第五百四十話
御伽学園戦闘病
第五百四十話「敗者の再臨」
ニアが先に動いて一瞬で勝負を終わらせえるつもりだった。それなのにロッドは完全に反応し回避行動どころか反撃をする意思を目力で伝えて来る。
奉霊四匹もいるのでロッド攻撃は洒落にならない、恐らく一回でも全部くらったら死ぬ。だが逆に言えばニアもそれと同様の力を持っているのだ。
「行きましょう」
丁が先行する。だが四匹の奉霊がまるで壁の様に立ち塞がり距離を詰められない。ただし突破口はある、咄嗟の思い付きでしかないし、こんな所じゃないと通用しないやり方だろう。
だが行ける。
現在丁はニアと一時的な契約を交わしている状態、妖術が使用可能だ。そして丁がいてくれる事とアリスの発動帯のおかげで術式も実用的な物はほとんど使える。
それならばこうするべきだろう。
「私が、先にです」
丁よりも先にニアが四匹を崩しに突っ込んでいく。
「待て!姫が死ぬと我も!」
「問題無いですよ。だって、こうするつもりですから」
『肆式-弐条.両盡耿』
当然ろくに通用しない事は知っている。目的は煙幕代わり。
「危ないだろう!」
丁が近付いた事によって反射で何とか防げたが結構危なかった。だがニアと丁だけで勝つにはそれぐらいのリスクを取りつつ場を制していくしかないのは理解しているので軽く怒っただけでそれ以上は追及しない。
それよりも折角両盡耿が発動状態なので上手く移動したり、やみくもでも攻撃を見せる事で日和らせて有利になりたい。ちゃんとした一撃を本体に叩き込むにはそれ相応の単独行動の時間が必要なのだ、人神とニア両方に。
「我が時間を作る。姫はその間に!!」
「分かりました!!」
戦闘が始まってから約四十秒、だが終わりは近付いていた。
丁はニアのすぐ傍を離れる。そして光の中を一直線で進み、奉霊四匹の元に飛び込む。両盡耿中と言うのもあって防ぐ事が出来ず、入り込めた。
それだけではなくニアが放った遠天によって白煙の翼に小さな穴を空けることまで出来た。ここまでくれば丁のもの。小さな体を巧みに操り、避ける、避ける、ひたすらに反撃を避ける。
そして四匹が手間取っている内にニアは最大限霊力放出を無くし、光を切り開く。
見えた。
音を殺し、ある一定の距離まで近付いた。そして真正面から殴り掛かり、今出せる全力を、その拳に籠めて。
「残念ねニア、それじゃ私は殺せない」
だが両盡耿をくらっていようが分かる、そんな単純な攻撃。
ただしニアも分かっている、こうなる事ぐらい。なので手は打ってあった、しかも最初の最初、この大会が始まる前に。エスケープチームは全員人神への対抗策を編み出していた、戦うと予想していたから。その中でもニアは特段緻密に作り上げたのだ、まるで馬鹿のようだが、非常に有効な手を。
「知ってます。だからこれは、普通の殴りなんかじゃない」
そう言われ確認する。拳に纏っている霊力を。人神程の霊を殴るのだから霊力を普段より多く流すのは当たり前の事、なので疑問にも思っていなかったがよくよく見てみるとおかしい点が一つだけ存在している。
流している霊力だ。本来ただの体内に流れている霊力のはずだが、違う。明らかにニアの霊力ではないものが過半数を占めている。そしてその霊力に覚えもある。
「アリス…」
溜め込んでおいた、呑み込んでから一瞬だけ体内に溢れたアリスの霊力を。この一撃分以外は全部使用してしまったが、ここにあるものは紛れも無くアリスの霊力。そこに少しニアの物を混ぜる事によって適応させた、無理矢理。
アリスの霊力だから何だ、という訳にはいかない。アリスの濃度は高い。本来無能力者でありながらも術を使う風に進化していった故普通の能力者なんかよりも総量は多くなった。
だがどうしても発動帯がそれを受け入れず、結果として全体に流れる"量"自体は少ない。だがそれとは反対に濃度が高く、霊力100が必要な術もたった25程度で出来てしまうのだ。
「おおよそ、130!」
約四倍、520以上もの霊力指数分が今ニアの拳には溜まっている。
「これで!終わりです!!」
突き出した拳は周囲の光を跳ね除け、まるで何事も無かったかのように貫通した。音も無く、血を出す事も無く。
ただただ人神の体の半分を貫き、終わらせた。
「…我の賭けが成功した、ようだな」
奉霊は皆動きを止める。これはどう足掻いても人神の負けだ。何も出来ず無傷で、ニアの勝利だ。そう思っていた時だった、ニアの腹部に風穴が空く。
「私だって…神格だし…プライド持ってる能力者……一撃も入れられずに死ぬなんてね…出来ないのよ…」
生気の無い顔でそう言い残す。どうやって貫いたか、答えは簡単、衝刃だ。衝刃を何重にも重ね、一気に押し出した。結果としてガタガタの円の様な穴が出来たのだ。
「…」
ニアは言葉も出せずにうずくまる。今までで一番の痛みだ。しかも兵助は治せない、回復のしようがない。薫も時子も無理だろう、これほどまでの傷は。
そうなれば待っているのは一つ、死だ。
「……ごめんなさいね……黄泉で沢山…話しましょう……」
人神はその場に倒れた。だがまだ還らない、意地でも還ってなんかやるものか。奉霊も理解していた、何をしたいのか。
殺して欲しいのだ、霊としてのロッドを。だが殺すには喰うか術か何かでトドメを刺す必要がある。四匹にはそんな事出来ないし、丁はニアが唱えてくれないと術を出せない。肝心のニアはうずくまって苦しそうにするだけ。もう無理だろう。
なら誰が介錯するのか、この二人を。
悩みに悩んだ結果、安直な攻撃で終わらせようと結論が出て、実行しようとする瞬間の事だった。
「ニア……いや、よくやった。後は任せろ、俺に」
抱きかかえ、言葉をかける男が現れた。
「にいさ…ん……」
それだけ言い残し、ゆっくりと目を閉じる。
「後は俺がやるよ、奉霊。お前らじゃ色々苦しいだろ」
最善策だろう。
この男に任せるならば誰も文句は言えない。このルーズ・フェリエンツに任せるのならば。
今大会が始まってから初めて理事長が言葉を口にした。目を少し大きめに開き、感動の念を誰も感じ取れるような、仏頂面で。
「…勝てる」
第五百四十話「敗者の再臨」




