第五百六十二話
御伽学園戦闘病
第五百六十二話「樹枝 蒿里」
親は居なかった。というよりも殺された。金が無く島に渡る余裕が無かったので外で暮らしていたが物心つく前に別れる事となった。そこからは本能に近しい行動を繰り返して生きて来た。
当時能力は不明、使おうとしてみても基礎的な事が出来ていないせいか効果を実感出来なかった。ろくな教育を受けていないせいで即座に目に見える能力しか無いと思い込んでいたのだ。
「やぁ」
そんなある日、声をかけられる。当然の如く一人でブラブラと放浪していた時の事だった。
声の方へ視線を向ける。そこには青髪で明らかな強者と分かる風格を放っている少年の姿があった。警戒心が高かった蒿里はすぐに逃げ出そうとするが背を向けられない。殺されると思った。
「良いね、背中を見せて逃亡しない辺り逸材だ」
すると風格が消える。
「僕は佐須魔。付いて来なよ、衣食住を与えるよ」
言葉が全然理解出来ない。元々誰かが話しているのを盗み聞きして少しだけ理解しているぐらいの言語能力だったので難しい言葉を使われてしまうと更に脅威と見なしてしまう。
それを理解した佐須魔は仕方無く手を伸ばす。そして警戒する蒿里のうなじを叩き、無理矢理気絶させた。そして運ぶ、当時の基地へと。
「おはよう、気分はどうだい」
そこは粗末な部屋、だが研究道具のような物がそこらに点在している。そして言語も理解出来る。
「理解出来てるみたいだよ」
「それは良かったです~」
「君には言語能力を与えた。記憶を改変したんだ、簡単に言えばね。理解出来るだろう?僕の言葉が」
「……うん」
不思議そうな顔をしながらも返答はする。
「うん。それでごめんね、拘束してるから」
ベッドには四肢を拘束する道具があり、それで動きを封じられている。何が何だか分からないが抵抗しても意味が無いと理解できるので大人しくしておく事にした。
「…それで、大丈夫なのか」
「そうですね…多分大丈夫だと思いますけどね~……記憶改変にも順応しましたし」
小さな声で二人が話しているが全部聞こえる。今までなら聞こえなかった距離感なのに、何故かハッキリと。
二人の方を見ていると佐須魔が気付いたようで伽耶にその事も指摘する。その瞬間伽耶は非常に難しそうな顔をしながら資料を引っ張り出し、目的のページを探し始める。
「とりあえず異常は無い様だから、外すよ」
拘束道具を外す。
体を起こした。
「一つ聞かなくちゃいけない事がある。君にとっての正義は何だい?……名前は、憶えてないか」
「強い事」
即答。思っていたより安直な答えだったがとても気に入った。
「叉儺!ちょっと来てくれ!」
「何じゃ、妾も忙しいのだが」
そう言いながらも瞬時に駆け付けた。
「器として見るとどう思う?」
「……クソじゃな!話にもならん!」
嘲笑いながら遠慮も無く言い放つ、佐須魔は「それでも問題無い」と付け加え、伽耶に話し、叉儺を解放した。
「よし。それじゃあ始めようか」
「は~い」
伽耶もベッドの前にやって来る。
「今から君には能力を与える、沢山だ」
「…能力で?」
記憶を弄る過程で現在入っているメンバーの能力を最低限教え込んでおいた。だから佐須魔の能力も知っている。
「いいや違う。無理矢理入れる。解説」
「は~い。簡単に言うと能力をあなたの中に押し込みます。本来やってはいけない行為ですね、体が崩壊します。ですが、そこであなたの能力です」
蒿里の能力は既に判明しているし、それを使って言語の習得も行ったのだ。出来るはずだ。
「順応、それがあなたの能力。言語、環境、動作、色々なものに順応出来ます。ただしリラックス出来ていたり、心に余裕があったりしないと使えないので無敵と言う程でも無いですがね。ただ能力を入れたぐらいならば発動出来る、なのであなたを強くするためにも能力を入れます」
「何で…能力じゃないの?」
「僕の能力の事なら理由は簡単さ。この能力には大きな代償があるからね。そして今から君に与える能力を持ってる状態で副作用が起こったら手をつけられなくなる。だから駄目なんだ。理解出来たかい?」
首を横に振る。
「副作用…何?」
言わなくては納得してくれないと判断した佐須魔は言う事にした。TISの中でも三獄と伽耶、そして素戔嗚以外には言っていない。
「戦闘病患者になるのさ、僕の能力を使用すると」
ちゃんとインプットされているので理解する。それと同時にこの能力投与にも賛同する。生き残る為の力は欲しい、何度もそう思っていたから丁度良い。
身を委ねる。
伽耶が錠剤を持って来て、それを呑むよう言われた。水などは無しで呑むらしい。少し抵抗感はあったが力は欲しいので口に放り込んだ。
食道に到達した瞬間、全身に凄まじい激痛が走った。それと同時に体にヒビが入る。いけないと思い能力を発動するとその痛みは引き、順応出来たのだと分かる。
だがショックのせいか気を失った。
「…ここから先は話したくない……とにかく私が言いたいのは私の本当の能力に関してだから…」
「…なぁ蒿里……その話は本当なのか…?」
震えた声で薫が訊ねる。そうなるとは分かっていた。
「本当。だから薫が能力を使った相手も…」
「やめてくれ…向き合う気力も無い…」
「…うん」
「というか結局何で話したんだ?」
紫苑が訊くと蒿里は少し躊躇った様な動作を見せた後、決心して言った。
「……残党狩り、紀太と伽耶を殺す時、私を仮想世界に送って欲しい。順応出来るから」
「馬鹿言うな、お前が行った所で…」
「意味はある。堕天使とか少年とかは急に出てくる事があった。だから仮想世界から干渉出来る事は確実、なら不意打ちが出来る。紀太の能力は"借りる力"、下手したら佐須魔と同じ力を引き出す可能性があるの。だから…」
「分かった分かった。そこまで言えば俺でも分かる。だけど仮想世界に不法滞在とか出来ると思わない方が良いぜ?死ぬぞ、ホントに」
「覚悟は出来てるから…」
「…分かった。話しておく、俺もそろそろ行かなくちゃいけないからな」
妙な発言だ。
「どう言う事?」
「無茶して寿命を増やしてもらってた。だけど大会が終わった以上それも終わり、これで逝くって事だ。色々頼むぞ、紫苑」
「おう、分かった」
「お前らもちゃんとやってくれよ」
ラックはbrilliantと菫を机に置く。使えと言うのだ。
「あー…あと紫苑かルーズで良いからよ、黄泉行ったら桜花に伝えといてくれ。愛してるって」
もう思い残す事は無い。そんな表情をした直後、ラックの背後にゲートに似た通路が形成され、そこから飛び出した双子鬼によって引き込まれていった。
「そんじゃあな、ラックー!」
紫苑は最後の別れとは思えない程フランクに別れの挨拶をする。
「ちゃんとやれよ!」
閉まる直前、遠くから声が響いて来た。
全員考えてはいたので納得は出来る。そもそも死人であるはずのラックが来てくれただけでも御の字、それに二つの剣も託してくれた。
ラックがやって来たのは白い世界。ただし仮想の。そこには錚々たる面子が揃っていた。
仮想のマモリビト、黄泉のマモリビト、現世のマモリビト、ラック・レジェスト、アーリア・エント・セラピック、是羅 厳、そして場違い過ぎる管凪 礁蔽。
「…何でワイがおるねん…」
そんな小言を無視して発言いたのは当然仮想のマモリビト。
「選ぶと良いよ。黄泉か、仮想か」
答えは出せない、それが導き出された結論。
第五百六十二話「樹枝 蒿里」




