第五百九話
御伽学園戦闘病
第五百九話「最終決戦」
目を覚ます。ライトニングが覗き込んでおり、そこが待機島だと気付くにはそう時間はかからなかった。すぐに体を起こそうとしたが動かない、あまりに体が痛いのだ。
すぐにライトニングが安静にするよう忠告する。するとそのタイミングで時子が部屋に入って来た。ライトニングと話しているので大体の内容は把握できる。薫の体は完全修復が出来ない程にボコボコにされており、どうしようもない状態らしい。
「……なぁ……サーニャ…」
「何だ、後私はname ライトニングだ」
「俺……殺せて…無い…よな?」
「あぁ、殺せていない。結果的には敗北だ」
薫は一度目を閉じ、ゆっくり痛みを伴わないようにして息を吸う。
「……何が…あった……」
その時だった、声が聞こえる。
「サルサの体に俺が入った。んで助けてやったんだよ、感謝しろよ、薫」
ラックの声だった。そちらに視線を向ける。
「首動かすなよ、ホントに死ぬぞ。今のお前はクソみたいな状況だ、兵助と時子いなかったらマジで死んでたからな、流石に気を付けろよ」
「久しぶりだな…」
「まぁそうだな、一応数年ぶりだ。でもそれがどうした、それよりも気にするべき事が…」
「どうでも良いだろ…そんな事…」
まるで生気が無い。その部屋にいるのは薫、ラック、ライトニング、時子の四人なのだが一気に静寂が訪れた。明らかに薫の精神状態がおかしくなっているからだ。それが戦闘病によるものなのか、はたまた佐須魔に関する事なのか、分かったもんじゃない。分かりたくもない。
だがラックだけは堂々と話しかけている。
「そんな事よりお前霊とか強覚醒の使い方下手過ぎだろ、数年間何してたんだよ」
「…」
「まぁ良いか、ニンゲンだとそんなもんだ。だけどそれなりに仕事はしただろ…それにまだ終わってないんだろ?お前の攻撃」
しっかり理解している、ラックは。
「…まぁな」
「それなら良い、充分だ。とりあえずもう少ししたら俺らエスケープが出る。申し訳ないがゲートだけ、頼むぞ」
「分かった……けど最後に聞かせてくれよ、ラック」
「んだよ」
「お前らが勝っても、俺は喜んでも良いのか…?」
「今何考えてその発言してんのか興味ねぇから見ないけどよ、ふざけてんのか?」
「…そうかもな」
「少なくともお前が喜んでいる余裕は無いだろうな。死んだ奴らの供養、残党狩り、TISの意志を継ぐ行動の計画、問題は結構残ってる」
するとそこで聞き捨てならないとライトニングが突っ込んだ。
「TISの意志を継ぐだと?」
「勘違いするなよ、皆殺しとかそんな殺伐とした事じゃない。あくまで能力者の公平さを保つための行動だ。悪化させた張本人である俺が言うのもあれだけどよ、流石に能力者差別が激しくなりすぎだ。この機に変えるべきだ、百年でも、何なら数十年でも良い。とにかく待遇を変える必要がある。そこに関してはTISと同じだろ?」
「まぁ…そうだな」
「どちらにせよ打倒TISは必須項目だ。後は俺達がやるから、全員裏方サポートに回ってやれ、とりあえず基盤は最低限整えてあるからな」
ラックがそういうのなら大丈夫なのだろう。
「んじゃ俺はあいつらの所行くわ、出来る限り安静にしとけよ」
ラックは背中を向けて適当に手を振りながら扉を開ける。そして出て行く間際で呟いた。
「任せたぞ」
明確な意思と理念を薫に見せつけ、その場を去った。薫は悟っていた、もうラックと話す事は無いのだろうと。だが何も感じられなかった、もう何も考えたくなかったからだ。再度天井を向き、ボーっとする。
ライトニングもエリと桃季を見て来ると部屋を出て行った。時子も回収出来た遺体を出来る限り綺麗にする仕事があるのでいなくなってしまう。
再度一人、ただ天井を見つめる。
「……」
そんなこんなで五分が経った頃だった。扉が開く、ライトニングが帰って来たのだろうと思っていたが、想定外の声がする。
「…薫……交渉、したい」
すぐにそちらを向いた。間違いではない、そこには蒿里が立っていた。まだ迷いを持ちながらも、しっかりと真っ直ぐな眼差しを持った、蒿里が。
一方エスケープの待機室では礁蔽、ニア、兵助、流の四人がラックと最後の談笑を楽しんでいた。皆わざわざ言葉にはしなかったがこれが最後だとは分かっていたし、覚悟もしていた。なので誰も同様していないのだ。
ポメは嬉しそうにラックの膝でソワソワしたり、頭に登ったりしている。
「とりあえずお前らが無事そうで良かったって感じだな。ニアと流はとんでもなく強くなってるしな」
「色々ありましたので…」
「僕もね…來花に勝たなくちゃいけないから」
「そうか。インストキラーは大丈夫か?反動とか」
「もう大丈夫、流石の僕でも扱いは慣れたよ。スペラも良い感じ。後は…」
「式神か」
「うん。一応レジェストの末裔ではあるから適性はあるし、使えるんだろうけど…ちょっとだけ不安なんだよね」
「まぁ安心しとけ、お前普通に天才の枠組みにぶち込めるタイプだからな。それよりも礁蔽と兵助の心配とかしとけ」
「なんや!わいだって強くなっとるわ!」
「囮にでもなれれば充分だろうが。まぁ変な死に方せずもっかい黄泉に行くんだな。まぁ生き返るのスゲェ思い罪だから地獄三桁年は覚悟しとけよ」
礁蔽は嫌そうな顔をしながら文句を垂れる。そんなくだらない時間だったが非常に楽しかった。だが終わりは来る、もう目前だ。最終決戦、TIS VS エスケープチームは。
「とりあえず作戦だけ話しておくか。お前らも詳細知らないらしいからそこまで踏み込んでは話せない、だけど誰が誰の相手するかは決めて良いだろ」
「そうですね。とりあえず私はアリスとやりますね」
ニアはアリス、勿論異論は無い。むしろニアがやり合って勝ってくれないと面倒な相手だ。
「それじゃあわいは元の作戦通り佐須魔とやり合うで!何でかは知らんけどな!」
礁蔽は佐須魔、少々不安は残るものの異論はない。
「僕は來花とやる」
流は來花、異議無し。
「俺は災厄がリスポーンするまで待機、んで出てきた瞬間にぶっ叩く。そんで即行で潰す」
ラックは災厄、当然の如く異議無し。
残ったのは二人。
「兵助はどうすんだよ」
「僕は原とやるよ。生徒会の皆が残してくれたヒント、分かった気がする」
それならば異論は無いだろう。
「ポメはどうする?」
「きゃん!」
良さ気な所で支援に入ると言っている。ポメの総合力ならばそれが一番良い動きだろう。
「さて…後一人だが…」
この部屋には居ない。ひとまず少し待つしかないだろう、少し前に出て行ったばかりなのだから。
丁度二分、扉が開く。
「さて蒿里、聞くまでも無いとは思うが…誰とやりたい?」
「……私は、素戔嗚とやる」
誰も文句は言わないだろう、誰が誰と対決するのかは決まった。スムーズに行くかどうかなんてやってみないと分からない、それ程までに未知数同士の争いしか無い盤面。
だが今までの戦いに無かったものだって結構ある。TISからすればラックがいるだけでも相当な圧になるはずなのだ、何とか上手い事活用して切り抜け、佐須魔を殺す。
「さて、後は少し休憩するだけだ、気持ち入れ替えとけよ、お前ら」
「別に大丈夫やろ!わいらはいっつもこんな感じでやって来たやん!」
「それもそうですね。私も変に気張るのは嫌です」
「僕もだよ、緊張して霊力操作ミスなんてしたら怖いしね」
「流と同じ気持ちだよ、僕も」
蒿里は喋らない。だが何処か嬉しそうな顔をしているので誰も何も言わなかった。ただただこの空間は心地が良かった、そこにいる全員に取って。
二分が経過した。
「さぁ、そろそろ行くぞ」
ラックの掛け声で皆が椅子から立った。
「ほなわいらエスケープチームでぶっ潰すで!!」
最後まで元気一杯に、何も変わらないこのメンバーで、赴くのだ。最後の戦いに。
その時島に繋がるゲートが生成された。皆軽く顔を合わせてから、何も言わずに潜った。
そこは何も無い夜の闇、大きな月から発せられる光のみでしか視界を確保出来ないような所。全体に潮の匂いが満ちている、それと同時に、霊力も満ちている。
学園側も、TISも、これで最後になると知っていた。正真正銘全てを懸けて踏み出す。
最終決戦の火蓋は、今、落とされた。
第五百九話「最終決戦」




