第五百一話
御伽学園戦闘病
第五百一話「経闇暗」
それはただ暗闇な訳では無い、皆の心を書き換え闇。一時的な結界、または子世界のような空間を作り出す術。何故これを初代ロッドが作ったのか、ほとんどの術には最低限の解釈があるのだがこの術は何も無い。
ただただ闇を作りたかったのか、霊の実験用だったのか、それとも錯乱専用の術なのか、今となっては当の本人以外誰も分からない。だが言える事は一つ、この術は非常に凶悪であると言う事だけ。
「……これは何だ?」
サルサが呟いた。やはりと言うべきか他の者も皆同じでどういう状況なのか理解できていないと言う様子だった。皆混乱しながらもやるべきことは理解している。
早速戦闘を始めた。まずはサルサがリヨンと共に薫を狙う。薫は身体強化を全力で使ってサルサを迎え撃つ。そしてそれに乗じるようにして絵梨花が空気爆発による漁夫の利を狙おうとしている。
「そう簡単にはやられない」
「俺とリヨンはこんな若造に負ける程やわな訓練は受けていない」
槍を使用し物凄い戦闘を繰り広げる。薫も全力でサルサを殺す為に動く、まるで鬼人のようにして。流石ロッドの中で初代に最も近い価値観と才能を持った元姫である。
二人が人間離れの戦闘を繰り広げる中、ケツァルじゃ漁夫を狙っている絵梨花を何とか殺せないか頭を回している。ケツァルは単純な力だけで言うとそこまで強くない、だが人術を習得して来たし、何よりもケツァルコアトルがいる。
こいつは特殊な力こそ持っていないが忠誠心が高く、スピードは結構出る。乱戦状態ならば活躍の方向性は幾らでもあるはずだ。霊が全力を出すにはまた他の霊か主の協力が必須、そしてケツァル本人はその事を知っている。
それに何かあればシウに協力を仰げば良いのだ。子孫であるが故に少し優遇してくれるだろう。
「残念、そう言う隠密は私が一番得意なんですよね」
唐突に現れる乾枝。ケツァルの首が絞められる。隠密を使った不意打ち、意識的に注意していないと分からない。
「クソ…!」
「単純な戦闘力で言えば貴女が勝ちますが、こういう絡め手も含めて良いのなら私に軍配が上がる!」
「いいやそれは違うな、私はそんな力もろくに持っていない様な男に負ける程弱くは無い」
次の瞬間背後に立っていた乾枝を攫う様にしてケツァルコアトルが突っ込んで来た。避ける術を持たない乾枝は成されるがまま吹っ飛ばされ、結構痛い傷を貰う事となった。
だがまだ戦える、これぐらい何の問題でも無い。すぐに隠密で離脱しようとしたが許されない。それは遠方から見ていた絵梨花からの遠距離攻撃だった。
「流石にヤバいからな、こっちとしても早めに処理しておきたいんだ」
空気爆発によってまたも吹っ飛ばされる。今度は痛みが激しく、肋骨が何本か折れたり割れたりした気がする。勢い付いているのでこのまま逃げ出そう。
そうしてある部分を抜けた瞬間、乾枝に混乱がもたらされる。
「私は何を……」
まるで今していた事が夢だったかのような感覚に襲われる。そしてすぐ前には黒い結界のようなものが張られている。これが原因だとすぐに理解した乾枝はどうにかして破壊出来ないか試してみるがすり抜けてしまう、破壊不可能としか考えられない。
だがこれは明らかに誰かの術、おかしくなる寸前の記憶からして佐須魔の経闇暗とかいう術式だろう。なので呪・封などを使って能力を封じる事が出来れば解除出来るはずだ。
ただし一つ大きな問題がある。乾枝一人でどうにか出来る事態ではないと言う事だ。そもそも乾枝は負傷者であり、万全状態での戦闘が出来ない。こんな様で佐須魔と戦ってみてもボコボコにされておしまいだ。
誰かの協力が必要だが経闇暗内にいる奴らしか分からない。強いて言えば絡新婦だがあいつは別の所で行動しているので無暗には動かせない。
「クソ……どうしたら……」
乾枝が必死になって考えていると肩をポンと叩かれた。TISだと思い途轍もない勢いで振り向いたが、そこにいたのはボロボロの崎田だった。
「何かヤバイですよね…?」
どうやら崎田は範囲外にいたらしい。
「あぁ、皆が争っている。私も吹っ飛ばされてこれから出てくるまでは戦闘をしていた。精神が書き換えられるような感じだった……早く対処しないと手遅れになる可能性がある……サルサと薫が戦っている」
「えぇ!?それはヤバイ!!早く対処しなきゃー!!」
焦りながら思考を巡らせている崎田を見て分かる、霊力がほとんどない。こんな状況なのにも関わらず霊力補給チョコを食わないのにはそれなりに理由があるのだろう。
「霊力は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、私の霊力発動帯ほとんど壊れちゃったので!」
「……え?いやいや何処も良くない…」
「違いますよ。壊れたって事は治すという選択肢が生まれるわけです!壊れてないのに治そうとは思わないでしょ?私結構ケチだから」
「いやまぁ…そうかな…」
「とりあえず残ってる僅かな霊力使って発動帯作ります!!」
「分かった」
崎田は宣言通り能力発動帯を作り出した。すると霊力が物凄い勢いで回復していき、あっとう言う間にマックスになった。どうやら少し改造した発動帯を作り、適合したらしい。結構難しいはずなのだがまるで当たり前かのようにしてやりのけた、流石天才だ。
そう感心していた乾枝だったが崎田は早速行動を開始している。絡新婦の協力は仰げないのでシウとエリの支援を求める。二人の協力があれば一時的に佐須魔の能力を使用不可能にする事は出来るだろう。
だがそれには相当なリソースを割く必要があり、今後の戦闘に影響が出るかもしれないと乾枝は作戦を練り直そうとする。
「でもここで皆死んだら意味ないですよ!だからここで全力出して解除した、あとは範囲内で戦ってる皆に任せるんですよ!私達はいつもそうやって生き残って来たんですから!」
「……だが失敗したら……」
「こんな窮地だったらどんな方法使ってもミスった時点で負けですよ!ほらほらさっさと生きましょう!」
崎田は乾枝の手を引っ張って走り出す。そう時間もかけられない、出来る限りの最速で経闇暗を解かせるミッション。これが失敗したら後はエスケープに託すしかないが、相当厳しいだろう。なのでこれが失敗したら学園の負け、ぐらいの意気込みで挑むのだ。
たった二人と支援二人、計四人による奮闘。佐須魔は当然察知していた。それだけではなく、仲間を集めていた。経闇暗、中央かsら少し離れた場所で佐須魔、來花、原の三人が集合している。素戔嗚やアリスはまだだがそれでも充分過ぎる戦力にはなった。実質的に対処すべきなのは二人、両者サポート寄りの能力、絶対に勝てる。
「少なくとも僕らが負ける事は無いだろう。経闇暗は解除させない。絶対に」
薫とサルサさえ何とか出来れば勝ったも同然、エスケープもこの人数がいれば勝てるだろう。このまま突き進む、革命の日まで。
「だがどうやって解除させるんだ?結界か何かを使うのか?」
乾枝の疑問。二人は経闇暗から距離を取って作戦を立てていた。たった二分程しか考えていないにも関わらず崎田は作戦を完璧に立ち上げた。そして今ここで説明する。
「少しでも間違えたらこれは実行出来ないので良く聞いてください」
一息おいて、周囲に誰もいない事を確認してから話し始めた。
「まず相手もそれなりに警戒はしてくると思うんですよね…なので私達は普通に乗り込みます、霊力放出無くして忍び込もうとしたけど目視で見つけられて対処出来ずに死んだら意味無いので。
そして戦います。霊力感知の結果中央には佐須魔、來花、原の三人がいるので何とかして取り巻き二人を何処かに飛ばします。それさえ出来ればあとはこちらのものです」
「いや、ここからが本番だろ」
「半分正解、半分間違いです」
「というと?」
「正確には"私"が本番です。この特殊発動帯によって生み出される大量の霊力を使って未知の物体を作り上げます。ここで言うのは控えますが……まぁそれが作り出せた時点で私達の勝ちです。そして支援二人にはこの本番からサポートしてもらいます」
既に『阿吽』で連絡は取ってあるので大丈夫だ。
「何か気になる事はあります?」
「いや、無いな。そもそも私に出来る事は戦って崎田を助けるだけだからな」
「そうですね!……あ、後一つ言っておきますね」
崎田は屈んでいる状態から立ち上がり、月夜の光に照らされながら自身満々に言い放った。
「このミッションで私が生き残る確立はゼロなので、皆によろしく言っておいてください!現代の英雄は大井 崎田だ、って」
この時乾枝が感じた威圧感の正体はそう時間が経たぬ内に判明する。崎田の内に秘められて来たその異常性と天才の素質が今日この島で解き放たれる。正に狂人と言うべき戦闘病患者の、才能全てが。
第五百一話「経闇暗」




