第五百十一話
御伽学園戦闘病
第五百十一話「フェリエンツ/ガーゴイルⅢ」
ニアは一瞬で走り、到着した。ゆっくりと息を吸い、寒い夜風を体に巡らせる。霊力体力共に問題なし、準備運動は済ませてある。周囲に他の誰もいない事を霊力感知で確認する。
これで決着が付くとなると結構緊張するものだ。だが何とか落ち着かせる。早まる鼓動に手を添え、なだめる。だが目の前に立っている少女と顔を合わせると更に鼓動が速くなる。
「緊張しているようですが…どうしました?」
アリスの質問。ニアは少し笑いながら答える。
「ちょっと楽しみなだけです、本気でやり合ったらどちらが勝つのか、分からないでしょう?」
するとアリスは嬉しそうに微笑む。
「それもそうですね。自信は…」
「ありますよ、楽しい時間を切り捨ててまで強くなったんですから、勝たなくちゃいけないですよ。兄さんの為にも」
「そうですか。ですが少し考えを改めて頂きたいですね。切り捨てたとの言い草、正直気に入りません。迷いが残っている様に感じますよ?本気で戦うのに迷いがあるなんて…少々馬鹿馬鹿しいです」
「勘違いしないでください、私は別に戦闘が好きな訳では無いんですよ。あなたを解放するため、あなたのためにここまでやって来たんです。そんな私に迷いは無いです」
するとアリスは嬉しそうな表情を浮かべた後に、気持ちを入れ替える。ここまで一人の人間に目を当て、意識した事は無かったので何だか嫌な気分になって来るのだ。自分自身に秘められているまだ見ぬ力がチラついて。
だがニアはそんな状況でさえ気にせず、ただ殺そうとしてくる。それがどれだけアリスにとって魅力的か、遠い親戚なんて関係ない、今にでも手中に収めたい気分だ。
ただそう易々と手に入れられるならばそれはアリスに釣り合う人物ではない。苦戦し、結果として両者が納得する形で分かり合えてこそなのだ。
「やりましょう、後はこれで分かるはずです」
拳を見せる。ニアも元々そのつもりなので構える。両者は基本肉弾戦を好みとしながらも、搦手や術での遠距離攻撃も可能としている。基本何でもできる万能型、その二人。
まるで運命のようにして同じ動きが出来る。いや違う、ニアが真似したのだ。ずっとずっと真似して来た、アリスに追いつくにはアリスのやり方を模倣するしかないと考え、到ったからだ。
「さぁ、行きますよ」
アリスがそう呟いた直後、ニアが反射で拳を突き出した。そこにはアリスの右拳が到達しており、衝撃を発生させながらぶつかり合う。速度はある程度出しておかないと簡単に対処されてしまいそうだ。
長期戦も厳しそうだとこの一撃だけでも分かった。かと言って短期戦で仕留めきれる相手でも無い。一旦距離を取って考えてみる、どんな動きが最適解なのか。
「どうしましたか、もっとガンガン来るものだと思っていましたが」
「私だって真剣に勝負するのならちゃんと考えますよ。それにあなたは適当に戦って勝てる相手ではないでしょう?少し前までの私自身と戦っている様なものですから、分かりますよ」
「そうですか。なら私もちゃんと戦いますね」
次の瞬間ニアが眼前に迫り、殴り掛かって来る。どうやら充分に考える時間を与えてはくれないらしい。だがそれぐらいは想定内、すぐさま右足を上げ顎に当てる。一瞬ふらついたニアの腹部目がけて三発程度本気のパンチを戦い込む。
そうすれば結構な距離吹っ飛ぶので余裕は出来るのだ。作戦を立てる程の時間は無いが一呼吸つくぐらいの時間は出来た。ニアはちゃんと強くなっているし、何より積極的になっている。
今まで通りだったら先程殴り掛かって来るなんて事はせず、素直に待っていただろう。だがそれをしなかった、慈悲は無いようだがそうでないと面白くない。
「少し甘いですよ」
回し蹴りを行う。背後にはニアが移動しており、アリスの蹴りを何とか耐えきろうと必死になっている。普通に考えて少し遠回りをして来たのだろうがその痕跡が無い事は多少違和感だ。
万が一のために術式が使える余地を残しながら移動するのがセオリー、というか普通の行動だ。そうでなければアリスが両盡耿でも使って来たら一気に受け身にならざるを得ないからである。
だがニアはそんな意味の分からない一手を打って来た。絶対に何かしらの意味はあるのだろうが現状では全く分からない、ただし警戒は必要だし、どんな攻撃が来ても受け入れる姿勢を持っておくべきだ。
「そこの意識何ですよね、誘導です」
言葉通り、意識の誘導。たった一瞬ではあるが、確かにアリスの気は散った。その瞬間にニアは少し特殊な霊力操作を行う。名前が付いている訳でも無い、だが皆無意識下で行い、感覚的に使っていた操作。
殴る方の拳にだけ二割、発動帯に三割、他体全体に行き渡るようにして残りの五割を回す。それが何を意味しているのかはアリスは知っていた。ニアはこれが強いと言う事だけ知っており、詳細は知らなかった。その操作、それは身体強化そのものだ。
身体強化使いが普段使いしている霊力操作、それがこの回し方。ただ身体強化を持っていないニアにとっては意味が無い事の様にも思えるが、そんな事は無い。
何故これが身体強化に用いられるのか、答えとしては簡単で効率が良いからだ。身体能力が上がる霊力を体に巡らせながら、能力を途切れさせず、かつ攻撃部位には一番威力を籠める。それが出来て一番簡単な操作がこれなのだ。
「やはり見込んだだけはありますね、センスが桁違いです」
だがこれに本能だけで気付くには相当な練度と時間を要するはずだ。ニアの生涯じゃ普通は辿り着けない程の、多くの時間が。それなのに使っている、それは何か光る物を持っており、それを発揮出来る環境が整えられていたからだ。
完璧な環境下で強くなったニアはここまで成長した。ただしアリスはそれを凌駕する程の経験と、才能を持っている。
「ですがまだ私の方が強い」
アリスはニアと似たような霊力操作を行った。割合としては全く変わらない、右手に二割、発動帯に三割、満遍なく五割だ。だがニアと違う部分もある。これは些細な差でしかないのだが、アリスは"流す速度"に少し意識を向けている。
単純に操作する時よりもほんの少し早く巡らせる。それに一体何の意味があるのか、どういうロジックなのか、アリスは神から聞いた。
巡る速度を上げると変化する事象、それは発動帯の稼働時間だ。単純に流す時よりも働く割合は高くなりそうなものだが実際は反対、むしろ割合としては少なくなる。巡るのが体力、霊力、体力、霊力とブツ切りになって交互になる。完全にバグの領域なのだが、意外にも良い効能を与える。
その効能とは簡単に表すのならば防御力の向上だ。細かく言うと体力が細かく流れる事によって攻撃を受けた際に流れる体力が肩代わりしてくれるので普通に受けるよりも結構な量のダメージを減らしてくれる。
即ちニアの様な手数で押すタイプの相手には滅法強い状態へと変化出来る。
「一応言っておきますが、私は目指しますよ、完璧な勝利を」
両者の姿が消える。残像すら無いその速度でかち合った。とんでもない衝撃と音を立てながら互いに殴り続ける。一撃でも致命傷に成り得るので結局全て相殺され、ろくなダメージが入っていないのだが単純に消耗にはうってつけのやり方。互いの考えが合わさった時にのみ発生する限定的な状況下にて両者の背後に突如として姿を表す、深く長い川、逃げる選択肢は潰し士気を上げる。正に背水の陣、決闘に相応しい、気高い戦術。
「やはりそう来ますよね、私を真似しているのなら」
「分かってますよね。そうですよ、あなたを真似してここまで強くなったんです。もう逃げるなんて甘い考え、切り捨てたいんです」
「全くもって同じ気持ちですよ、嬉しい程に、同じです」
殴り合って三十秒が経過した。互いに息が切れ始める、アリスがここまでなるのは珍しい。ただニアも結構消耗してしまったので何処かしらでボロが出てしまうかもしれない。細心の注意を払って行こう。
ここからが本番だ。基盤が整った、どちらもそうとしか考えていない。そして本番となれば撃つだろう、術の一つや二つぐらい。そこで起こるのは奇跡か波乱か。
先に言い終わったのはアリスだった。
『壱式-肆条.手屠魂鳳』
だが合わせるはそれを読み切った、上手の一枚。
『肆式-壱条.尼魯幽壁』
アリスは知らなかった、初代ロッドがどちらを好いているのかを。
第五百十一話「フェリエンツ/ガーゴイルⅢ」




