第四百九十三話
御伽学園戦闘病
第四百九十三話「最強と最強」
神眼を発現し智鷹の首を切り落とした。蜘蛛切を手にした薫の目は酷く冷たかった。智鷹に向けているわけでも無い、現在主導権は薫にあって薫に無いのだ。もっと詳しく言うとガネーシャが一時的に動かしている状況である。
何故か、それは本人が話しているからだ、中にいる紗里奈と。
「……」
「何か言ったらどうなの」
薫は頭を抱え、何も言おうとしない。そんな情けない姿を見た紗里奈は大きく溜息をつき、訊ねる。
「そんな事しててもどうしようも無いでしょ?早く体動かしなさいよ…そもそもなんで急にガネーシャ降霊して動かなくなったのよ」
「……」
すると薫はポツリと答えた。
「無かった…」
「何が?」
「二人の魂が…」
理解する。
「あんたにとっては酷い言葉かもしれないけど、過ぎた事よ。守れなかったのは薫のせいじゃない、それよりも死んだ二人を踏み台にしてでも殺すべきでしょ、佐須魔を」
「知ってる、そんぐらい。分かってる、それが役目だって事も……だけど辛い……俺のせいであの二人が死んだのが……あいつらを守るために付けたはずの力を使えず、死んだ……完全死だ……全部馬鹿馬鹿しく感じてくる……無駄だったのかって、あの特訓は…」
「二人が死んで悲しいのはまぁ分かる。だけどちゃんと考えなさい、あんたは佐須魔を殺す事で皆を守るって決めた、だから強覚醒を対佐須魔用に作り上げた。それって佐須魔を殺さないと意味がないじゃない。
それに薫が守るべき子達はまだいる、兵助だってそう、絵梨花だって生きてるし、生徒達だってまだいる。工場地帯で不安でも待ってる子達もいる、どうすべきなのかぐらい分かるでしょ?ほら、立っ…」
手を引き、無理にでも立ち上がらせようとする。だが薫の表情を見た瞬間紗里奈は手を放した。呆れた訳じゃない、放すしか無かった。
こんな顔をしているのは初めて見たのだ。絶望ではない、まるで壊れた人のようにブツブツと自分を責めているのだ。反省点を事細かに口にしている。
だが良く聞くと引っかかる点がある。最終的に行きつくのは佐須魔の事だろう、それなのに全く触れていないのだ、その事に関してだけ。
「もしかしてさ、まだ佐須魔を説得出来るとか考えてないよね」
薫の独り言がぷつりと止まる。その瞬間紗里奈は薫を蹴り飛ばした。そして怒りを露わにする。
「あんだけ沢山の子を犠牲にして、踏み台にしてようやく喉元くらいついたって所なのに、あんたは何考えてんの!?もうそんな段階はとっくに抜けてる!!神を殺すの私達は!!佐須魔との戦闘ならあんたが一番強いでしょ、絵梨花よりも!
ちゃんとしてよ!そうじゃなきゃ皆死ぬの!!あんたのせいで!翔子と兆波だけじゃなく、能力者とか関係なく!全員!!」
胸ぐらを掴み、無理矢理にでも経たせる。すると薫は目を閉じ今にも泣き出しそうな声色で訊ねた。
「佐須魔を殺した所で何も変わんねぇんだよ……百年前アイトと英雄達はTISと同じ事を考えてた……変わらねぇんだよ……強い奴ら、真理に辿り着いた奴らは皆揃えて革命を起こそうとする……俺らは間違ってるんだ……外の世界の正義を信じて、外の世界の奴らの為に戦ってる……ただの馬鹿なんだよ……」
紗里奈は一発ぶん殴った。
「そんな事言う奴だなんて思ってなかった、馬鹿はあんただよ薫。頭冷やす時間なんてない、嫌でも戦うの、佐須魔と。そして殺す、そうじゃなきゃ私は…いやこの世の大半の人間があんたを恨み、許さないよ」
「知るかよ……何でお前らは全員いっつも俺の気持ちを無視すんだよ……」
紗里奈の殴る手が止まる。思い返してみた、今までの言動を。
「……確かに薫の気持ちは無視して来た。だけどそれは佐須魔に情が湧いてる可能性があるから、そうだった場合…」
「勝手に決めつけんなよ、こっちだってどんな思いで…弟殺す為に力付けるのがどんな気持ちなのか分かるか?分からねぇだろうな、禁忌おかして寿命伸ばすような馬鹿野郎には」
何も言い返さない。紗里奈は初代と同じ方法を使って寿命を伸ばしていた、それは変えようの無い事実なのだ。故に何も言い返せない。
「だからってグダグダ言っている時間は無いでしょ」
「そうだな…でもこれは絵梨花でも出来るだろ……サルサもいるし、ケツァルと正円もいる……それにラックが来てるらしい……もう俺が戦わなくたって、充分だろ」
確かに充分だ、だがトラブルや佐須魔に急激な変化が起こらないとも限らない。不測の事態に備えて薫が戦い、出来るならここで仕留めるべきなのだ。
そのためには『覚醒 花月』が必須。それには紗里奈と薫、両者の力が必要だ。どちらかに戦闘の意志が無いとろくに戦えない。何とかここで立ち直らせたい、そうでないと何かあった時に学園側は負ける。
「…もう理屈こねくり回しても意味ないって事ね。じゃあ感情論で行かせてもらうけど…戦って、そうじゃないと私は嫌だから。まだニアちゃんは生き残れる可能性がある。私はロッド、少しでも生きていて欲しいの、親戚ではあるから」
「……知るかよ…佐須魔だって俺の親戚、いやそれよりも強い兄弟だ」
「もう良い、ただ逃げたいだけじゃん。情けない」
失望した紗里奈は体の主導権を奪い、動かす事にした。
ガネーシャは動こうとしていなかったのか移動していない。ひとまず他の仲間と共に佐須魔戦を開始したい。恐らくケツァルはまだ來花を止めてくれているし、いざとなったら駆け付けてくれるだろう。他のメンバーも行けるはずだ。まだ元の霊力が蔓延しているので残り少ない重要幹部は無理に動けないはずだ。唯一心配なアリスも術式が使えない状況では佐須魔戦への乱入はしてこないはずだ。
『薫、と言っても今は紗里奈。色々あって薫はもう戦うつもりがないみたい』
すると一瞬で絵梨花から『阿吽』が来る。
『それじゃあ花月使えないじゃん』
『そう言う事になる。でも今生きてる皆の協力があれば何とかなる、もう仕掛けたい』
『…まぁしょうがねぇか、私ももう動けるから一応行けるぞ。でももうちょい待ってくれ』
『俺は行ける』
正円からだ。
『俺とリヨンも行ける』
サルサとリヨンも準備万端。
『私も…行けます』
少しヤバそうだが乾枝も行けるとの事だ。ケツァルと崎田は戦闘中なので連絡が来ない。正円とサルサは既に離脱し、佐須魔戦の準備を終えている。
行けるだろう。
『だが少し話したい、そこから動かないでくれ』
サルサがそう言って動かないよう聞かせる。どうやら薫と話したいらしい。数秒後、傍まで来た。
「失礼」
そう言って首に手を当てた。確かに紗里奈が主導権を握っているのを感じ取って訊ねる。
「無理矢理奪ったりはしていないですよね」
「するわけ無いですよ、花月使えるのは薫であって私ではないですから」
「ふむ……何があったかは大体分かります」
三つの死体を見れば状況などすぐに分かる。
「このままではこちらに勝ち目はない、リヨンと俺でも敵わない敵に不完全な状態で挑んで勝てるとは到底思えない」
「そう思います。ですが薫はもう…どうやらまだ佐須魔に情を持っていて説得出来ないか、なんて思っていたみたいで…」
「仕方無い感情ではある。幾ら最悪な人間でも弟だ、俺だって自分の手で家族を殺せと言われたら厳しい所がある。だがそうなると話が変わってしまうな……どうしても無理そうだったか?」
「はい…」
「そうか…」
だがその時だった。サルサの顔色が変わる、目を見開き、驚愕したような感じだ。薫がどうしたのか訊ねてみたが答えは無い。五秒後、ハッとした様に正気を取り戻し口を開く。
「いや大丈夫だ、このまま戦闘を開始しよう。恐らく薫は動くはずだ」
根拠を聞いても黙っている。何が何だか分からないがサルサは物凄い自信がある様に感じた。薫は結局従い、このまま作戦も変えず始める事とした。
再度全員に連絡を行い準備は出来ているか訊ねた。行ける。
まずは一人、薫の単独突入によって、この作戦は始まる。
「…もう…無理…」
ボロボロの崎田、限界だ。ボコボコにされて血まみれ、内臓もグチャグチャでどうにもならない。霊力も尽きる寸前だ。
だがそんな時、ゲートを開いてやって来た。
「よくやった崎田、そんじゃやろうぜ、佐須魔」
「…あぁ、良いよ」
佐須魔の嫌な笑みを共に、最強対最強の戦闘が幕を開けた。
ただしその最強は、偽物である。
第四百九十三話「最強と最強」




