第五百十六話
御伽学園戦闘病
第五百十六話「自然」
理解した。今までまるで急に攻撃されたように感じていたのはそれが理由だったのだ。憶蝕が触れた記憶を喰ってしまっていたのだ。そう考え記憶を掘り出そうとすると所々欠けている。
滝のように汗が流れる。このままでは霧やTISの事でさえ忘れてしまうのではないかと思ったからだ。その予想は大正解である。兵助は狙っている、原が全てを忘れる事を。
「君は何も残せない。それは最初から覚悟を決めていた透と違う所だ。事前準備も何もない、何も伝えられないまま、全てを失って死んでもらう。これまで殺して来た人々の苦しみに比べれば幾分もマシだろ?何せそんな事実でさえ、忘れるんだから」
「本当に酷い人ですね…」
「それはこっちの台詞だよ。どれだけの人から幸福を奪って来たんだ」
「…それもそうですね。ですが僕は抵抗しますよ、勿論」
「知ってるさ。だから僕が来たんだ、原を殺すにはうってつけの"能力"を持った僕がね」
一つ情報が入った。今まで能力かどうかは分かっていなかったが兵助自身が言ってくれた。そうすると択は二つ、新たな能力か、変化したか。
可能性としてはどちらも有り得るが新たな能力と考えた方が良いだろう。ひとまず何とか攻撃を仕掛けて優勢を取らなくては話が始まらない。
だが適当に殴り掛かったりしてもそう上手くは行かないだろう。憶蝕も相まってまともな攻撃が出来るとも思えない。そうなるとやる事は一つに絞られる。
「少しだけ話でもしましょうよ。あなたとしてもそちらの方が都合が良いでしょう?」
「はいそうですね…って言うと思う?明らかに何か意図がある行動だ。そうでなければただ自分自身を追い詰めているだけだ。記憶を忘れるのを恐れている奴の行動じゃない、絶対に意味がある」
「…そうですね」
「なら僕は拒否するだけだ」
「そうですか…残念ですね。あなたならば有意義な話が出来ると思っていたのに。本当に残念だ。話も聞かず殺すなんて、まるで僕達とTISと同じ様な振る舞いですが…残念ですね」」
「……」
兵助は何とも言えぬ複雑そうな顔をした後溜息をつき、警戒は解かずに訊ねる。
「少しだけなら良いよ。重要な事とかは話さないけど」
「勿論、僕も最期に少し話をしたいだけなので。それで話したい事なんですけどあなたの祖母、沙汰方 小夜子についてです」
「婆ちゃん?何でお前が…」
「殺したのは佐須魔さんです。情報共有されてないはずが無いでしょう?こういう交渉を強制させられるのに」
「……悪趣味だな、本当に。それで何なんだよ、婆ちゃんの」
「小夜子があなたに残した言葉についてですよ」
「婆ちゃんが僕に…?」
「はい、そうです。小夜子は死ぬ直前あなたに対してこう言いました、「戦いから手を引きなさい」と。これは愛しの孫を戦果の渦に放り込むのを嫌っての言葉だったのでしょう……ちなみにですが、嘘です」
次の瞬間兵助の首から血が吹き出す。髪を鋭利にしながら伸ばしていたのだ。このための時間稼ぎ、能力だと判明したのならこれが一番効果的。根本からの問題解決、能力の破壊。
「……ふざけるなよ」
この姑息な行為が間違いだと知った。兵助は発動帯が傷付いたにも関わらず思い切り距離を詰め、どんな攻撃をしてくるかも分からない原に殴り掛かった。また崩壊しては面倒なのですぐに回避に専念し始める。
それも間違い。兵助は確かに怒っていた。怒ってはいたのだが、度合が違う。抑えられる程度だった。それは元々TISがそういうクソ野郎だと思っていたからであり、呆れという感情にも近い。
故にこの状況を利用するぐらいの理性は保てている。ある意味原は墓穴を掘ったのだ。ただ仕方無い事でもある、普通分からないだろう。こうなる事なんて。
「ヒントは既に皆から受け取っている。お前にも絶対弱点はあると分かっていた。だからこそ通用するかどうかの運試しなんだ!最悪失敗してもリカバリーは出来る様手配してある。これで終わりだ。呪うなら自分自身だぞ、原」
首元に触れる。その瞬間感じ取れた、霧がいなくなったと。発動帯が破壊されたと分かったがまだ大丈夫だ、原自身の能力は生き残っている。それならば単純な戦闘で負けることは無いので破壊されないよう心がければ良いだけだ。
そう思っていた、次の瞬間だった。踏み外す、後ろを見るとそこには大海原が広がっていた。
「持ち込んだ、崖に!!」
本人ならば弱点を知らない訳がない。その弱点、それ即ち、自然。
「意思の無い攻撃なら、通る!!」
鍛えていた体で思い切り突き飛ばす。復帰は出来ない、体も変えられない。落ちる、水面の下へと。
「それだけじゃなよ。既に細工は済ませてあるからね」
触れた際にポケットに忍ばせておいた、一匹の蟲。
「神経蝕。これでろくに体を動かす事も出来ない。憶蝕と神経蝕に蝕まれながらそのままそこで、漂ってろよ、原」
何も出来ない。上書きされた記憶は消され、再度上書きされる。ただただ強くなっていくだけの無意識の生命体。能力者と呼んで良いのかさえ分からない。
明確な意思の窒息攻撃をくらい続けながら、漂着しても何も出来ない。死する事さえ許されない。原 信次、死亡せずとも、ここに死する。
「さて行こう。待ってるよ、皆」
兵助は勝った。
一方他の所でも接敵していた。因縁の相手、親子喧嘩なんて単調な言葉では表せない負と負の対面。両者沈黙、言葉が出ない。何から話せばよいのか分からないからだ。
それに変に情報を渡す事になりかねない。いきなり仕掛けても良いのだがそれだとモヤモヤは残るばかりだ。それならばいっその事、踏み出してみよう。
そう思い、流は訊ねた。
「なんで咲を殺した、來花」
「敵だったからだ」
「嘘つくなよ、少なくともお前は僕達兄妹を殺したがるような奴じゃなかった。何であんなにあっさりと殺せたんだよ、何か理由があるだろ。言ってみろよ」
來花溜息をついた後面倒臭そうな顔で言い放った。
「私はもう迷わないと決めたのだ。他の仲間が決意を固める中私だけ中途半端ではいけないと感じたからだ。明言しよう、私はお前達より、TISが大切だ」
「僕に母さんが憑いているのを知っての発言かよ…それが…」
「そうだ。申し訳ないが、この世界に将来性を感じられなかった。完璧に佐須魔の意見に賛同している訳では無いが、革命は必要だ。邪魔をすると言うのなら、私はお前だって殺すぞ、流」
「そうかよ。そんじゃあここで死ね。行くよ、スペラ」
第五百十六話「自然」




