第五百三十五話
御伽学園戦闘病
第五百三十五話「横着」
「まぁでもここじゃ邪魔だからな、行くぞ」
佐伯と紫苑の目の前にゲートが生成された。恐らく薫の物だ。
「行くなよ、佐伯」
佐須魔は罠の可能性とそもそも紫苑には勝てる確率が低いと言う客観的な意見を合わせてそう言った。だが佐伯は足を踏み出す。問いただそうとしたその瞬間、佐伯は少し戦闘病に似つつも非なる笑みを浮かべながら口を開く。
「僕がここにいる理由は様々だ。でもそのどれもがある要素から溢れ出してきた物である事は誰も否定しないだろ、なぁ佐須魔。"逆張り"、この一個だ」
両者同時にゲートに入ると同時に閉じる。
先は島の一角。だが既に結界が用意されている。
「脱出不可、不可視、不干渉、これだけだ。まぁ謂わば、タイマン場だ」
次の瞬間には走り出していた。他の怪物に比べればまだマシだ、見える。だが滅茶苦茶に速い、少なくとも大して鍛えてこなかった佐伯が対処出来るレベルではない。
「遅すぎるぜ、全部」
顎に直でアッパーが決まる。それに続く様にしてガーベラが頭上から飛び降り地面に叩きつける。すぐに立ち上がろうとしたが体がふらつく。
「まぁ弱くはなったが、残ってんだ」
確かにリアトリスのよりは弱くなってしまった。だが平衡感覚をバグらせる力は残っている、それはあくまでバックラーとしての力だからだ。
「おっ!」
追撃にダツが突っ込む。やはり凄まじい速度だ。
一瞬にして佐伯の右目を貫いた。叉儺が動かしているからか微塵も容赦がない、喰われたのでもう治らないだろう。それに加えて人間の肉体を喰ったので短期間ではあるが力が増す。捧げるのと同じ様なものだ。
「逆張りは良いけどよ、程度ってもんがあんだろ~」
勝ちを確信した紫苑は気持ちよくなるために説教でもしてやろうと思った。だが血だらけの佐伯は感覚を崩された状態にも関わらず意地だけで立ち上がり、前を向く。
くらくらするし、今すぐに横になりたい。だが、今ここで諦めたら示しがつかない。
「引けないんだよ…こっちは…」
「…まぁそうだろうな。透だろ、あいつのせいだ。確かにそうだな。でも原因を作ったのはお前だ、絶対にお前だ。言っとくけどな、そうやって都合悪い所から目逸らす癖して言い訳に使うのやめろよ。そんなんだとろくに友達もいねぇだろ、お前」
「友人ぐらい!…い…」
少し言葉を詰まらせたが言い直した。
「そんなもの僕にはいらない。力だけを求めているんだ」
「まーそうだよな、突然変異体の奴らだけだとな。でも唯一生き残ってるエリはまぁお前に敵対的だろうし、死んだ奴らが許してくれるかも分からないぜ?だってお前、流しただろ、情報。
砕胡も魂だけ移動させて見てたけどよ、お前も潜入というか知ってる情報全部横流ししてたよな。俺知ってるぞ」
「当たり前だろ、スパイってのはそういうもんだ」
「なーんか気に入らねぇんだよなぁ…こう…根っから腐ってる感じ」
「腐ってなかったら裏切りなんてしないだろう」
「そうか?俺が体験した裏切りは素戔嗚と蒿里だったけどよ、どっちもお前とはかけ離れてると思うぞ。少なくとも同一視されていい気分はしねぇ」
「敵に情が移ってるお前は…」
「もう良い、話にならねぇ」
直後、佐伯の腹部を紫苑の腕が貫いていた。明らかに先程よりも怒りが増幅している。だがそれは佐伯の思う壺。普通に戦っても勝てるわけが無いので姑息な手段を用いて潰すのだ。
こうして少しでも感情を昂らせる。覚醒や戦闘病とは行かずとも少しずつ冷静さが無くなって行けば"ある技術"で致命傷を叩き込めるはずだ。
「悪いが何考えてるか俺には結構分かるんだ。潰せ」
ダツが突っ込む。今度は左眼を狙ってる。一回目の攻撃よりも速度が増しており絶対に避けられないはずだった。これで勝負は決まるだろうと思っていた矢先の事、掴んだ、佐伯が右手だけでダツを捕まえた。
「は!?」
紫苑でも相当難しい事だろう。それをいとも当然かのようにしてやり遂げた。しかも、何より凄いのが驚いていないし、すぐに次の行動に繋げている所だ。
「お返しだ」
普通に動くよりも著しくスピードは落ちる。だがそれでもそれなりに速いし、急な反撃としては最高レベルのものである。
「ガーベラ!」
言われずとも防御する。佐伯と同じ様に手で掴み取った。
「よし!行くぞ!」
すぐに体勢を立て直し一人と二匹で突撃する。物凄い連携なのは分かるがどうやっているのか全く分からない、まるで惑わせるための動き。トリッキーに動き回り、着実に距離を詰めて来る。
それが何故だか恐怖に変わり、鼓動を早める。佐伯に対抗する術は一つしかないのに、今この状況だと使ってもそこまで意味は無い。どうすれば良いか、必死に考えた。
結果として思い出す、ある能力の存在を。佐須魔に能力を貰う事は出来なかったが、他の奴から貰っていた。いつぞやの本拠地襲撃の一番最初の時、薫に協力を頼まれ貰った能力、広域化。
結界内だけで良い、それなら不慣れでも簡単に出来るはずだ。
「広域化…」
ちゃんと出来た。
その時点で紫苑は何をしたいのか理解したが、対処方法が無い。どうせ変わらないと思ってタイマン場を作ったが間違いだったようだ。範囲が狭いと、その分練度が必要ないのだ。
かける、何重にもして。
「戻ってろお前ら!」
少しでも被害を少なくするために霊二匹は戻る。だがほとんど意味は無いだろう、即行で叩き潰す事が出来るのだから。文字通り、ぺちゃんこに。
「死ね」
六回も重ねた、広域化に広域化を。
それは実質的に複数人が能力を使うのと同じ事、それに加えて元々威力が高めの重力増加。どうなるかなんて、分かっている。
その瞬間、空十字 紫苑の姿が消えた。いや違う、地面にめり込んだ。
第五百三十五話「横着」




