第五百五十五話
御伽学園戦闘病
第五百五十五話「ケルベロス」
先に紫苑が動き出す。別に攻撃に巻き込まれても何とかなるので基本気にしなくて良いのだ。流も忠告しようとしたがあの勢いで旧神格達の方を見ないのならそう言う事だろうと察した。仮に間違っていたのなら何も考えていない紫苑が悪い。
巨大なケルベロスも紫苑に合わせて動いているので少し視界が悪いが気遣ってくれているようで佐須魔はちゃんと見える位置取りをしている。
ここで流には二つの選択肢が与えられる。霊を扱って後方支援、または紫苑と同時に駆け上がって完全共闘。一長一短だ。
「いや、出よう」
怯んだら負ける。折角流れはこちら側、まだまだ追い込めるチャンスはあるはずだ。
「行くよスペラ!」
流は式神スペラに命令は出さない。そっちの方が柔軟に動けるし、何よりスペラの機嫌が悪くならない。スペラはどうしても降霊術時代の固定観念があるせいで命令で体を動かされると少し嫌な気分になってしまう。そんな理由でパフォーマンスが落ちて敗北にでも繋がったら目も当てられない。それに元々命令なんてしなくてもちゃんと戦えるのだ。
「コン達も!」
四匹も動き出す。
大量の敵が迫って来る光景に佐須魔は頭を悩ませた。このまま普通に戦っても絶対に勝てない、数が多すぎて対処が間に合わないのだ。それに旧神格達が厄介過ぎる、それぞれの特殊な力のせいで神経が擦り減っていく、辛い。
だがそこは佐須魔、何とか出来る手段自体はあるのだ。それは八朔の力を確定させる事。今の所単純な強化と霊達の霊力だけを取り上げる力、これだけでは物足りない。
ただこれ以上特別な力を得るとそれ以上の成長は正直見込めない。なので確定させる事になるのだが、そうでもしないと勝つことは出来ない。
何故なら今いる二人を殺しても後方にいる蒿里、手負いのラック、明らかに何かある兵助を殺さなくてはいけないから。余剰分で倒し切れる相手ではない、連戦が必須、それも踏まえて成長を終える。
「ちゃんと動けよ!佐須魔!」
紫苑が殴り掛かる。だが佐須魔はノールックで受け流した。
何処を見ているか、流だ。旧神格達でもないし、式神スペラでもない。流本体だ。今一番警戒すべきなのは間違いなく紫苑である。どんな攻撃を持って来ているかも分からないし、下手したら佐伯の能力を奪っている可能性さえあるからだ。
だが眼中に無い。理由は単純、どうでも良いからだ。佐須魔は知っている、作戦を立て理性的に戦う相手が一番嫌う敵の特徴を。何も考えずただ勘で戦闘をする奴だ。
「紫苑!!」
ラックが叫ぶ。理解すると同時に吹っ飛ばされた。
まるで興味が無さそうにしていた佐須魔が急に紫苑をターゲットに変えぶん殴って来たのだ。しかも最高速度、意識していないと捉えられない速度で。
だがそれに呼応するようにしてケルベロスがタックルをかます。今までと同じならば絶対に避けられる、周囲の皆はそう思っていた。現にスペラと魚神は協力して追撃の体勢を整えていたぐらいだ。
ただ現実は違いタックルが成功して佐須魔は狼狽えていた。明らかに速度が上がっている、要因は何か、観察を始めた瞬間誰もが気付いた。
「…なんか食ってるよな…あいつ…」
ラックが口元を指差す。確かにケルベロスの右の顔の奴が何か食っている。手を使えないせいかポロポロと零しているのでスペラが迅速に回収し、流の元に持って来た。
軽く見てみたが何かの焼き菓子の様に見える。
「…?」
軽く匂いなども嗅いだが害があるとは思えないので食べてみた。すると甘めのクッキーだと分かる。
「これクッキーだ…」
すると紫苑が戻ってくると同時に叫ぶ。
「勝手に食ってんじゃねぇよ!」
ケルベロスに軽く説教しているようだ。それと同時に中央、左の顔は右の顔を叱責するような動作を見せる。だがそれは嫉妬、当てつけに近い感情だとは理解出来る。
妙に雰囲気が緩い。佐須魔も呆れたのか一瞬だが動きを止めている。だが食っている今がチャンスだと気付いた瞬間打を使って攻撃を仕掛ける。
「やっぱり所詮は犬畜生か」
油断している右顔から仕留める事にした。
跳び上がり振り下ろすその瞬間の事、ガーベラが右顔の口から飛び出す佐須魔に触れる。平衡感覚が崩れながらも乱雑に攻撃を繰り出す。
「それ程までに雑な攻撃なら壊せるさ」
コンが刃で雷を切り裂く。結果としてノーダメージ。
「紫苑君!なんか凄い速度上がってたけど何したの!?」
「こいつ甘い物滅茶苦茶好きなんだよ、ラックぐらい。だから甘い物エサにして戦わせてんだよ、そうでもしないと戦わねぇ。傲慢な犬っころだからな……あっ、お前も食えよ」
紫苑は小さな包みに入ったクッキーをラックに投げた。
「馬鹿にすんな、俺はこんなの無くても…」
「ロッド達が焼いてたぜ?」
大体何を言いたいのか分かった。回復には時間がかかるので溜息をつきながらも食べておくことにした。
「まだあるからな!ちゃんと戦えよ!」
ケルベロスのやる気が上がったように見える。
それともう一つ聞いておきたい事がある。
「右顔の口からガーベラ出て来たけど…あれは?」
「普通に入ってただけだ、だからキレたんだよ。折角の不意打ちがこんなクソみたいな対処に消費されたからな。二度は通用しないだろ?」
「あー…そうだね…」
そんなのキレるだろう。
「けど分かっただろ?通用するぜ、こいつは。行くぞ!ガーベラ!」
少しでもデバフがかかっている間に攻撃を行う。
もう隠しても仕方が無いのでクッキーを一枚佐須魔の元にぶん投げる。すると先程言っていた通りケルベロスが動き出した。しかも物凄い勢いで。
「起点にして行くぞ流!」
「うん!!」
二人が続く様にして突っ込む。
三頭がそれぞれクッキーを奪い合うような動作を見せながらもちゃんと攻撃はする意思を見せつけ、佐須魔に仕掛けたタイミングの事だった。
「去ね」
打を投げる。ケルベロスは上手くかわすがどうしても巨体故次の行動が遅れてしまう。そうなるだろうと分かっていた佐須魔はすぐに手に取りながら突っ込んでいく。
「借りる」
手には一見透明の刀、流はすぐに分かる。
「神武だ!」
來花の武器、神武、そこにあり。
第五百五十五話「ケルベロス」




