第五百八話
御伽学園戦闘病
第五百八話「負け」
「戦闘病、良いね」
これでようやく薫の全力が出たのだと理解した佐須魔はボルテージを上げる、限界まで。もうこれ以上引き延ばしても良いことは無い、薫に優勢を取られるだけだ。
どんな術を使ってでも、どれだけ霊力を費やしてでも、ここで潰し切る。
「行こう、來花」
その瞬間被せられた結界の効力が発揮される。一瞬にして佐須魔の霊力量が上昇し、薫の霊力量が減ったように感じる。どうやら対象の霊力をまた他の対象に移す結界らしい。
これが面倒で仕方無い、薫は別に霊力に余裕がある訳ではない。というのも花月は物凄い勢いで霊力が減って行くし、霊やら術やらでも普通に減って行くからだ。正直引き延ばす事は出来なくなった。簡単に言えば佐須魔の土俵が出来上がった。
『妖術・上反射』
更に上反射を使用して状態を整える、そこで放つは最後の整え。
『肆式-弐条.両盡耿』
視界を塞ぎながら完全に有利が取れる位置に移動する。薫は下手に動けないので天照大御神で攻撃を防ぎ、迎撃態勢で待つしかないだろう。そうなれば霊が攻撃してくる事も無い。
霊力放出を無くして木の上に登った。夜の闇が乗じて恐らくバレないはずだ。霊力放出を無くしたので普段よりは早めに両盡耿が終わろうとする。それでバレる可能性もあるが、恐らく大丈夫だ。まだ軽度であろうが一応戦闘病を発症している、そこまで冷静に考えられないが理性を捨てる事も出来ない一番駄目な状態のはずだ。
「何呑気に登ってんだよ」
だが背後から一突き、心臓を貫かれた。全く気付けなかった、霊力感知は働かなかったし、気配も感じ取れなかった。それにおかしい、両盡耿をもろにくらいながら突っ込んで来る精神は今の薫には無いはずなのだ。それなのに当たり前のように裏を取って、冷静に刺して来た。
何のために、いやそれよりも気になるのは表情だ。光で遮られるまでは明らかに笑っていたのに、今はもう真顔なのだ。戦闘病はそんな簡単に克服出来るものではない、なので妥当な結論としては完璧に発症出来ず、元の状態と何ら変わらない、という所だろう。
だがそれも否定される、明らかに動きが速い。光が明けて距離を取る際先程までとは明らかに一線を画した動きをした。それは戦闘病の数少ない効力の一つだろう。となれば発症はしている。
もう答えはこれしかない、一瞬で克服した。
「克服したのか?僕や智鷹でさえ出来ないのに……こんな一瞬で…」
「戦闘病は感情の高まりを起因として精神を蝕んでいく。でもどうだ、身代わりがいるとしたら」
「……お前まさか…よくやるな、仲間に大して」
薫は紗里奈を身代わりにした。戦闘病の症状だけを肩代わりしてもらい、有益な影響だけは奪っていく。正に外道と言える、だがそれが最適解である事に違いは無い。
佐須魔はそれが出来ないのだ、魂を喰っても会話が出来ないから。会話は喰った対象から仕掛けるもの、基本恨み辛みや満足死した人物しか喰っていない佐須魔が出来るはずも無いのだ。
「数は正義なんだ、お前みたいに一人で戦おうとしない。だから俺は弱かったがここまでやってこれた。色んな奴らの力を借りて、ここまで追い詰めた」
更に燃え上がる神眼。このままではフィジカル勝負で負ける、だが身体強化は最大まで使っている。もう長期戦で霊力枯渇を狙う手も考慮すべきレベルだ。
だがそれは本当に最終手段、相打ち覚悟だ。出来れば生きて勝ちたい。既に対薫特化のカードは切ってしまったし、普通の手は通じないと考えるべきだ。
正直神話霊なども意味を成さないだろう。式神を出して対抗するのが最善策でしかない。
「させねぇよ」
『呪術・封』
だが手応えが無い。
「残念、この結界は呪の無効化も含まれている。その手は通じないよ」
「だからどうした、お前が不利な事に違いは無いだろ」
「そうだね。だからこうするのさ」
頭上の球体が霊力を発する。
『身体強化』
多大な霊力とのトレード、ただし有効、その強化。
「無理矢理やりやがったか…まぁでもそこまでしないと勝てないんだろ?もう俺の勝ちは決定的だ」
驕っている訳では無い、確かに薫の方が優勢で、ここから負けるのは相当な事が無ければ有り得ないからだ。だが佐須魔にはそんな"相当な事"が出来てしまう、何故ならニンゲンの域を超え、かつ薫に対して効く可能性が高い一手を隠し持っているから。もしかしたら通用しないかもしれない、なので死に際に使う。
「そうだろうね、厳しい事に違いは無い。だけど僕は負けないよ、絶対に」
互いに自信はある。どちらかが勝つのかはまだ分からない、だが薫の勝利を望む者の方が多いだろう。
『壱式-壱条.筅』
佐須魔の筅、薫は包まれたがすぐさま全方位に上反射を展開し防ぐ、だが佐須魔は筅を止めるつもりはないようで、更に攻撃を重ねて来る。
『妖術・水弾』
『玖什玖式-壱条.閃閃』
水弾と閃閃による攻撃。ほとんで意味が無いように感じるがそんな事は無い。まず水弾は薫の真上で弾けるようにしておき、水がかかったところに閃閃で電気を伝わせるのだ。そうすれば上反射は一瞬の無防備な状態を作り出す。そこで筅が刺さる、物凄い勢いで周り、削る。
薫は防げずにほんの一瞬だがくらってしまった。体中に切り傷が出来たがそこまで問題は無いように思える。あくまでプレッシャーのための攻撃にしか感じ取れない。
だが今の薫にそんな物は無意味、何故なら戦闘病を克服しながらも侵されているからだ。戦闘病に完全な克服は存在しない、あくまで共存している状態である。故に軽く凶暴化は発生するし、力も上がる。
元の戦闘病の効果が非常に高い薫だと軽い凶暴化でも他の能力者の通常発症程度の精神状態にはなってしまう。良くもあり、悪くもある。こういうプレッシャーをかけるだけの舐めた攻撃は実質無効化だからだ。
「圧では動じないか、ならこうしようかな」
《もう一回》
式神が出てくる。すぐに打を手に取って振りかざして来るが薫は全く動じない。ただガネーシャが前に出て、防ぐ。勢いを付けて拳を突き出す事で力と力がぶつかり合い、物凄い衝撃を放つと同時に相殺し合った。
だが次の一手は式神の方が少し速かった。そこで他の霊が助けに入る。速い白虎が飛び出し、間に入った。力自体は無いものの圧にはなるレベルだ。式神は白虎を叩くしかなくなり、一回分無駄になってしまう。
その隙にガネーシャが殴り掛かる。全てを破壊する力に触れた打、だが壊れない。それはガネーシャ如きの力では意味が無いのだ。
「ホントだりぃな、神の力」
「そう言う物だよ。でも君達だって使えたはずだ、槍。有効活用出来ないのは、持ち主の実力不足さ」
そんな事を言った直後であった。
「実力不足だと?それはこの俺に言っているのか?マモリビトを援助するために再誕した、この俺に」
首が刺される。槍、幻術すら使われていないただの槍状態。だが佐須魔は気付けなかった、既に死んでいると思っていたし、何より霊力放出が無かったから。
サルサはボロボロで死にかけだが何とか生きている。これは誤算だ、すぐにでも殺さなくては負けの手に繋がる。
「どんだけしぶといんだよ!!」
「肆式-弐条.両盡耿」
叫んだが何も発生しない。サルサは理解していた、何故なら自分でやったのだから。
「第七形態、零式と壱式以外の術式はそこに収納されている。それぐらい、俺でも分かる」
「…」
「そしてそれが分かるのなら、第七形態の位置だって分かる」
「クソ野郎が…」
「更に不意を突けるとなれば、外しはしないさ」
サルサがやった、第七形態を破壊した。
「よくやったサルサ!!後は俺がやる!!」
布都御魂剣 改を持って斬りかかる。ラー、ガネーシャ、ボロボロの白虎も同時に。サルサはろくに動ける状態でもないので軽く移動して少しでも被害を減らす行動に出る。
佐須魔は迫って来る薫達を対処せなければいけないのでサルサにまで手が回らない。ひとまず今は目の前の奴らを殺すのが先だ。そう思いながら壱式を放とうとする。
だが目の前に現れる、白い霊力。
「この剣は単純に斬る事を目的としてねぇ、だけどな、お前の意識と視界、思考を一時的にクソみたいなラインまで下げる事が出来る。それが強みだ」
次の瞬間ガネーシャの拳、白虎の牙、ラーの炎、布都御魂剣 改の斬撃を全てくらう。まず白虎に首元を噛みつかれ一番に対処するべき奴が強制的に決められる。その後に炎で視界を奪いながら呼吸を困難にし、ガネーシャが顔面目がけて殴り掛かる。
佐須魔は意地でも避けないといけないので転がるようにして逃げるだろう。そこを薫が仕留める。布都御魂剣 改を振り回す様にして振り被さった。
「これで!!」
その瞬間だった。転がる佐須魔の顔の前、そこに麻雀の牌が出現した。
「約束したからね…活かしてやるって」
揃った、白虎から引き抜いた牌によって。死ぬ直前、死んだ後、戦闘中、様々な所から引き抜いて来た
「絵梨花、サルサ、ケツァル、正円、兆波、香奈美、水葉、菊、アリス、來花、災厄、咲、そして薫。これだけ揃ってれば、充分だろ」
『ツモ』
その瞬間だった。生き残っているサルサとアリス、來花、災厄、薫の五人に向かうとんでもない衝撃と痛み。意識が飛ぶような感覚と共に発動帯に明らかな異常が生じたのが分かった。TISの三人は後々佐須魔が治すので問題は無いが、サルサと薫がマズイ。
サルサは意識を保つので精一杯だし、薫は一瞬気絶する程だった。まるで内臓全てが破壊され、血が逆流し、脳天をカチ割られるような感覚だった。
だがすぐに意識を取り戻す。能力は切れる前で、何とか霊達の圧力で攻撃はくらわなかった。
「でも隙を作るには充分だったろ?」
返答はない、それもそのはず、式神に言っているのだから。薫の背後から斬りかかった。避ける術は無いし、本人は焦りと痛みで気付いていない。
これで佐須魔の勝ちだ。
「結構面白かったよ、薫」
だがその時、背後から声がする。
「油断するでない、神よ」
絡新婦の声。サルサに続きまだ生きていたのかと感じながらも、振り返り、髭切で斬った。するとそこにいたのは小さな蜘蛛達の集合体、絡新婦本人ではなかった。
「真似たのか、しょうもない事しやがって」
再度薫の方に顔を向けた。動きが止まる、理解が追いつかなかった。
当然だろう。そこにあった景色は想像していたのは全く違う。薫の首は吹き飛んでおらず、式神の攻撃は押されている。だがそれは薫によってではない。
「折角忠告してくれたのによ、ちゃんと人の話は聞いとけよ、佐須魔」
聞き覚えのある声。その内来るだろうとは知っていたが、ここで来るとは思っていなかった。
「ラック!!」
絡新婦の子供達が渡したbrilliantを使って式神を押し返した。そいつは水色の髪に僅かな度しか入っていない眼鏡をかけている青年、ラック・ツルユだった。
「どうやって来たんだよ」
「俺の魂を受け止められるのはこの世に一人だ。感じて見ろよ」
霊力感知をする。
「…サルサか!!」
「そうだ。サルサの体を使った。まだ慣れないが、良い体だぜ。俺の体とそこまで変わらん」
体格などは全てラックと同じ様に矯正されているが、内に秘めているパワーはサルサと大体同じだ。
「クソがよ……最後の最後まで面倒だ……」
「悪いが俺はそういう男なんでな、まぁ楽しみにしてろよ。俺達との戦いを」
するとそこでラックは変な所に目線を向けた。
「ほら行くぞ蒿里、メンヘラも大概にしとけよ」
蒿里がいつの間にか結界内に入って来ていた。佐須魔が気付く前にラックが抱え込み、抵抗する間も与えずに唱える。紫の炎を灯しながら。
『瞬宵』
その瞬間ラック、薫、蒿里の三人がいなくなった。静かになった島に残るのは佐須魔の怒りだけだ。
「まぁ良い、僕らの勝利に揺るぎはない」
さてどうだろう。佐須魔は接戦故に気付かなかった、薫がまだ『月花』を使っていない事に。
ラックは知っていた、それがどう影響するのか。だがそれ以上に少しワクワクしていた、これから起こる戦闘に。
結果として薫は負けた、表面上では。だがまだ終わっていない、理解している奴は理解している、その事実に。
ラックは二人を連れて扉を開ける。
「久しぶりだな、お前ら」
再開、エスケープチーム。
第五百八話「負け」




