第五百二十二話
御伽学園戦闘病
第五百二十二話「スペラ」
流し櫻をもろに受けながらも内喰で相殺、それどころか有利状況に持って行った。だがこれでリソースは吐かせ切ったはずだ。式神があったとしてもろくに扱えるはずがない。干支馬と干支虎も大した戦力にならない事は既に知っている。故に水面下では、流が有利。
「勝てる!」
確信を持ちながらも慢心はしない。すぐさま距離を詰め顔面を蹴り上げた。その瞬間だった、背中に強烈な痛みが走る。距離を取って確認すると三本の剣が刺さっていた。
剣進だと言うのはすぐに理解出来るのだが、詠唱を聞いていない。無詠唱なのは分かるのだが剣進如きに使う必要があるのだろうか。ほぼ霊力が無限と言っても一体化している訳ではないので真に底抜けではないのだ。一応無詠唱伽藍経典を撃てば相当な消費にはなるはずだ。
それに加えて普通の呪も無詠唱で撃ちまくっていたら何処かでガタが来るに決まっている。そうなると隙を晒す事になるのは分かっているはず。何か意図があるのかもしれない。
「この剣進に深い意味は無い。強いて言うのなら、教える為だ」
剣を見ていたので丁度顔は見れていなかった。だが分かる、とてもとても余裕そうな顔をしているのだと。何らかの進化を遂げた内喰なのだから特殊な効果が追加されていても何らおかしくない。だがまさか、それが霊力増加とでも言うのだろうか。ほとんど自分自身で賄える霊力のため大変な思いをする必要はあるのだろうか。
いや、無い。
ならどうしてそんな事をしたのか、辿り着く答えはおおよそ一つ。
「勝つ余裕が、あるって事か」
「無かったらこんな事はしない。分かるだろ、流」
「分かるさ、分かるからこんなにムカつくんだよ。あんまり舐めるなよ、僕を」
更に距離を詰める。だが來花はお得意の飛行で距離を取った。流は飛ぶ手段が無いので肉弾戦に持ち込むだけで一気に不利になってしまう。一応妖術などでも戦えるのだがホームグラウンドではないのでやはりやり辛い、出来れば引きずりおろしたいのだが恐らく堂々巡りになって終わりだ。
佐須魔との戦いも控えているので出来る限り無駄な消費はしたくない。かと言って攻撃をくらい過ぎるのも良くない。一番良いのはリソースを全部吐いた時点で勝つ事なのだが、まず無理だろう。それならば何か一工夫加えなくてはいけない。だがそれには体力や霊力、精神力を要するし、來花の動きによっては出来ない可能性も出てくる。
単純なパワーで言えば圧倒的に來花が上。それを補うために鍛えて来た身体能力も飛ばれてはほとんど意味を成さない。
「……どう足掻いても短所が出てくる……良いよ、それなら」
決めた。
その瞬間地面を強く踏んで跳び上がり、來花の正面にやって来た。だが後方に下がられリーチが届かない。どうしようもないので一旦地上に降り、様子を見る。
何故か來花から仕掛けてくる感じはしないので考える時間自体はありそうだ。意味があるかは甚だ疑問なのだが。
「よし」
すぐ傍にある木を叩き折った。そして丸太を担ぎ、思い切り投げた。來花は当然避けられるのだが、それが命取りになる。安易な誘導、ただし有効。
流が背後に迫っている事に気付いた時にはもう遅い。物凄い衝撃と共に地面に叩きつけられていた。と思ったのも束の間、更なる衝撃が体を襲う。
このままやられていると普通に死ぬと考え無詠唱で放つ。
「それぐらい対処出来るし、そもそも予想してるに決まってるだろ」
來花の体全体に刺されたような痛みが走る。それは剣進が返って来た痛みなのだろう。だがおかしい、現在流はスペラを出していないし、上反射を唱えた様にも聞こえなかった。何らかの術などによって記憶が飛んでいれば話は別だがそれならそもそも対処のしようが無いだろう、考えるだけ無駄だ。
そうなると無詠唱でやったと考えるのが妥当だ。だが妖術は霊がいないと使えないはずである。佐須魔のようにニンゲンを超えているのならまだしも、流は普通の能力者だ。
「どういう…!」
「分からないのかよ。封なんかそもそも効かないし、効いても関係無い。分かるだろ、お前にも」
「…守護霊か」
「そうだよ。守護霊は霊だけで性質として霊とは程遠い。降霊なんかいらない、常に降霊している状態だ。それは何者にも捻じ曲げられない」
「常に…?そうは見えないが…」
「今までの内喰と同じ、って言えば分かるだろ」
「……そう言う事か」
あくまで主導権の問題。ここ最近は京香が主導権を奪う事が無かっただけで、いつでも変えられるのだろう。脅威が更に増えた。言葉だけでどんどん來花が追い詰められているのが分かる。流は想定よりも強くなっているようだ。
だがそちらの方がやりやすい。下手に弱い手加減してしまいそうだからだ。これぐらい強い方が躊躇いなく殺せるというもの。
「だがまだ甘いな、流」
『呪詛 伽藍経典 八懐骨列』
わざと詠唱した。退かせるために。そして実際距離を取らなくてはいけない。それだけではない、当然二連撃も来る。それぐらい大した問題ではないのだが、少しヤバイ所がある。霊力が減った様に感じない。
神や素戔嗚が伽藍経典を使うと他者からも目に見えて霊力総量が減っていた。だが來花にはそれが微塵も感じられない。本来の想定よりも何十倍も霊力量が多い事が判明した。
最早底なしと言っても過言では無いその器、引き延ばして戦っても不利になるだけだと理解するのには充分過ぎる判断材料だった。
「やっぱ面倒だな、伽藍経典」
「当たり前だ。俄然豪京とはまた別のベクトルの到達点何だからな。強くなかったら駄目だろう」
「まぁそれもそうか。ホント手数が多いな、呪は」
「それは褒め言葉なのか?」
「自分で考えろよ、脳無しじゃないんだから」
「……そうか、煽りだな」
「当たり前だろ。敵を褒める奴が何処にいるんだよ、大して実力差がある訳でも無いのに」
「…実力差が無いだと?それは訂正が必要だぞ、流。私はお前より、何段も強い」
するとその時流の心臓が貫かれた。八懐骨列の痛みと他の事への意識の分散で分からなかった。近付いて来ている神武に。
「クソッ!!」
「注意しなくてはいけないだろう。油断大敵だ」
そのまま心臓をほじくり返し、殺してやろうとする。だが流は神武を引き抜き、体力を結構使って止血した。だが傷は塞がっておらず、ここから攻撃されると致命傷に成り得る事も承知の上だ。
今はまだそうするしかない。あれを出すにはこれぐらいの痛手は受けておかなくては、上手く通せない。
「何故抵抗しない?お前ならば出来るだろう」
「出来たらやってる」
「…何を企んでいる、流。明らかに何か作戦がある動きだ。そうでなければ猛獣のように仕掛けて来れば私ぐらい簡単に押せるはずだ。だがそれをしないと言う事は意味があるのだろう?」
「……何言ってんだよ。当然だ。お前相手に作戦無しで勝てるとは思ってない。確かに僕より強い能力者だから、でもそれを凌駕する方法を、僕は知ってる」
雰囲気が変わる。この油断、來花の停止が条件だ。油断大敵と言いながらも來花は沢山隙を晒している、あくまで攻撃に出れないレベルの短い隙だが。ただしそこを突く事だって出来る。短い詠唱ぐらいならば、出来るのだ。
「形、ですか」
「そうだ。お前は式神あんまり知らないだろ?レジェストは知ってるか?」
「はい、一応知ってますね。逆に薫先生は知ってるんですか?」
「知ってる。調べ上げた。んで式神には形がある。レジェストは架空の生物を元にしたり、船だったり、まぁ無機物でも良いんだ。とにかく攻撃に転用出来る形ならば何でも良い。
俺は刀にするつもりだ、少し特殊な奴な。正直これ以上実体がある奴が増えると動き辛いんだよ、俺としては」
「刀……そういうのもありなんですか……」
「本当に何でもありだ。一番自由度の高い能力だからな、式神術は。まぁとにかく考えとけよ、俺ちょっと翔子の所にでも…」
「最後にちょっと訊きたいです!」
「んだよ」
「持ってる霊をそのまま応用したりするのって…」
薫は少し考えた後、口角を上げながら言った。
「ありだ」
短い詠唱。だが強烈なインパクトと衝撃を与える。元々母数が少ない式神術でこんな事をする馬鹿は今までいなかったからだ。手数が増えない。ほとんど意味がない、はずだった。
〈降霊術・唱・鳥〉
《スペラ》
作り上げた。流の式神。それは模倣ではない、正真正銘本物。だが強くなっている、式神として形成されるのだから当たり前だ。
「行くよ、スペラ」
流の式神は上霊スペラである。
第五百二十二話「スペラ」




