第五百四話
御伽学園戦闘病
第五百四話「暴露」
無銘を手にした薫は水葉が死んだ事実を突き付けられ、更に心が痛む。だがそれ以上に目の前にいる怪物を殺す事に意識が持って行かれた。もう生かしてはおけない、今日ここで殺す。そして自分自身の弱さと向き合ってこれからの世界を変えていく。そう心に誓い、動き出す。
一瞬して佐須魔の元に辿り着き、斬りかかった。だが背後から式神が打を使って攻撃を仕掛けてくる。
『妖術・上反射』
霊は出していないはずだが当たり前のように使った。
「早いぞ、降霊」
何を降霊しているかまでは分からないが少なくとも降霊を行っており、妖術が使えるようになっている。そして恐らくそいつは強い、式神の攻撃を完全に弾き返した。
だが式神の攻撃は止まず、何度も何度も殺意を籠めた一撃を振りかざして来る。だが薫は構わず佐須魔本体を潰そうとする。そんな本人は髭切で受け流している。
剣術だけで言えば薫が上手だろうが状況が状況、むやみやたらと仕掛けるのも良くないのだ。
「慎重だな薫。怖いか?」
煽って来るが乗らない。
「今の俺とお前じゃ差が大きすぎる……だから丁寧に、一つずつ潰すんだよ」
次の瞬間薫の刃が佐須魔の刃を華麗にすり抜け、喉に刺さった。だがどうしても一撃で潰す事は出来ず、一部の雑魚霊が収納されている所を破壊出来た。
どうやら薫の発動帯と構造自体は同じようだ。量によるズレを考慮するとそんな結果が出てくる。となれば大切であろう式神、術式辺りは中央から少し右にズレたら辺にあるはずだ。
「構造自体は同じか…まぁそうだよな、同じ能力だもんな」
「そうだな。当たり前だ。だけど単純に持ってる数が違う。この能力は能力や霊を吸収していく程に発動帯のサイズが変わる。薫と僕じゃ相当な差があるだろ?分かるかな、何処に大切な能力仕舞ってるのか」
「分かる。今の一撃で大体感じ取った」
血を払い、考える。本当に場所は分かっており、目星はついている。だが単純に刃を通させてくれるとも思えないし、増援だって来るはずだ。そうなると一気に劣勢になるのでそこまで時間もかけられない。
依然厳しい展開であることに間違いはない。だがこれが決まれば何とか、今は少しでも優勢になりたいのだ。
『弐式-弐条.封包翠嵌』
式神の撤退、それさえ出来れば自由に戦えるのだ。そしてこれにはそれなりにリソースを割いても問題は無い。なので使う、結界を。
「駄目だ、させない」
能力使用不可の結界、そして多量に霊力を消費する事で更に高度な追加効果を発生させる。対象は佐須魔のみである。故に薫の封包翠嵌はそのまま使えるし、佐須魔は対策を能力ではない何かで行う必要がある。
だがそれが実質的に不可能だと言う事を佐須魔は知ってる、使用者だったからだ。諦めるしかない。またすぐ出せば良いだけの話だ。そこまで大きな痛手でもないはずだ。
そんな事を考えていた。だが普通に考えてやらないはずがないだろう、その後の対策を。あの薫が。
『呪術・封』
能力状態の保管、五分間程度の実質的な能力使用不可能宣言。佐須魔はハッとしてすぐにゲートから武具を出そうとするがそもそも武具が出ない。今あるのは式神が落として行った打が少し遠方、手元には髭切しかない。これだけで薫の猛攻を約五分いなせるとは思えない。何か別の手が必須だ。
すぐさま頭を回し考えようとするが時間が無い。猶予を与えまいとする薫が距離を詰めて来た。そしてそのまま無銘で殴りかかる。無銘はそこまで長い刀では無いので髭切とのタイマンならばリーチで負けている。なのでガンガン詰めて来るのだろう。
逆に言えば距離を上手く取れれば何とかなるのだが、身体強化すら無い状態で薫を突き放すなんてとてもじゃないが考えられない。逃げること自体は出来るが、有利な状況に持ち込むのは無理だろう。
「まぁ仕方無いか」
すぐに逃げ出そうとしたが先程の能力不使用結界とはまた別に、脱出不可の結界を作ってある。こうすれば一気に薫は有利になる。
この状況下で全てが終わるとは思えない。五分以上の長期戦になるのは目に見えているが、それでも出来ればここで削り切ってしまいたい。まずは残り七個になった零式の復活用残機を全て潰す必要がある。
だが七回殺すというのは結構難しい事であり、色々と考える必要がある。ただしやる事は結局集束するのだ。広域化で範囲を結界内全域に変更し、放つ。
『戦』
物凄い衝撃。何か体を守ってくれる物が無い状態の佐須魔にとってそれは途轍もない痛みであった。今ここで死ぬかもしれない、そんな風に思い込んでしまうレベルの激痛。体が粉々になったかと勘違いしてしまう程だった。
だが何とか耐え切る。七回分の死亡を経て。遂に残機が消えた。もう死ぬ事は許されない。だが佐須魔も安心している。何故なら薫が大して本気を出していない事が分かったから。というのも戦をくらってまともに動けない状態ならば更に術を重ね掛けしてそのまま殺し切れば良かったのだ。
それをしなかったのには明確な理由がある。佐須魔は薫に負けないと信じている。それはこの大きすぎる理由が今も尚存在し、生きているからだ。
「やっぱり出来なかったね、お兄ちゃん」
嘲笑うような笑みを浮かべながら煽る。だが薫は動じない。確かに昔の記憶が蘇って少し躊躇ったのは事実だが優勢であることに違いは無い、このまま押し切ってしまえば良いのだ。
「まぁな、確かに躊躇った。だけどもう大丈夫だ。ここで殺させてもらう」
覚悟は決まった。こんな奴に情けをかけようとしたのが間違いなのだ。何万人も殺し、悲しませて来たこの怪物の命を、ここで終わらせる。最初の頃に止められなかった自分自身の過ちと信じて。
大きく振りかざし、降ろす。躊躇などしない。これで終わりだ。誰もがそう信じていた。観戦している者も、外の世界の者も、工場地帯で見ている一般住人達も。
だがそうはならなかった。全ての基盤をひっくり返す大きな揺れが今、発生する。佐須魔の一言、薫の根底、魂が揺らぐ言葉。
「殺したの、僕じゃないよ」
ピタリと刀が止まる。
「……は?」
「だから、僕らの肉親を殺したの、僕じゃないよ」
「……え?」
「あの日薫が見た光景、確かにあれは僕が殺したように見えて何らおかしくない。だけど考えなかったのか?家族が殺された後に僕が駆け付けたってパターン」
「だけどお前は確かに笑って……」
思い出される記憶。あの日佐須魔は家族の死体の前で血だらけになりながら立ち尽くしていた。そして異変に気付きすぐさま駆け寄った薫の方を見て嫌な笑みを浮かべたはずだ。
確かにこの記憶に間違いは無いし、佐須魔も正すつもりは無い様に見える。なら何故、誰が殺したのか。
「家族の惨殺死体を見た小学生低学年程の男児…戦闘病発症にまで至る程の感情の暴走、どう思う?」
理解した。その言葉に嘘が混じっていないのであれば、本当に大罪を背負った事になる。
同じく被害者であったはずの佐須魔を勝手に犯人だと決めつけて突き放し、そのまま放っていた。その後は詳細も聞かずに敵対。それも最後の家族にやられた行動となれば、物凄い事だろう。
薫は再度絶望したような顔をした後、問いかけた。
「お前は…殺してないんだな?」
「勿論。何で僕が殺す必要があるんだよ」
顔面を片手で覆うようにして隠し、笑い出す。涙が混じっている様な声色で笑い続ける。佐須魔はそれをただ眺めていた、何の感情も湧かないそんな状況をボーっと眺めるだけだ。
そして十秒が経過した時だった。プツっと薫の笑いが途切れる。そして無表情のまま、一度顔を上げ佐須魔を確認した後に俯く。そしてボソボソと何か呟き始めた。
「何て言ってんだよ」
何とか耳を澄ませば、ようやく小さく聞こえてくる。
「だけどよ……もう……変えられないよな……」
少し顔を上げた薫の眼に映るのは殺意だ。
「もう、関係ない」
理由なんてどうでも良い。ただ佐須魔を殺す、そうしなくては、取り返しがつかないのだから。
いや既に取り返しなどついていない。ただただ苦しみから逃れる為、罪を佐須魔に移す為、やるのだ。
「やろう紗里奈……もう……散々だ」
『花月』
第五百四話「暴露」




