第五百三十六話
御伽学園戦闘病
第五百三十六話「大和田 佐伯」
勝ちを確信した。地面にめり込んでいる、内臓は全部潰れただろうし、下手したら発動帯も全壊しているだろう。そうなれば黄泉に送られるどころかそこで消滅だ。
自分自身に影響は無いように能力を使ったので佐伯自身は全くの無傷。万が一死んでいなくとも絶対的な有利状況、これなら勝てる。そんな風に内心大はしゃぎだった。
「悪い、全然死なない」
立ち上がる。能力を解いた瞬間だった。まるで何事も無かったかのように立ち上がった。傷はある、押しつぶされていた形跡もある。それなのに目の前にいる紫苑が理解できない。こいつは生物じゃない。
「俺は確かにアンスロだ、作られた人間だ。だけどな、構造自体は普通の人間と何ら遜色無いんだわ、強いて言うならマモリビトの力への適正だな。だけど今の状況では何の関係もない」
「なら何で!」
「今俺の中には結構な人数が入っている。厳、アーリア、レジェストの方のラックがそれぞれ七割近く。叉儺が丸々。三人とちょっとぐらいだ。
魂を取り込むには本人の器に適応しなくちゃいけないのはまぁそれなりに昔から知られてる事だ。俺にはその才能があった、そんだけの話だ」
「意味が分からない…それだけで何故…」
「重要なのはアーリアの七割だ。身体強化、俺に入ってから俺の分はリセットされたから大体十年分ぐらいしか無いけど、まぁそれでも滅茶苦茶にストックがある。この十数秒身体強化で乗り切る事も出来るぐらいには凄い量が」
アーリアの能力は特殊身体強化、使わなかった分だけ力が溜まって行き任意のタイミングで放出出来る。
「正直俺は身体能力クッソ高いからな、こういう所でガンガン使って行こうと思っててな。三年分使った」
それほどまで一気に使えば耐えられたのもそれなりに納得出来る。だがそれは紫苑本人が異常なまでの身体能力を持っている前提の話、やはり黄泉の国で相当強くなっていると分かる。それだけではなくいつの間にか叉儺を取り込んでいる。
ほんの少しだが関りがあったので何とも言えない気持ちだ。何故なら災厄がいなくとも叉儺は喰われる様な奴ではない、と言う事は自分から行ったのだろう。納得できない。
「どうして叉儺がお前に…」
「あー結構そこら辺頭回るんだな。まぁ俺は記憶見たから分かるけどよ、これで良かったと思うぜ?」
「そんな話…」
「TISに合ってなかった。それだけの話だ。叉儺はどっちかって言うと学園側の精神してた、もう良いだろ、これだけの話だからよ」
「…分かった。だけど勝ちを確信するにはまだ早いぞ、僕だってまだ隠し玉が…」
「あー悪い、雑談時間稼ぎだから。お前の負けだ、佐伯」
次の瞬間、真正面にガーベラが飛び出す。だがそれぐらいならば避けられる。全力で回避した佐伯だったが、間違いだった。ガーベラは誘導のために出て来ただけだと気付くべきだった。
ズレた視界の少し先、そこにいたのは一匹の魚。鋭い顎を突き付けながら、狙うは首元ただ一点。発動帯を壊す、破壊し、殺す。ただその意思だけを力に変えて放たれた。
「まぁまだやり直せるレベルではあるからな、魂は許してやるよ」
貫かれた瞬間、発動帯が壊された。魂はある、だが息が出来ない。苦しいともがこうにも体が動かない、受け付けない。
この時点で負けは確定したのだが、何か爪痕を残したい。このままろくに役に立てず死ぬなんてまっぴらごめんだ。考える、奪われつつある思考を巡らせて。
「いらねぇよ…そんな…情け…」
残っている時間全てを使い、落ちていた鋭い枝を使って自身の喉を貫いた。許された魂さえを破壊するようにして。
「は?何してんだ!」
「いらねぇ…って…言ってるんだよ……」
次第に息絶え、死亡した。勿論、魂ごと。
《チーム〈突然変異体〉[大和田 佐伯] 死亡 > 空十字 紫苑》
目を覚ます。そこは白い世界。立っているのはエンマただ一人。
「やぁ、最後に少しだけ話そうじゃないか、佐伯」
「話す事なんて無いと思いますけどね」
呆れたようにその場に座り込む。
「あるさ。僕は一応君に目を付けていたんだけどね、想定より捻くれてたみたいで思い通りには動いてくれなかった。でも不満がある訳じゃないんだ、何故その様にしたか、それだけ聞かせてくれれば充分だよ」
「言っただろ、逆張りしたいだけ何ですよ」
「えぇ?ホントにそれだけ~?」
「ホントです。僕はただ人と違った行動をしてみたかっただけ、それ以上でもそれ以下でも無いですよ。結果としてあまり良い方向には行きませんでしたけどね」
「そっか~、でも順張りしてる所もあったと思うけどな~結構。君はただ自分が出来ない事とか、嫌な事実から目を背ける為だけにその言葉使ってない?」
刺さる。
「そうですね、確かにそうです。ですが違います。僕は順張りなんてしていない。ただそれが普通の人と違う、僕がそう思っただけですから」
「…君は自分自身で魂を破壊した。これには何の意味があるんだい?」
「爪痕でも残してやろうと思ったんです、突然変異体の皆を騙したのは確かに悪い事ですから。でも学園側に有利になる痕を残しても意味は無いと判断した。なので紫苑の心に少しでも負荷がかかるようにと、やりました」
「良く分かってるね。多分その思惑自体は成功するよ、まぁ結果としてどう繋がるかは分からないけど」
「それで良いですよ。僕は別に誰かの味方と言うわけでも無いので、ただ面白かったので満足です。もう少しやれたとは思いますがね」
「まぁこの世に輪廻転生は無いから残念だけど、少しの間でも反省すると良いよ。それじゃあ、またいつか会おう」
「願い下げですよ、こちらとしては」
エンマは佐伯の両頬を掴み、目を合わせながら戦闘病の笑み浮かべ、最期の一言を告げた。
「好きだよ、そういうのは」
直後、佐伯の姿は無くなった。代わるように一人の男がやって来る。
「あんな奴好きだったか?」
「好きだよ、ああいう捻くれ者はね。だから僕はアイトの仲間になったのさ、君は違うのかい?佐嘉」
「俺はそう言うのが嫌いだからお前と正反対に生きたんだよ。今の君らと同じさ」
「そうだね。今となっちゃ佐嘉が正解だったと思える、でも当時はそう思えなかった。だから僕はTISが嫌いだし、学園が好きなんだ。過去の自分を見てるようで嫌になってくるからね。
……ほら、変わってないだろう?僕だって捻くれてるんだよ、だからさ、好きなんだ」
「戦闘病抑えるぐらいしなよ、俺だってやってるんだから」
「嫌だね、それが無くなったら僕はエンマじゃなくなちゃうからね。というか何で来たの?」
「あーそうだった。教えとかなくちゃなと思って、だって彼、使った事ないだろ?人術」
「…教えるの?」
「勿論」
「何処まで?」
「螺舌鳥悶まで」
「そっか。僕が許すとでも?あくまで門番、僕が支配すべき子だ。もう継承するつもりはないが後世がどうなるか分からないから、これ以上強くさせるつもりはない」
「じゃあ決めようよ、ここならすぐ治せるだろ?」
「良いよ。ルールは」
「自由にやろう、覚醒だけは無しで」
「了解。行くよ」
伸びる三十七本の触手。
空十字 紫苑への人術指導を賭けて、今。
『人術・白雀』
第五百三十六話「大和田 佐伯」




