第五百二十九話
御伽学園戦闘病
第五百二十九話「黒雲」
アイト・テレスタシアの姿になったラックはbrilliantを握り、災厄の方を見る。その眼はいつぞやの戦争の時と同じ優しくも明確な殺意を持った嫌なものだった。
だが災厄はその程度では全く怯まないし、むしろ高揚する。先代を殺したこいつと今戦えているのだと実感出来たからだ。ただし冷静にもなってしまう。
確かに先代は少し馬鹿な所があった。だが実力はあったし、並みのニンゲンに負ける様な大馬鹿では無かったのだ。それを殺したこいつの実力、しかも結構な時間が経っているので未知数も同然。ちまちまと手探りで進めていくしかない。
「まぁそんな猶予を与えられてると思ってる時点で、格が違うよな」
背後に回って来る。すぐに振り返り、反撃をしようとしたのだが視界に飛び込んで来たのは剣や拳ではなく、謎の触手だった。予想外かつ速度があったので避けられず左腕を掴まれる。
一瞬の緩みが隙を生む。もう一本同じ様な触手が現れ、右手を拘束する。その力や凄まじく、抵抗するのが精一杯で振りほどくのは無理そうだ。
「光輝にそこまで渡せなかった理由だ、これが。俺にも貸すつもりだったからな、リソース割くしか無かったんだよな。どうだ、気分は」
エンマの能力、その一端である触手を使った。ラックは普通に能力に関しても天才側なのでいとも容易く使いこなしてしまう。そして動けない災厄に思い切り剣を振りかざした。
次の瞬間には左腕が吹っ飛んだ。一度変形すれば済む話なのだがそんなのラックだって理解している。なのでさせない。変形にもそれなりに条件があるはずなのだ。そうでなければ仮想のマモリビトでさえ殺せてしまう性能に化けるから。
最初からそう思いながら戦っていれば案外見つかる。
「そこだろ」
『妖術・遠天』
貫いたのは右足の付け根。
「何で分かるんだよ!」
普通ならばニンゲンを模倣する場合そういう重要なものは脳、発動帯、心臓がある位置になるはずだ。それを逆手に取って足の付け根、絶対に分からない位置に弱点を付けた。それなのにラックは見抜いて来た。
「簡単だ。お前は霊力で体を動かしている、俺らニンゲンと大して変わらない。それだったら分かるだろ、発動帯だって同じだ。変形した瞬間明らかに霊力が多くなった部位、そこを特定しただけだ」
「ウザいな、もう」
「そんな事言うなよ、悲しいじゃないか」
全くそんな事を思ってい無さそうな表情だ。もうこの時点で明確な差があるのだが災厄はそれを認めたくないのか、ムキになって触手を剥がそうとする。
だが全く取れない。変形も回復するまで使えない。そうなると今災厄に出来る事は無に等しい。どうすればこの状況を打開出来るか、そんな事を考えている時だった。
「だから言ってんだろ、余裕は与えなぇよ」
『伍式-壱条.黒雲』
一瞬にして上空が雲に包まれる。夜なので見えにくい筈なのだが、その雲は全てが非常に黒い。しかも霊力を帯びている様に見える。何かが起こると思ったのも束の間、災厄に雷が直撃する。
何の前触れも無かったし、音もしなかった。ただ雷は落ちたし、災厄は一瞬意識を失った。それは本物の雷ではなく、霊力で出来た偽物なのだと理解する。
「こんな偽物で!」
「一桁、一桁式の術式はそれぞれ理由がある。単純に強い物、日常生活で有用な物、後世にも忘れてほしくない物、他には、一部の強敵に滅茶苦茶効く物」
わざわざ言った理由、そんなの強調するために決まっている。何か特殊な術だったのだと思い体の異変を探すが何も変化はない。電気も抜けたし、地面などに流れ続けている感じもしない。ただ雷を落とす術でしかないように思える。
「何が…」
「あー悪い、最後に特効がある物って言ったけど、順番に意味は無い」
再度落ちる雷。
「黒雲に関しては一番最初、ただ威力があるだけの術だ。驕り高ぶるその様、見てて面白いぜ、馬鹿野郎」
完全に手の平の上で踊らされている。このままでは屈辱的な死を受け、終わってしまう。それは絶対に嫌だ。そんな気持ちをエネルギーに変えて思い切り触手を千切ろうとする。
だが片腕が無い状態だと大した力も出ないのでろくに抵抗出来ない。しかもそろそろ疲れて来た。ニンゲンの状態は非常にコスパが悪いのだ。
「このまま死ぬか、思ってたより雑魚だな」
「黙れよ!」
「どっちが格上かってのは、まぁもう証明されたよな」
半笑いで言い放つ。
その一言で災厄の中の何かが切れた。
まるでニンゲンとは思えない絶叫を上げながら今まで一番の力を使って触手を千切った。
「僕が最強なんだああああ!!!!」
この世の者とは思えない酷い声を出し、そのままラックに飛び掛かる。だが冷静さを欠いた格下など敵ではない。適当にかわし、それどころか反撃をぶち込んで吹っ飛ばしてやった。
だがそれが良くなかった。非常に、良くなかった。
立ち上がった災厄の右眼には灯っているのが見えた。よく考えれば当たり前だ。良いとこ取りをしている奴が持っていない訳がない。しかも大分強欲なようだ。
紫の炎が、そこにはあった。
「安売りされてんなぁ、ホント。忘れてんじゃねぇだろうな、俺のだぞ、菫眼」
当然覚醒。菫眼と菫眼。
「殺す!ラック・ツルユ!!」
「おう、やってみろ」
勝敗は誰の目から見ても明らかであった。
第五百二十九話「黒雲」




