第五百二十六話
御伽学園戦闘病
第五百二十六話「弱者」
両者の眼に灯るのは赤ではない、碧い炎だ。
「碧眼、いつの間に使えるようになったんだ」
「最近、ホント、最近」
高揚しているはずにも関わらず冷静に見える。これでも抑制は訓練して来たので出来る技だ。
「行くぞ」
素戔嗚が一気に距離を詰める。先程とはスピードが桁違い、一応蒿里も身体能力自体は上がるのだが他の事に力を振っているのであまり上がらない。故に対応が遅れる。
斬りかかった素戔嗚の背後から犬神が飛び出す。そして出来上がる盤面、犬神か素戔嗚の攻撃を受けなくてはいけない。どちらも防ぐ術は今は無い。
「何…」
蒿里が受けたのは、素戔嗚の攻撃だった。普通の奴なら絶対素戔嗚の攻撃を脅威だと感じ、防ぐはずだ。そしてそれを見越して犬神には無詠唱で刃牙を使い牙を鋭くさせた後に霊力濃度が高い所で起こる霊の強化を使って攻撃させようと考えていた。威力だけで言えば素戔嗚の斬撃を軽く超えるのだ。
どうやってそれを一瞬で判断したのか、それは単純な事だ。
「精度は低いけどね、貰ったの」
そう言いながら距離を取る。
「心を読んだのか」
「そう。薫から」
これほどまでの能力を無理矢理注入されても難なく使う事が出来る蒿里ならば体への負荷が非常に軽い薫の能力で渡せばすぐに使えるようになる。だが上限というのもあるはずなので心を読む念能力、そして霊を二匹程渡すだけにしておいた。最悪の場合戦闘中に渡す事だって出来なくはない、広域化を使えば。
「やはり能力の適正に関してはずば抜けているな。他にも貰っているだろう?警戒しなくてはな。ちゃんとしろよ、犬神」
「分かっている。それよりも我一匹の攻撃では何も出来ない。もうやれ、躊躇っている余裕は無いぞ」
「……下手したら死ぬぞ」
「我の身を案じた結果主であるお前が死ぬ、そんな馬鹿馬鹿しい事があって神格が務まるか?」
小馬鹿にするような笑みを浮かべ、素戔嗚の方を見る。
「そうか。それもそうだな、やるぞ」
長年の付き合いだった。一番最初の霊であり、相棒だ。酷使しても文句の一つも言わず付いて来てくれた。だがそれも、今日で終わりだ。
『干支術・干支神化』
毛が伸び、眼光は鋭くなる、牙も更に長く鋭く変形し、まるで猛獣のような見た目に変貌した。だが今までの制御が効かなそうな雰囲気は何処にも無く、ただ冷静に素戔嗚の指示を待っている。
これも真の碧眼のおかげか、はたまた訓練の成果か。どちらにせよ以前より強くなっている事に間違いはない筈だ。蒿里も霊を出して対抗すべきなのだろうが、この霊力濃度九割の状況下で長時間出しているとどうなるか分からない。正直霊関係に関してはそこまで自信が無い。なので一瞬しか出さない切り札として扱うつもりだ。
それは素戔嗚にも透けており、この段階で犬神を任せる霊を出さない時点で何かリスクを感じているか、物理的に出せない状況なのは確定している。
ならばそれは好機、一気に差を縮める事が出来たのでこのまま押して、有利状況を作り出す。
「犬神!」
「了解!!」
両サイドから挟むようにして距離を詰める。幾らでも対象法はあるだろうが、何を使って来るのかを見たいのだ。当然術か能力が飛んで来るとばかり思っていた。
だが違った。蒿里は左手にオーディンの槍を持ち替え、素戔嗚の刀を受け止めた。そして空いた右手にはある物を掴む。
『唱・エクスカリバー』
英二郎の置き土産の一つ、聖剣 エクスカリバー。その瞬間犬神は後退を余儀なくされた。流石に雷を落とされたら死ぬ、一旦戻るだけなのだがその隙でもこの戦いではデカすぎる隙だ。容易に場を離れられない。
「エクスカリバー……何処までも邪魔だな、英二郎」
「学園に保管されてた。だから私が使う。私なら、使える!」
英二郎は脱退した重要幹部五人の中で唯一逃げ出した人物だった。というのもエクスカリバーを持ち出そうとしたからだ。武具庫にある物で何でも良いので持ち出した結果エクスカリバーになった。
だがすぐにバレて佐須魔に追われたが、仮想のマモリビトがある条件を出した故に逃亡に成功した。それは能力の譲渡だ。その時の英二郎の能力はキラータイプの念能力だった。何の特殊能力も無いただ殺すだけの念能力。
それを仮想のマモリビトに渡す事で確実な交渉をしてくれるとの事だった。それだけではなく、扱いが特殊なエクスカリバーの適正も与えてくれたの。
そう、適正が無いと使えない特殊な武具なのだ。なので保管されていた、誰も使えなかった。そんな物をぶっつけ本番で取り出したので観戦していた奴らは全員意味が分からなかったし、驚いて席を立った。
だがその中で二人だけは何も言わず、静かに見守っていた。理事長と薫だ。その二人は既に知っていた、蒿里の才能を。
『エクスカリバー』
剣を掲げながらそう叫んだ瞬間、犬神の頭上に大きな雷が降り注いだ。
「何故!?」
素戔嗚は驚愕し、距離を取って様子を見る他無くなった。普通に考えて扱えるのがおかしい。単純に剣として使うならまだしも、エクスカリバーの本領を引き出せる理由が見当たらない。まさかそれも才能と片付ける事になるのだろうか。
「どうして使える!」
「知らないよ、私だって。ただ使えると思っただけ」
「本当に何処まで勝手をすれば気が済むんだ……」
「死ぬまでだよ!」
すぐに斬りかかる。やはり剣術は劣る所があるが、及第点は出せている。それに加えてエクスカリバーの脅威もあるので丁度五分五分ぐらいの勝負が出来る。それだけではない、左手には常にオーディンの槍を握っているのでどんな攻撃が来るかも分からないのだ。素戔嗚にとってそれはとんでもないデバフであり、メンタルに来るものがある。
心で負けた戦いに勝機はない。それは長年の経験で知っている、勿論蒿里も。
「私にだってやれない事はある。だから出来る限りの最大限を常に出して、押し殺すの」
乱雑で、叩き打つような軌道。だが凄まじい威力を誇っているし、何よりも素戔嗚は押されている。このままでは何があっても蒿里の勝ちだろう。このまま押し切れる、誰もがそう思っていた。そう、思っていた。
「…なら俺は、こうしよう」
急激に霊力濃度が下がる。実に六割程度にまで。だが覚醒は終わっていないし、終わる気配も無い。ならどうして減ったのだろうか、瞬時に理解する。吸われた。唯刀 素戔嗚が吸った。それが何を意味するのかはすぐに分からされる。
〈来い〉
それは二ヶ月程前の事だった。その日も鍛練を行っていた素戔嗚の元に來花と佐須魔がやって来た。
「少し、話をしよう、素戔嗚」
「何ですか、話とは」
「まぁ座って話そう。少しだけ長くなると思うからな」
三人は畳の上に座り、來花佐須魔は横に、素戔嗚は一人で対面するような形になった所で話し出す。
「私の式神術をお前に渡したい」
「……は?…え?…何故でしょうか……」
「簡単だ。私には扱えない。伽藍経典を扱い、内喰を上手く操作する事だけで手一杯なんだ。そこでお前に預けたい、素戔嗚。私はお前を強く信頼している。呪使いとしても、剣士としても、勿論一人の人間としても」
「……」
佐須魔の方をチラリと見る。
「來花から言い出した事だ。僕はただ搬入業者として連れてこられただけ、そっちで決めなよ。僕が指図する事じゃない」
悩む。やはり來花が持っていた方が有効活用出来るはずだ。それにレジェストの血を持っていない素戔嗚が使用出来るかどうかも分からない。
「それに関しては問題無いと思うよ。ただし雨竜とか、サンタマリアみたいな大規模な事は出来ないけどね」
「…やはり」
「だけど、模るために利用するには充分過ぎる素材だと思わないか?素戔嗚」
理解する。來花が何をさせたいのか。
「まさか!」
「そうだ。お前がこれを引き受けてくれる場合残りの時間をこの訓練に充てる事になるだろう。ただし、その価値は充分にあると私は思っている。そして私はお前が最終戦に残り、何なら革命時にも戦力になってくれると信じている。故に話を持ち掛けたのだ……分かるな?」
大きく頷き、頭を下げる。
「ありがたく、受け取らせてもらいます」
その日素戔嗚は、唯一適性の無い式神使いと成った。
形成される鎧と刀、壊れた物と瓜二つの刀。素戔嗚より一回りだけ大きいその図体を威圧するように見せつけ、現れた。実体を持たず、今まで何かに降霊する事でしか動けなかった霊。
式神として、再誕する。
《スサノオ》
出せる手札はもう切り終えた。弱者としてのカードだけだが。
第五百二十六話「弱者」




