ったけど低い山ね」

「関東平野にあるんだから当然さ」

「で、美術館は……」

「残念ながら、ここから少し下る。……休憩するか」

「そうね、ベンチがあるし」

 富士山を望む崖に近いところに木のベンチがある。

 その少し先に木で組まれた馬の親子模型(?)がある。

 お盆のときに野菜で作る精霊馬や精霊牛と似た構造だが、もう少し複雑でちゃんと頭分が拵えてある。

 岡田笙はすでに見慣れているのか関心を示さない。

 だが、わたしは気に入る。

 最初に馬の親子と感じたが、人間でいえば、四十歳前のお父さんと八歳くらいの息子か。

 わたしはタオルを持ってきたので、それをリュックから出し、ベンチに敷き、その上に座る。

 岡田笙は気にせず、そのまま座る。

 前日も晴れていたので泥が付くとことはないと踏んだのだろう。

 わたしがベンチに座ると富士山が向かいの山と言うか森というか木の群れに隠れ、見えなくなる。

「ベンチの意味がないわね」

 わたしがボヤくと、

「ベンチは座るためにあるんだよ」

 と岡田笙が言う。

 御説、ごもっとも……。

「崖の下が見たいな」

「危ないよ」

「だったら岡田笙が支えればいい」

 そう言い、わたしがベンチから立ち上がり、馬の親子の先に進もうとすると岡田笙も立ち上がる。

 ついで自分の右手でわたしの左手首を掴むと一緒に先に進んでくれる。

「手を離さないでよ」

「当然だろ」

 岡田笙の言葉に安心し、わたしが崖の方に身を乗り出す。

 崖といっても切り立っているのではなく、藪があるので視界が悪い。

 それでも向かいの山と言うか森というか木の群れの手前がいくらか見えるようになる。

 それで満足し、ベンチまで戻る。

「崖の下に何があったと思う」

「田圃か、畑だろ」

「畑といえば、そうなのかな。梅林よ。梅畑……」

「ふうん」

「岡田笙は梅干が嫌いか」

「特に好物ではないが、食べるよ」

「わたしは一時期嵌ってね。お母さんに身体がすっぱくなるって言われたわ」

「それは知らなかったな」

「岡田笙はどちらかというと甘いものが好きだな」

「九九パーセント・カカオのチョコレートも好きだぞ」

「高カカオチョコレートは普通のチョコレートより脂質量が多いから太るよ。……って岡田笙に言っても意味ないけど」

「律子も元気になったようだし、先に進もうか」

「オーケイ」


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