第四百八十九話
御伽学園戦闘病
第四百八十九話「分岐点-華方 薫」
握っている短剣、名を[賢者の献身]と言う。大男だと握るのが難しい大きさの短剣である、効果は体の重要な部分を代償にする事で"現在受けている能力のどれか一つ"を永久的に無効化する力がある。だがあくまで注意すべきなのは本体だけであって、智鷹が銃を撃ったりしてもスローな事に変わりは無い。
だが対面している兆波はそんな事知らないし、万が一知っていたとしても警戒すべきなのは全く変わらない。
「何で動けてんだよ…」
「こいつさ」
クルクルとまるでバタフライナイフのように振り回しながら見せつける。明らかに武具なのだが効果が分からない。無効化系なのは予測出来るが詳細が本当に何も分からない。いつ取り出したのかさえ分かっていないのだから当たり前と言えば当たり前だ。
ひとまず距離を取ろうとするが智鷹が左手をグレネードランチャーに変え、銃口を兆波の少し横にセットする。
「動かない方が良いよ、今の僕は上手く銃の操作が出来ない可能性がある」
遠回しに動いたら撃つと言っているのだ。当然動けない、翔子もそろそろ気付いただろうが能力を解く必要は無い、とりあえず使っておけば利点にはなるはずだ。
「僕は一応TISのボスなんだ、それは佐須魔が神になった後も変わっていない。それは三獄全員の意向さ。でも大きな地位に居座るにはそれ相応の権威が必要だ。僕は喋り方とか性格のせいで舐められる事が多いからね、その分を凶悪な武具達で埋め合わせているのさ」
「武具を作り出した張本人ってのは有名だが……まさかこんな事も出来るとはな」
「手札は多いよ、本当に。既に誰も到達出来ない領域の武具さえ作れるようになってる、神殺しなんて優に超えちゃう武具さ」
一層兆波の警戒が増す。
「だが安心して良いよ、僕はただ強いだけの武具に興味はない。特殊な効果だったり、大きな代償が必要だったりするんだ、僕の武具は」
「ずっと訊きたかったんだよな地味に、なんでそんな事するんだよ、意味ないだろ」
「あるよ?だって普通の武具なんてもう作り飽きたもん」
本人からすれば何らおかしい所など無い発言だっただろう。だが圧倒的な経験と技術を見せつけるにはそんなありきたりな言葉で事足りた。
兆波は感じ取った、智鷹と自分の間に立てられている視認出来ない高く厚く地平線の彷徨まで続く巨大な壁を。
「急に強張るね~、別にそんな緊張する事無いのに。僕だって戦闘病患者だ、楽しんだ方が互いに得だろ?」
「俺は本格的に発症してない…」
「え?スゴ!あんなに周囲に戦闘病患者がいるのに発症してなかったんだ~、僕だったら無理だな~。だって僕根っからだもん」
次の瞬間右手の機関銃を兆波に向け、撃った。すぐに避ける動作をしたがおかしい、何も通過していない。軽く移動してから視線を戻すと銃弾は今頃通過していた。ここで安心出来る、銃弾はスローを受けているのだ。
それならば大して状況は変わらないはず、まだ兆波の優勢である事に変化はない。このまま押し切ってここで殺す。そう意気込んで踏み込んだその瞬間、間違いに気付く。
「そう、駄目だよそれじゃ」
智鷹は左手のグレネードランチャーを既に解除しており、素手になっていた。そしてそのまま無防備な左腕を掴み一瞬拘束、変わらず殴ろうとする兆波の首元に銃口を突き立て、撃つ。
距離はまさしくゼロ、避ける事も出来ないし、即着だ。幾ら身体強化を使っていようともゼロ距離機関銃を受けたらひとたまりもない。何とか一撃顔面にくらわせ吹っ飛ばす事で距離を取れた。
すぐに後退し、止血を試みる。首から血が垂れており居場所がバレるので翔子の元にはいけない。だが『阿吽』は出来る。恐らく発動帯に損傷が起こったと連絡しようとするが『阿吽』が使えない。
青ざめ、冷や汗を流しながら何度も何度も使用する。発生しない、使えない。
「まさか…」
身体強化を発動してみようとした、出来ない。何も、変わらない。
だが焦らない。こうなってしまったからには一度戦線を離脱するしかない、もうこれ以上戦うのは無理だ。ただ一つ、ここで難しい選択を迫られる。
翔子の所に行くべきかどうかである。『阿吽』が使えないので接近しなくてはいけないのだが血が出ているので智鷹には居場所がバレ、能力が使えないので守る事が出来ない。だがそれでも伝えなくてはいけない情報である、ただし最悪の場合二人同時に殺される。
どうするべきか迷った兆波が取った選択肢、それは"時計の通知"だった。死ぬことによって通知が流れれば嫌でも翔子には伝わり、智鷹との戦いは終わるはずだ。
「…行くか」
死ぬ事に恐怖は無い、ここで変なミスをして後々響く方が駄目だ。ならばここで翔子が死ぬよりは良いだろう。
「にしても迂闊だったな……あそこで掴んで撃って来るか…」
作戦通り且つ平常心を保てていればちゃんと避けられたであろうが賢者の献身のせいで惑わされ破壊されてしまった。やはり何処まで行っても中途半端、反省点しかない。
「でもまぁ翔子がいれば佐須魔戦では何とかなるか……後は任せるぞ、薫」
託した直後、背後から気配がする。振り返りながら殴り掛かるとやはりそこには智鷹がいた。賢者の献身で直接殴りに来たようだ。
いくら能力が使えないと言っても鍛えてはいた、それぐらい避けられるし、受け流せる。だが明らかにパフォーマンスが落ちた兆波を見て智鷹は破壊出来たのだと悟った。
「どうだい壊された感覚ってのは、僕破壊された事無いから分からないんだ。普通の能力者に試してもすぐ死ぬし」
「どうもこうも無いだろ…そもそも普段から発動帯の恩恵とか肌で感じないんだからよ」
「確かに。じゃあ感覚としては変化無し、って事で良いんだね。ありがとう、それだけでも生かしておいた価値があったね」
これで終わらせようと一気に距離を詰め、両手を機関銃にしてゼロ距離で乱射した。だが兆波は咄嗟の判断によって転がり、何とか回避した。
「まだ戦う意思はあると…良いね!」
急激に智鷹のテンションが上がる。佐須魔程ではないが気味の悪い笑みを浮かべ、兆波に向けて撃ち続ける。
「クッソ…!弾幕がヤベェ!」
全力で避ける事しか出来ない。だがそれも限界は近い、生身のニンゲンがここまで耐えられている時点でおかしいので上出来ではある。
「凄いね!良く避けるよ!」
「褒めるぐらいなら撃つのやめてもらって良いか!?」
「無理だね!!」
更に速度が速くなる。もうこれ以上無理だ、そう思った直後右足のふくらはぎが少し抉れた。物凄い痛みに悶えそうになるも足を止めない。
もうヘロヘロ、いつ頭を撃ち抜かれるかも分からないと言う状況下。だがそこで現れる、救世主。
「おい、何してんだよ兆波」
ゲートで現れ、無詠唱の上反射で軽く跳ね返す。
「薫…!」
「何で負けてんだ?お前そんな風に…というか何であいつ普通に動いてんだ」
「武具だ、銃弾は遅いが本体の速度は通常、気を付けろ」
「そうか。でも何で…」
首元と減って行く霊力放出を見て勘付く。
「やられたか」
「あぁ…すまない……」
「まぁ良い。後は俺がやる」
智鷹ぐらい軽く捻って終わりだ。そう考え適当な武具を取り出すためにゲートを生成したその時の事、智鷹の右腕が変な物に変化する。
「知ってるかい?電磁砲」
「逃げろ兆波!」
ゲートに押し込もうとしたが既に遅い、智鷹は戦闘病によって強くなっている。本来は簡単に扱える銃にしか変えられないのだが、理屈など考えずに感覚で戦っている時は勝手が違う。レールガンのような普通では使われない兵器にも変えられるのだ。
「これでも僕は、ボスだからね」
放たれる光線、上反射を三枚重ねで発動しようとしたが間に合わない。真面目に死ぬ、何とか策が無いか一瞬で記憶を掘り起こそうとした。だがそれより先に、兆波が動く。
薫を庇うようにして前に立ち、右脇腹を持って行かれながらも何とか耐えた。
「やるね!流石"元"能力者だ」
「おい兆波!何して…」
「逃げろよ薫、俺はもう長くないし能力が使えない時点でガチの役立たずだ。残しておく意味がない。それよりお前は佐須魔とやるんだろ、無駄にすんなよ、皆の意志」
「いやゲートを使えば良いだろ!」
「見ろよあいつの顔、追いかけるだろ」
半笑いで智鷹の方を指差した。笑み、それだけで理解出来る。
「…それもそうだが!」
そんな時、装填が完了する。二人がマズイと何とか互いを逃がそうとしている。智鷹は待たない、決着の付かない二人に向けて二度目の放出。
今度こそ避ける術はない。無理にでも兆波が受け、薫を放り投げようとする。だがそれが間違いだと気付くには少し遅かった。空中にいる薫に向けて、左手を向ける智鷹。
瞬時に変化する左手、当然電磁砲。
「ホント何してんの、ちゃんとやってよ、二人共」
だがそこを救う。智鷹の両手を阻むようにして眼前に立つ一人の女。
「ちゃんと逃げてよ、だって私が一番弱いから」
囮、時也 翔子。
智鷹は少しも、待ったりしない。
放たれる、二回の光線。
意志を受け取った兆波は落下する薫を掴み、肩に担ぐ。そして暴れる薫を抑えつけながら走り出す、当然真反対へと。
捨てる決断、兆波が間違った時点で選択肢など、何処にも存在していなかった。
第四百八十九話「分岐点-華方 薫」




