第五百二十一話
御伽学園戦闘病
第五百二十一話「手に」
母親、死んだと思っていたのに生きていたらしい。ひとまず喜ばしい事ではある、嬉しそうに話しかけようとしたが京香が制止する。理由を訊ねる前に口を開き、目の前に立っている女に向けて笑顔を作りながら訊く。
「名前は、何て言うんですか?」
「翔馬 美智子ですが…あなたは?」
京香はより一層怒りを露わにしながら更に質問する。
「見覚えありますよね、この霊力」
そう言いながら普段は抑えている霊力放出を全快にした。その瞬間美智子の顔付きが変わる。まるで敵を見るかのような目線。その瞬間その場は異様な空気に包まれ、殺伐とした雰囲気が充満した。
当然意味が分からない來花は困惑し、両者をなだめようとしながら訳を聞こうとする。すると京香が説明してくれた。言葉の節々には怒りが籠められていたが。
「前に言ったよね、お父さんはもう死んでるって。こいつだよ、殺したの。今でも憶えてる、こいつが殺した所」
京香だけの反応だけ見たら明らかに人違いだろう。だが美智子の反応、それのせいで裏付けられてしまう。來花からすれば本当は死んでいなかった母親と再開出来た感動すべき場面なのに、こんな事になってしまい胃が痛い。
何とかこの場を収めたいが京香が醸し出す殺意からそれは無理なのだと悟る。ならどうすれば良いのだろうか、ここで取れる選択肢は精々三つだろう。
「來花!この女から離れな!!こいつは神格を五体も持ってるバケモンだ!!」
幸いな事に人通りは少ない場所なので騒いでも野次馬は来ない。だが、だからこそ難しい。場を収めるには切り捨てるしかない、どちらかを。
京香は言葉にしていないが目線でその事実を伝えて来る。そんな事は知っているし、來花自信が決める事だ。最悪の場合どちらも切り捨てて逃げるという択も存在自体はしている。だが出来るはずが無いだろう。とするとやはりどちらかを捨てる必要があるのだ。
「どうしたの、來花!!」
考える、人生で一番と言って良い程頭を使っただろう。來花はゆっくりと口を開こうとした、京香の方を向きながら。
「分かってるよ……他人だもんね……でもそう来るのなら、容赦は出来ないから」
京香の攻撃対象が増えた、はずだった。
「私は、君の方が大切だ。理由は聞けなかったが、すまない」
『呪・剣進』
三本の剣が貫いたのは醜い女の喉元だった。血を吹き出しながらその場に倒れる。來花は始めて人を殺したことによるショックと未だに完全納得は出来ていないこの状況のせいで過呼吸になってしまう。
だが京香が寄り添い、すぐに正常になった。
「何で、私なの」
「出来ればどちらも助けたかったが、まぁ仕方が無いだろう。何故捨てたのかは分からない、だが少なくとも見放した親よりも……楽しく、夢中になれる時間を与えてくれた君の方が私にとっては大切なんだ。ただ、それだけだ」
「ごめん…場所変えよっか」
「死体は…」
「大丈夫。聞いたでしょ?私が持ってる霊。その子達が喰ってくれる」
「…神格が五匹、か」
「うん。五匹全員揃えられたのは本当に最近何だけどね……お父さんが元々三匹保有してた。人神、鳥神、狐神。そこから探し出した蟲神、魚神。全員凄い強いから」
「それなら安心だな……行こうか、少し、二人になろう」
歩く二人の背中は、辛くもあり、楽しそうでもあった。
そこからはトントン拍子で事が進んで行った。母親の事は忘れてしまいそうな程楽しい日々だった。結局友達は出来なかったが大学生活は難なく終わりを告げた。京香が卒業したタイミングで結婚し、半年後には妊娠が発覚した。この時点で來花の呪は物凄く成長しており、現世にいる呪使いでは絶対一番強いと確信が持てる程だった。
天仁 凱が呼び戻された時のゴタゴタも何とか解決し、平穏な日々が続くと思われていた。あの日まで。
「ふざけるな!!!」
佐須魔に掴みかかり、叫ぶ。
「ふざけて何か無い。あれが最適解だと僕は判断した。実際流君からは式神術を貰えた、これがTISの成長に…」
思い切りぶん殴る。
「私はそんな話をしているつもりはない!!私の家族に手を出すなと、何度も言っただろうが!!」
「來花さん、ちょっと落ち着いてください」
原が止めに入ろうとしたが押しのけられる。
「私と佐須魔の話だ、割り込むな」
途轍もない眼光、まだ未熟な原は怯んでしまい何も出来なくなった。
「ちゃんと説明しろ佐須魔!!能力を回収するだけならもっと穏便に事を済ませられたはずだ!!何故京香を殺した!!!」
「だってくれないだろ?神格」
さも当たり前かのように言った。その瞬間、來花の中で何かが切れた。
そこからは地獄だった。二人の戦闘が始まり、基地はグチャグチャになってしまった。結果として刀迦が身を呈して來花を止め、その間に佐須魔が武具で二人を差し殺して終わった。
後片付けは本当に面倒臭かったが、それはまた別の話だ。
「やぁ」
「…お前は」
「僕はエンマ、黄泉のマモリビト」
「…何故私を」
「何故ってそりゃ…やりすぎだよ」
真剣な顔。気圧される。
「仮想、黄泉、現世全員カンカン何だよね。内輪揉めでここまで滅茶苦茶やられるとこっちとしても対策をしなくちゃいけなくなるんだ。でも仮想のマモリビトは楽しむ事が優先だから君の魂を破壊する事を許さなかった。でも呑気に生活されても脅威でしかないから、地獄に行ってもらう。初代の、本当の地獄だ。
拒否権や抗議は一切存在しない。これは均衡を保つための処罰だ。恨むなら精々、強くなりすぎた自分を恨むんだね」
「そうか、何も抗議なんてしないさ。だが聞かせてくれ、君ほどの強者ならば分かるのか?人生で初めて、ここまで強い苦しみと消失感を覚えた私が、どうすれば良いのか」
「……僕の妻は僕の知らない所で死んだ、と伝えられているし、大体のニンゲンがそう記憶しているだろう。けど違うよ、正確には僕が死んだ所を見た訳じゃないが死因も知ってるし死体も見てる。娘が居たから生きようと思ったけど、いなかったら後を追っていたよ、絶対にね。
そんな僕から言わせてもらおう。君はまだやれるよ。その眼に宿る物は一つだ。見失っているかもしれない、だけど大丈夫だ。僕が手を貸す事は無いだろう、だけど、安心しておきなよ。絶対に見つけられる」
「そうか…そうだと、良いな……」
未だに分からなかった、彼の言葉の意味が。
だが少し考えればすぐに理解出来るような簡単な事だった。
今私に残っている物は何だ、唯一繋ぎ止めている物は何だ。
京香は死んでしまった。流も咲も敵だ。
家族ではない。
能力も中途半端。式神だってろくに扱える気がしない。もうこれ以上極めようとも思わない。
能力でもない。
そんな私でも皆は尊敬し、憧れてくれた。別にそれが嬉しかった訳では無い。
いや違う、嬉しかった。
今までそんな目を向けられてこなかった私が初めて尊敬されたからだ。
いつも思っていた、私はそんな人間ではないと。
だが皆はもう見抜いていたのかもしれない。私より先を見据えて、上手く扱ってくれていたのかもしれない。
結局の所私は人に頼らないと生きていけなかった。里親、施設、京香、そしてTISの仲間。少しでも一人で何かを成し遂げただろうが。
いや、それで良いのだ。
出来なくても良い。ただ護れば良い。この手に残る最後の希望を、護り抜けば良い。そうすればきっと、きっとやってくれるはずだ。
『覚醒 内喰』
「ただし自分の手で護る。受動的にして切り抜けてきたがもう良いだろう、ケリをつけるべき時だ。お前に私の体はやらない、口黄大蛇。だが力は貸せ、それがお前の生き残る、唯一の道だ!」
否定と肯定が、聞こえた気がした。
「行くぞ流、これが私の本気だ」
最終進化、内喰状態の主導権が、翔馬 來花張本人へと、受け渡された。
第五百二十一話「手に」




