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10 決

 岡田笙の言葉に彫刻の目が瞬時大きくなる。

 だがすぐ元に戻り、やがて動かなくなる。

 それでも以前より険が取れ、穏やかになる。

 その分、怖さが消えている。

 美しさの方は変わらない。

 いや、寧ろ増したかもしれない。

「どういうこと……」

 岡田笙の顔を自分の方に向かせ、わたしが問う。

「この彫刻が鈴さんなのね」

 だが岡田笙が答える前に声がする。

「いえ、わたしではないわ」

 彫刻がわたしに答えたのだ。

 吃驚して、さっきまで彫刻だった女性に目を向けると表情が違う。

 彫刻が人間に戻っている。

 美しさ自体は変わりないが、硬さが柔らかさに入れ代わっている。

「わたしが鈴です。彫刻は彫刻。普通の方法ではないけれど、アレは心を彫って作った作品」

「新しい素材を見つけたんですね」

「あら、良くわかってる。笙、いい娘を見つけたのね」

「ずいぶん昔に姉さんと約束したから」

「そんなこともあったか」

「だからもう彼岸むこうには行かないで欲しい」

「考えておくわ。約束はできないけど」

 それから鈴さんは、表情に困ったような芹沢館長に近づくと、

「どれくらい彫刻でいたの」

 と問う。

「ほぼ十日じゃな」

「それを聞いたら急に疲れが出てきたわ。何か食べたいな」

「いきなりは身体が受け付けんだろう。まず、ゆっくりと水を飲め」

「はいはい、わかりました」

 鈴さんの態度も言葉流れも十日間絶食していた人とは思えない。

 けれども芹沢館長のアドバイスから嘘ではないとわかる。

「とにかく座るか、横になりなさい。すぐに吉村を呼ぶから」

 吉村というのは鈴さんの世話係のことだ。

 岡田笙から教えてもらう。

 その際、他にも鈴さんについて学ぶ。

 岡田笙と鈴さんは父親が違うようだ。

 鈴さんの実年齢は二十四歳という。

 生まれる前から里子に出されることが決まっており(父親は外国の既婚者で仕事の都合で日本に来たが事故で亡くなる)、決めたのは芹沢館長、いや、芹沢桔梗の父親だ。

 鈴さんが自分の出自を知ったのは偶然らしい。

 里親(父親の方)の部屋を整理していて書類を見つける。

 けれども鈴さんは里親を恨んでいない。

 普通ならば恨むはずの祖父を恨んでいないところは不思議だが、さすがに母親にはアンビバレントな感情があるらしい。

 当然、一度も会ったことがない。

「でも岡田笙とは会っているのね」

「最初は頭のおかしな人だと思ったよ。十歳のオレの前に現れ、姉だというのだから」

 当時の鈴さんは十八歳。

 すでに里親の家を出、祖父と生活を共にしている。

 時々は里親の家に帰るらしい。

 里親との仲は悪くないのだ。

「おそらく祖父の書斎を調べたんだろう。向山(芹沢)鈴に関する書類が入った棚に鍵をかけなかったのだから祖父の入れ知恵みたいなもんだ」

 岡田笙は言うが、今更なのかもしれない。

「今でもそうだけど姉は綺麗だろう。恥ずかしいけどオレ、好きになったんだよ。突然オレの前に現れ、姉だと名乗る、頭が可笑しいかもしれない女性を……」

 鈴さんが岡田笙の前に現れたのは最初の一回だけではない。

「一回だけなら好きにならなかったと思うよ。だけどね……」

 しかし岡田笙にとって謎の姉の存在は母親はおろか誰にも明かせない。

 何故かと言えば、『もし誰かに話したなら、もう二度と会えない』と鈴さんが岡田笙を脅したからだ。

「酷い話だろ。いつも向こうの都合でやって来る。オレの方から会うことはできない。もちろん子供なりに画策はしたさ。だけど頭の良い姉にすべて見透かされた」

 岡田笙はやがてどうしても自分の気持ちが隠せなくなり、鈴さんに告白したという。

 そのとき岡田笙が鈴さんから言われたのが、

『残念ながらそれはダメ。笙は自分に合った大好きな人を見つけなさい。そしてわたしに自慢しに来なさい』

 というものだ。

 わたしが男友だちと神社や自然公園の中を探検していた頃、岡田笙はそんな儚い人生を歩んでいたのだ。

「律子、ゴメンな。オレの我侭に付き合わせて」

 最後に岡田笙はそう言い、謝ったが、わたしの方が貰い泣きする。

「わかったよ。自信はないが、岡田笙がお姉さんに誇れる恋人になってあげる」

 よもや、自分の口からそんな言葉が飛び出すとは思いもしない。

 けれども義侠心は違うか、惻隠之心そくいんのこころから、わたしが高らかに宣言する。

 だが、それは先の話だ。

 鈴さん自体の問題が解決していない。

 芹沢館長と鈴さんが彫刻展示室を出、日常生活ができる奥の間に向かう。

 岡田笙に手を引かれ、わたしも向かうが、その前に鈴さんについて質問する。

「いつから鈴さんは彫刻なの……」

「オレがここを尋ねたときには一年以上経っていたらしい。祖父によれば、ある日突然だったようだ」


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