第五百三十九話
御伽学園戦闘病
第五百三十九話「隆々と」
『ゲートを!』
薫に『阿吽』でそう伝える。直後人神とニアの足元にゲートが生成され、両者半強制的に連れて行かれる。
先は紫苑の時と同じ様に結界内、効果も同じ。ただ違う点が一つある、近い。佐須魔達と近い。それもそのはず、一般的な霊は主とそこまで距離を取れない、故に近いのだ。
何らかの術の効果などを貰う可能性もあるがそれはもう仕方が無い。それよりも人神を放置する方が大問題だ。それにニアは半バレてもラックの技術の動作には問題が無い。
「私相手に奉霊の力は使えないわ、どうするつもり」
「何とかします」
「無理だと思うわよ。術式は全部私が作り出した物、マスターしているからこそ弱点も知っている。それにフィジカルだけなら、私だってそれなりに張り合える」
デタラメか真実か、人神としての初代ロッドならば有り得なくもないが正直信憑性に欠ける。かと言ってこのまま突っ込んでも術式で跳ね返されそうだ。下手したら宿っている奉霊が攻撃をさせてくれないかもしれない。
だが放出した所で更に悪化するだけ。常に爆弾を抱えながら戦闘をしなくてはいけないようだ。
「手放したいというのが率直な感想です。ただ私自らが選んだ道、こうなる事も軽く想定していましたから。お願いします」
ニアが取ったのは奇抜とも言えない愚策だった。
出て来る、奉霊達。人神は攻撃を開始しようとしていたがそうもいかない。私情ではあるがあくまで全員夫、そう簡単に手は出せない。
「どういうつもり」
「どうもこうも無いですよ。力を貸してもらうんです、私一人じゃ絶対に倒せないですから」
白煙、砂餠鮫、丁、蛇鋼、稟の計五匹。全員困惑している、ずっと聞いていたからだ。どうして呼び出されたか分からない。
「あなた方の自由です。どちらに協力しますか?」
あくまで自由、ニアか初代か、選べと言うのだ。
「姫、一つお聞きしたい」
蛇鋼が訊ねる。
「私達奉霊がこのハールズソンラー・ロッドという能力者とかつて契約を交わした霊だと言う事を、知っての発言でしょうか?」
「勿論です。なので私は否定しません。あなた方が全員人神に付くとしてもそれは当然の行為、あくまで決めておきたいだけです。面倒な揉め事はしたくないので」
「左様ですか。もう一つ、よろしいですか」
「えぇ」
「私が貴女の元から居なくなった場合、人術がろくに使えなくなると言う事を、お分かりで?」
「えぇ、勿論」
少なくとも嘘とは感じられない。
蛇鋼は少し目を閉じ、考え、結論を出した。
「私は行かせてもらいます。やはり、敵になるなど出来ません」
蛇鋼は人神に付く。
「悪いが我もだ」
白煙も同時に寄って行く。
「申し訳ない。僕もロッド側です」
稟も。
「俺も…動けるレベルまで回復していないから関係無いだろうが……妻側だ…悪いな、姫」
砂餠鮫はゆっくりとニアと向き合う様にするだけ。体がボロボロ過ぎてまともに動けないのだ。
「いえ、何も謝る事はありません」
ほぼ全員がロッドに付く。丁も恐らくロッドの仲間になるだろう。だがニアはそれで良いとさえ感じていた。そもそも奉霊はそういう集まり、けじめを付けたかっただけなのだから。
「この丁、黑焦狐と團とは仲良くしていた。そして当然、松葉 菊とも。そして、ラック・ツルユとも。そこで話したのだ、かつて」
他愛も無い話だった。たった一度会話のチャンスがあって、面白い男だと感じたから適当に話していただけだった。だがそこで当時丁が気になっていた事、人神の処遇に関してポロっと話してみたのだ。
そこで出した結論。何と詳しく話したかも憶えていない程に衝撃的な答えだった。
「我は思う、妻である君を幸福にする事こそが我の使命ではないかと。そして君は人神である以上、幸福ではいられない、本質的に争いを好まない心優しい女性だからだ。
ならば解放する事こそが我の役目。ならば幸福にする事こそが我の役目」
堂々とニアの前に立つ、視線は依然変わらず、人神の方へ。
「故にここで霊としての生涯を終わらせる。それがこの奉霊が一人、丁の役目だ」
「……良いの…ですか?」
「良い、そうでなければ我は貴女に背を向ける」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
たった一匹、それでも心強い。四匹はニアを離れた、だが一匹は残った。
覚悟を決め、動き出そうと思っていたその時の事であった。
「良いね、ニア。だけどそれだけじゃ、足りないだろ」
エンマが降り立つ。
「あんた!」
人神の言葉を遮り、ニアにある物を手渡す。
「彼女からの伝言、どうかやり遂げて、だそうだよ。それじゃあね」
嫌な笑みを浮かべたその顔には沢山の血が付着していたが言及する気にもなれなかった。何故なら渡された物の正体に気付いてしまったから。
喉元の肉、そう発動帯。
「…」
正直少し嫌だったが折角の善意、当の本人は多分ニコニコ笑顔で引き千切って渡す様催促したのだろう。そう思うともう呑むしかない。
目を瞑りながら口内へと放り込み、そのまま呑み込んだ。味もしなかったし、ほとんど感触も無かった。ただただ呑み込んだと言う事実と、明らかに増幅した霊力だけが感じ取れる。
「さぁ、行きます」
本体へ先に一撃入れた方が勝つ。それほどまでに拮抗している怪物同士の戦闘、奉霊も皆それを理解しながら前に出る。自身守るべき対象に指一本触れさせぬよう用心しながら。
それでも対処出来ない行動は幾つもあるだろう。だが問題は無い、何故なら互いに今の主を信頼している。どうにかしてくれるだろう、と。
ただしそんな別れつつある気持ちの中で皆が共通している思考があった。
超短期戦で終わらせる。
第五百三十九話「隆々と」




