第五百五十八話
御伽学園戦闘病
第五百五十八話「装弾」
「……あ」
白が視界に満ちる。
「思ってたより早かったね、お帰り」
「うん、結構頑張ったよ」
「そうだね。でも変形する物体を式神にしたんだね」
「色々考えたんだけどさ…結局固まらなくて。ズルいし代償は大きいけど何でも出来るようにしたんだ。実際式神の力だけをスペラに乗せる事とかも出来るようになったし、オーライだけどね」
「それもそうだね。ただ…分かってるのかい?」
エンマは少し憐れみを含んだ目の流を見る。
だがそんなの理解してやっているのだ。何も後悔はない。
「分かってる。仕方が無いよ」
流の喉元はぽっかりと空いていた。そして霊力も全く感じ取れない。
「幸い京香と霊の皆が滅茶苦茶な強さだったから丸っきり受け持てたんだ。僕も君みたいな逸材を失うのは好ましくない、今後は…いや、もう出来ないか」
「うん。出来ないよ。だってもう霊力無いもん」
発動帯が完全に壊れている。一般人でも多少は生成出来る霊力が、今の流には一切無い。雨竜に変え、攻撃させた代償は大きすぎた。力の消失、身体能力も学園に来た時より少し弱いぐらいにまで下がってしまっている。
「多分黄泉に行くと結構困ると思うんだ。だからアルデンテなら宮殿へ、ホスピタルなら王宮へ、シーカスなら人づてで良いからアルデンテ王国派遣人って言う所に行ってね。多分到着する頃には影が戻ってるだろうから」
「了解。というか黄泉の国で僕は何をすれば良いの?」
「何もしなくて良いよ。そもそも何も出来ないだろ?…まぁ強いていうのならフェリアとかと一緒に事務仕事でも頑張ってって所かな~」
「分かった……じゃあ最後にもう一つ、良いかな?」
流の雰囲気が変わる。別に京香っぽくなった訳でも無く、怒っている様な雰囲気でもない。ただ真剣に、嘘は許さないと言う心情だけが伝わってくる顔で訊ねた。
「何で全力で協力しないんだ」
エンマは含みのある表情を見せ、話を逸らそうとする。だが第三者の介入によって話は続けられる事となった。それは少し遠くでボロボロの佐嘉に応急処置をしているソウルだった。
「そいつがクソ野郎だからに決まってんだろ。お前ら現世の奴らは全員盲信に近いレベルで信用してるが、俺らは能力者戦争時代からこいつがヤバイって知ってんだよ」
「もう少し詳しく教えてくれ」
「簡単だ、そいつは戦闘病患者何だよ。しかも結構重度の」
「…じゃあ少しでも楽しむために手加減してるって事か」
圧をかける。
だがエンマは真っ当な返答を行う。
「いや?僕らマモリビトは三世界のパワーバランスを保つ事が本業だ。ラックや蒿里、紫苑、それだけじゃない君や薫。強い奴が多すぎるんだよ、だからこっちから全力で助けを行えない。僕だって本気で助けてあげたいよ。ねぇ、ソウル?」
「俺に聞くな馬鹿が。嘘つくんじゃねぇよ。だったら何で佐嘉が負けたのに教えた、人術を」
「人術?」
ソウルは何があったかを話した。
「そんでこいつは佐嘉に勝ったのに紫苑に教えやがった。紫苑の記憶に直接介入した、というよりも覚えているってだけの記憶が挿し込まれた感じだからまぁ…練度は終わってるだろうけどな」
「……それは僕らの為になるのか?」
「なるよ、ならなかったらそんな事しないもん。だって僕は君達の仲間だからね、流君」
この男を信用などはしていなかった。だが不信感が募って来る。今にも問いただしたいがそんな事が出来る雰囲気でもない、エンマが話を終わらせようとしているのだ。
「大丈夫、勝つよ。それは違いない」
「そうだ、負けることは無い」
「でも!何で全力を…」
「さて流君、僕には権力と力を行使する権限がある。それでも続けたいかい?流君」
今の流では絶対に勝てない。全ての力を失い、ただの無霊子と同じ雑魚なのだ。何も出来ないのだから何も抵抗出来ない。大人しく終わらせる他無いのだ。
だがそこで話を聞いていた佐嘉が一言零す。
「櫻 流……お前はまだ…貢献したいか…?」
するとエンマが今まで見た事も無いように迅速な対応を取った。
「佐嘉」
名を呼び、抑制しようとする。
だが佐嘉はエンマの顔をチラッと見ただけですぐに流へと視線を戻し、再度訊ねようとする。
「佐嘉」
もう一度。
それでも止めようとしない。それどころか感情が昂っているのか先程よりも大きな声で訊いた。
「お前はまだ、戦いたいか!」
その瞬間、エンマは流に背を向けるようにして佐嘉と向き合う。
「サガ」
顔を見ていたのであろうソウルは驚き、少し青くなっていた。
だが佐嘉は怖気づくことなく跳ね除け、流の方に行こうとする。
「いい加減に…」
そう言いながら触手を伸ばしたが上反射に似たバリアのような物で防がれてしまった。
「門を開けるんだ…地獄の門を…!」
エンマは手荒だが力尽くで止めようとする。
だがそれよりも早く一人の少年が間に入り、拳を受け止める。
「悪いね、もうこっちの話だ」
仮想の少年がやって来た。
「だからやめろって言ったのに…」
小声で悪態をつくがもうエンマではどうしようもない。
地獄の門は単純に世界のバランスが崩れるので仮想世界の住人やペット、下手したら神が直接話を聞きに来る案件なのだ。ただ佐嘉だってそれは分かっているはず。
それでも、どうしても協力したいのだ。今佐須魔を仕留めきれなかったら文字通り世界は終わる。仮想世界はまだしも黄泉の国は無き者と化すはずだ。
「普通に考えて駄目だろ、門は」
少年が佐嘉にいう。
「だが…今ここで佐須魔を殺せなかった場合二つの世界が壊れる!」
「だから何だよ、仮想世界は壊れないなら良いだろ。何度もいうけど現世と黄泉の国の上に仮想世界があるんだ、謂わばここは子世界。同時に二つが壊れるのなら何ら問題は無いんだよ、作り直せば良いだけだ」
「それが駄目だと言っているんだよ…ガキは…」
すると流石に危ないと感じたソウルが背後から口を塞ぎ、そのまま窒息させて気絶させた。そしていそいそと佐嘉を抱え、宮殿へと帰ってしまった。
「エンマもちゃんと止めてよ、僕だって観戦したいんだから」
「はいはい、分かってるよ」
「後流も…ってあれ?いないけど」
既に流の姿は無かった。
「壊すなんて…許されないだろ」
駆ける、アルデンテ王国の港町を。向かう、宮殿へ。誰でもよい、地獄の門を開ける事が出来る者を探し出すのだ。
世界のバランスがどうなったって構わない。どうせ負けたら壊れるのだ。だったら少し無茶でもしてみれば良いだろう、そっちの方があの神にだって見応えと言うのを与えられる。
「お手伝い、しましょうか」
小さな女の子が前に出てくる。
一応見た事がある。
「鳫蛙…」
和ロッドの一人だ。
そしてもう一人いる。
「力になれるかは分からないですが。お付き合い、しましょうか」
「…」
心強い。
「頼む、フラッグ」
フラッグ・フェリエンツ、宮界 鳫蛙、櫻 流。
エンマは出られないので代役として捕まえに行く。
「馬鹿共が…行くぞ、偵察隊」
黒い蝶が何十匹か放たれる。
何としてでも開門は止めなくてはならない。
ひとまずエンマにだけ連絡して走り出した。
『こちらフィッシオ・ラッセル、出る』
第五百五十八話「装弾」




