第五百七話
御伽学園戦闘病
第五百七話「致命傷」
両者の剣技は佐須魔がやや優勢程度、だが布都御魂剣 改の力と何かの能力が破壊されたという曖昧な懸念点が佐須魔を弱くする。
流石の佐須魔でも薫相手では妥協せざるを得ない場面が多々ある。恐らくその感情や行動は薫にしっかり伝わっているし、少しだがモチベーションにもなっているはずだ。
そろそろ差を付けないと本格的にまずい。だが弐式は使えないし、破壊された術を使おうとして隙を作り出してしまったら相当厳しい展開になるに違いない。
「でも僕はやるよ、信じてるから、自分自身を」
放つ、開口の一撃。
『壱式-弐条.白衝』
見せる、二つ目の壱式。だが薫には紗里奈がいる、禁忌を犯して百年近く生きて来たのだ、大半の術式は頭に入っているし使用可能なのだ。そうなれば強敵には有効な一桁式の術式を覚えていないはずがないだろう。紗里奈が知っているのなら当然、薫も知っている。
すぐさま対処を行う。この術にはある弱点があるのだ。まずこの術はその名の通り白い衝撃を放つ、その白い衝撃は実に七回も放たれ、周囲一帯の"能力者だけ"を対象として攻撃する。その威力は凄まじく二回もくらったら薫は死ぬレベル、一撃でも下手したら致命傷になる程だ。
それが七回、対処に専念しなければ基本死ぬ。その代わりちゃんとデメリットは存在している。それは消費霊力が異常に高いという所だ。両盡耿は130程度、筅は80程度、それに比べて白衝は250も持って行くのだ。故に雑には扱えないし、何なら悪あがきようの術とアリスが評価するような代物だ、正直使い勝手が悪すぎてほとんどの能力者には伝わっていない。
そんな白衝の対処法、それは砂塵王壁だ。
『人術・砂塵王壁』
大切なのはその構造にある。砂塵王壁は元々八懐骨列を完璧に防ぐために生徒会の皆と教師が協力して開発した人術、となれば当然二連撃は耐えられる技術を詰め込む必要がある。
皆で考えに考えた結果でた結論、それは『遅延』を応用してみる事だった。まず砂に耐久性を設け、壁にする。それに加えて遅延で実質的に常に壁が生成されるようにすればいつでも、どんな攻撃で崩れようとも防げるだろうという理屈だ。
最初は咲とファル以外上手く行くとは思っていなかったが、巧みな遅延と優衣が提案した霊力の動きによってたった数週間でそれは完成された。
そして砂塵王壁を薫の中で見ていた紗里奈は感じた、これは連撃系の術ならばどれも良い防御策になるのではないかと。それは薫も感じており、翔子や兆波などに協力を仰ぎ、他の術も耐えられないか検証した結果、出来た。
学園で術式を使える薫、ニア、菊の三人は白衝が使えないので絶対とは言えなかったが、恐らく出来るだろうと結論付けられた。
今ここで、それが正しかったかどうかが証明される、一か八かの妙案として。
「そんな砂如きで防げるとは…」
だが放たれる七回の衝撃を全て綺麗に受け止めた。驚く佐須魔をよそに薫は反撃を行う。
「これぐらいは教えてもらったら使えるんだよ、俺だって」
『肆式-弐条.両盡耿』
白い衝撃の後に満ちる光。佐須魔は視界を防がれたが問題無い、布都御魂剣 改で変な事をされない限り問題は無い筈なのだから。
だが次の瞬間、光の中に白い霊力が混じっているのが見えた。直後、背中が斬られる。即座に振り返りながら反撃を繰り出したが既にその場に薫はいない。
まだ仕掛けてくる可能性が高いので警戒は怠らずに対処法を考える。眼を瞑っても駄目、効力を発揮するまでは視認出来ない、発生源は恐らく刀身なので覆い隠したりするのも無理、普通の思考では絶対に対処は出来ないだろう。
「……そうだ、良い事思いついた」
どうやっても対処が出来ないのならこうするしかないだろう。
「何をだよ」
そう言いながら右手から斬りかかって来た薫に向けてある術を放つ。
『妖術・遠天』
ただの遠天、しかも発動帯を狙っている訳では無い。ならば何処を狙ったのか、右目だ。神眼が白く光を上げている右目を狙った。だが薫はすぐさま左手で弾き返し、そのまま殴り掛かった。
その行動を狙っていた。遠天はあくまでも一瞬、ほんの一瞬"見る"ための囮だ。刀身を見る為の。この剣には明らかにギアルではない別物の金属で構成されている。だが普通の鉄等だとも思えないし、かと言って見当が付くわけでも無い。そもそも式神にそんな憶測が通じると思わない方が良いのは分かっている。
確かめたかったのは霊力の吸収力や切れ味、他諸々の単調な情報なんかではない。佐須魔が求めていたのは"腕の動かし具合"である。薫の剣術は既に無銘である程度分かっている、そして腕の動かし方なども感覚で憶えているのだ。
何故そんな事をするのかと言うと重さを大体で良いから知りたかった。鍔迫り合いをしている間はそこまで気が回らないし、何より重いかどうかはとある戦術を使う時に良い情報になるのだ。
「でも分かったよ、その動かし方で。どれだけ薫の筋力が強かろうがそれの重さには耐えられないはずだ」
佐須魔の笑みと共に、短い詠唱が始まった。
『参什壱式-壱条.三也』
数少ない実質的にロッドが作っていない術式。ある強い能力者が作った術をそのまま応用、形にしたものだ。
効果は分かりやすく、ある特定の物体の重力を増加させる。対象は勿論布都御魂剣 改、元の重さが結構なものなので持っているだけでもキツイ重さになってしまった。
だが薫は顔色一つ変えずに上手く持ち上げる。両手を使わなくてはいけなくなったが、大して重く受け手めていないようだ。それがおかしいと感じた佐須魔は一旦距離を取って状況を整理する。
「……」
そこでとある事に気付いた。整理した事とはほとんど関係の無い気付きなのだが、おかしいのだ。少し冷静になって考えれば気付けるような事を、長期戦に突入した今頃になって気に留めた。
覚醒が重複している。
強覚醒である花月と、菫眼の先である神眼が同時に発動しているのだ。それはおかしい、佐須魔は強覚醒を持っていないので來花に聞いた話ではあるが、重複は理論上絶対に出来ないはずである。
だが目の前にいる男はそれを可能としている。ようやく勘付いた、それがずっと気になっていた違和感の正体だったのだと。
「単純な神眼の効果と、花月による特殊な力を得られる……まぁそれも…」
「花月の効果だ。お前が思っている通り覚醒の重複が可能になっている。ただしこれにはデメリットもある。ニンゲンでない生命体が花月の範囲にいる時のみ可能だ」
「僕専用の強覚醒ってのはそういう事なんだ」
「まぁな、でも侮るなよ、こんなもんじゃないぞ」
どうやらまだ何かあるようだ。だが佐須魔にとってはもうどうでも良い、これで終わるのだから。強覚醒と覚醒が重複している状態、それ即ち戦闘病の促進も倍程度にはなっているのだろう。
戦闘病を完全に発症すると制御するのは難しい、だが薫ならそれもやってのけるだろう。ある意味信頼を置いている点でもある。だが敵同士、利用するに決まっている。
「良いね、面白い。でも一つ言っておくけど、僕は協力するよ、仲間と」
次の瞬間結界が破壊された。いや違う、結界の内部に新たな結界が形成されたのだ。
「なんだよこれ…」
だがすぐに気付く、それはシウの結界術とはまた違う別の物だ。記憶が引っ張り出される。咲が言っていた、旧櫻家の裏山にある祠、結界に守れているあの場所。そこにある結界と同じ物なのだろう。そうなると來花が干渉している事は間違いない、通知を見る程の余裕が無いので正確には分からないが乾枝も負けたのだろうと予測出来る。
遂には一人になってしまった。薫がここで負けたら学園側は一気に不利になる。エスケープだけではやりきれるとは思えない。そう思うと薫の意志は高まって行く。
土壇場で高まる意志、何が起こるか理解はしていたはずだ。だが発動しなかれば、克服しなければ勝てない領域にまで踏み込んでしまっている。
「やるしかねぇよな…佐須魔…」
無理矢理に高めた感情でも発症はするものだ、御伽学園戦闘病は。
薫の口角が少し上がった。
第五百七話「致命傷」




