第五百三話
御伽学園戦闘病
第五百三話「戦」
『戦』、それは斬、打、突、波。そう神の力を具現化した技、術と言うにはあまりにも簡素で、習得が難しく、人間が扱っていいような物ではない。
だが二人は放った。佐須魔はまだしも崎田が撃てる理由は少し特殊な過程が存在している。今現在ろくにこの技が使えるのは三人、佐須魔、薫、崎田のみ。
そして薫が崎田に教えた。出来れば学園内にいる全員に教えておきたかったが単純に適正者が少なすぎたので崎田にしか教えられなかった。
習得するのに掛かった期間は実に二年、空白の期間に被せる様にして覚えて来た。実に難しい訓練だったが何とか習得する事が出来た。
「使えるんだ!流石だね、ほんと!」
「薫先輩が教えてくれた!!」
物凄い斬撃や殴打、波動に揉まれながらも二人は楽し気に会話する。思っていた以上に素晴らしい対戦相手だったと気付いた佐須魔はもっともっと気分が高揚し、結構最高潮レベルになっていた。
だが戦の効力は大して変化しない。何故ならこれは能力では無いからだ。神の力も同じであるがこれは能力ではない。神の力を具現化しただけの"力"なのだ。
「この技は発動者の変化による効力の変動は無い。だからこそ好きなんだ、これが使えるだけで最低限の力が発揮出来る。僕は好むよ、君みたいな相手に使うと面白いからね!!」
「結構分かるよその気持ち!!私もこの技好きだもん!」
二人はどんどん傷だらけになっていく。本来物凄い痛みを感じているはずなのだが、普通に会話している。これは神の力であり、対処など出来ない攻撃。故に両者が最善手として出して来たのだ。薫も同じ様に戦を使って攻撃するだろう。
そして発動から三十秒が経過したその時、攻撃が止まった。効果時間が終わった訳では無い、攻撃が終わったのだ。崎田の体が動かなくなった。これにて勝利、佐須魔の手に。
「まぁ無理だよね、単純に僕の方が耐久力が高いからね」
声も出せずただうな垂れている。生気も無いが何とか生きながらえている。物凄い傷を負いながら、その場に倒れている。だがこれで良いのだ、元々の作戦は佐須魔を殺す事ではない、経闇暗の解除だ。
そしてそれは達成される。二人の支援によって。
「まぁでも、ちょっとやらかしちゃったかな」
佐須魔は理解していた。既に解除は決まっていると。
展開される結界。効果は単純、可視かつ脱出不可能、能力を通さない物となっている。そして本命は蟲である。烙花蟲の霊力吸収で良い。霊力放出を無くせば能力は解除されるので烙花蟲だけで解決する。ほんの一瞬でも解ければ問題は解決なのだ。
現れる三匹の烙花蟲、瞬時に佐須魔の霊力を吸い込み、炎を放った。当然避けられないし、何より能力が一瞬解かされた。その瞬間経闇暗があった場所から物凄い霊力を感じ取る。
どうやら誰も死んでいない様子だ。
「さて、乾枝は……大丈夫かな」
霊力感知だけで分かるが恐らく大丈夫だろう。
とりあえず今から襲って来るであろう他の奴らの対策を考えるべきだ。もう経闇暗が通用するとは思えないし、まだ見せていない壱式を見せても良いがまだ早い気がする。これは万が一薫が戦闘の意思を取り戻した場合に使うべきだ。
「さてどうしようかなー」
呑気にもそう独り言を口にしたその時だった。時が止まった様な感覚を覚えた。まるでリイカの能力を知覚した時のような感覚。それが一体何なのか、理解が出来ない。だが逆に、その"分からない"という事象によって辿り着く、それの正体。
少なくとも実体は無かったように感じるし、一つは効果が違う、一つは佐須魔が、もう一つはサルサが持っている。となれば導き出される答え、波だ。
振り向きながら拳を突き出したが、そこにいたのは口元に何か変な物体を取り付けた絡新婦がいるだけだった。そう、いるだけだった。
拳はすり抜ける、蜘蛛の見た目なので絶対に当たっているのだがすり抜ける。それが幻覚か何かだと気付いた頃にはもう遅い、体が動かないのと同時に、視界に一人の男が飛び込んでくる。
「よくやった絡新婦、これで決まりだ」
槍を持ったサルサ、そして上反射、反射の二つを使って絶対に攻撃を通さまいと防御しているリヨン。佐須魔は視認出来ているもののそれが敵だと言う所まで思考が進んでおらず、硬直しか出来なかった。
だがその直後、首が吹き飛ばされる様な感覚を覚えた。それと同時に感じるのは紛れも無い死の感覚。零式の生き返りの際毎度毎度感じていたはずだが、それはほんの一瞬だった。
流石に分かる、感覚がおかしくなっているのだと。まるでスローにでもなっているようだ。そんな事を思うにも数倍の時間を要する。
「波の力は単純な攻撃性能には無い、私の様な霊、または非力な人間が使うための力。弱者を表す武器じゃ。口元、鼻でも良い。呼吸器官のすぐ傍に置いておく事でその効果は発揮される。
対象の認知速度、思考速度、反射速度など全てにおいての反応を鈍くさせる。他の三つに比べるとショボいがまぁ……そんな所じゃ。死ぬ間際、前大会の前日にラックが来て教えてくれた。私でも使えるだろうと、きっと役に立つだろうと
「そうだな、あいつはそうやって先を見据えながらも、現実逃避をするような馬鹿だった」
「あぁそうだった。故に私は気に入っていた。心に決めた娘がいたせいで子が作れなかったが唯一の欠点ではあったが……それもあやつの良さだった。本当に懐かしいのう。
分かるか?佐須魔、私達はこうして今も、恩恵を得ているのじゃ」
サルサが何度も何度も首を跳ね飛ばす。そろそろ残機が減って来た。これではこのまま殺されてもおかしくはない。すぐにでも対策が必要だがこの状態でサルサと絡新婦に通じる術があるとは思えない。何か物凄い一手が無いか考えるがそれが非常に時間を取る。だが思いついた。面白い一手。残機をたった七個になるまで放置したという失態は残したが、充分過ぎる成果であろう。これでサルサ・リベッチオ及びリヨン、絡新婦の三匹を殺す事が出来る。
《やれ》
飛び出した式神、その場の雰囲気が変わると共に式神が軽い笑みを零した。その瞬間、絡新婦の首が飛んだ。そして驚く間もなくサルサの首も飛ぶ。
その式神の手には紛れも無い本物の打が握られていた。神の模倣に神に力を持たせる。少し考えれば思いつきそうな案だが式神と神を切り離して考えていた佐須魔には今際でしか思いつかない案であった。
ただし成功した。決定的な一手、暴走にも近しく暴れ回るだろう、この式神は。止める術は先程の経闇暗のようにして能力自体を停止させる他ないだろう。だが同じ手をくらう佐須魔でもない。
遠方から駆け付けた薫、絵梨花、ケツァルはその惨状に冷や汗を浮かべた。こう考える、とてもじゃないが勝てる相手では無いと。
「……なぁ二人共、聞いてくれよ。良い事…思いついたぜ」
こうするしかないのだ。
「何だ、早く言え」
「全員死のう。佐須魔に殺されよう。乾枝も死ぬ気で戦ってるからそう時間も経たずにやられるだろう、増援も来るだろうしな。そうすれば残るのは一人になるはずだ……」
「…やるのね」
「そうだ。もうつべこべ言っていられる状況じゃなくなった。最初からこうするのが最適解だったのかもしれないが…まぁこんな大事な場面で賭けるのはあんまり好みじゃないからな。
だから半ば詰みかけてるこの場面でやるんだ。良いな?」
二人に異論は無かった。というよりも思いつかなかった。そうするしか勝ち目はない。まるで命が道具の様に扱われているのだがもう仕方無い。
そんな現実を見せつけなくてはもう動けないだろう。背中を押して、落とすのだ、この現実へと。たった一人の男を。
「そんじゃ私、行って来る」
絵梨花の何とも言えない辛そうな笑顔を見た直後、首が飛んだ。そして次はケツァルだ。
「仕方無いな……残しはしたし、死んでもまだやる事はある。先に逝く」
次の瞬間ケツァルの首も飛んだ。死亡通知など確認する暇は無い。
ただただ突き付けられる地獄に呆然としていた。
顔つきが違う。
情けなく泣き出しそうな顔をして立っている。
それに気付いた佐須魔は話しかけた。
「酷いね、まるで地獄に引きずり込まれたようだ。ここで死にたいのなら、そうして止まってなよ。薫」
紗里奈は引っ込んだ。何が何でも薫を動かせようと決めたのだ。『花月』を使わなければ、もう勝ち目はない。だが『花月』さえ使えれば皆がここに残した"物"で戦える。充分に、佐須魔を殺す手は揃っている。
あとは薫の気だけ。
だが薫は動けなかった。もう体が動かせなかった。ただただ皆の死体を眺める事しか出来なかった。感情すら無い様にも感じた。まるで闇だった。
ただ闇があればそこには必ず、光も訪れる。
『さっさとやれや!!死ぬで!!』
礁蔽の声。『阿吽』だ。まるで突き放すような言葉だったが、今ここが、自分が立っているのが戦場だと再確認するにはとても良い言葉だった。
ゆっくりと前を向き、佐須魔を見る。
「良いよ、やろう」
勝ち目は無いかもしれない。だがやらないよりかはマシだ。怒りをぶつけるだけでも良い、ただ、戦おう。
「やってやるよ、佐須魔」
手にしたのは何の変哲も無い刀だった。名前は無い。無銘。ただし佐須魔はそれが元々誰の物かを知っていた。水葉の刀だ。
「全身全霊で、お前を潰させてもらう」
完全とは言えないだろう。ただしこう記すには充分だ。
華方 薫、復活。
第五百三話「戦」




