第四百八十七話
御伽学園戦闘病
第四百八十七話「鬼の居ぬ間に」
崎田は唯一敵がすぐ傍にいない所に飛ばされていた。それには理由があり、戦闘を仕掛けるのが元の霊力が満ちるか、元の戦闘が終わった後と決められていたからだ。
現在元の戦闘は終盤、そろそろ終わるだろうと予測していた崎田は早速準備を始める。と言っても霊力補充チョコの分配を間違えていないか、霊力残量の把握、健康状態の確認ぐらいだ。
「よーし!準備オッケー!」
來花と原はケツァルと正円が何とかしてくれると言っていたので崎田はフリー状態。だがそうなると相手は必然的に絞られる、佐須魔のみ。
「さぁ、頑張るぞ」
ほっぺたを軽く叩き気合を入れ直す。準備万端、直後タイミング良く通知が来る。元の名前が見えた瞬間に全力疾走で中央に向かう。その事に気付いたのであろうアリスが向かって来るが意味は無い。
『エリ!憶蝕何匹かアリスの傍に出して!』
現在アリスの最重要事項はニアと対面する事。その前にトリである佐須魔がやられるとニアと戦えなくなる可能性がある、故に崎田の方へ向かっていた。だが憶蝕に触れ、記憶を喰われた場合ニアという存在すら忘れてしまう。
別に他の記憶などどうでも良いのだが、ニアだけは忘れたくない。なので迂闊に近付けず、崎田は見逃すしか無くなると言う訳だ。
教師陣の中で一番細かく考えて来たのは薫でもなく、絵梨花でもなく崎田である。何故なら元の次に肝心な役割を担っている。その目標は佐須魔との戦闘が出来ないとどうやっても達成出来ないのだ。
「へー、崎田なんだ。薫との戦闘で有利になるために小細工でもするつもり?」
佐須魔と対面する。
「どうだろうね。少なくとも私はちゃんと殺すつもりだよ」
「妙に静かじゃないか、いつもみたいに馬鹿騒ぎしてくれよ、調子が狂う」
「嫌だね!……あ」
「本当に馬鹿なんだな」
軽く笑いながら佐須魔は話題を戻す。
「それにしても一人で僕に勝つって…流石に舐めすぎじゃない?」
「そんな事無いよ、私は強いもん。絵梨花先輩とかにはそりゃ敵わないけどさ……でもあなたに勝つぐらいには、力を付けたつもりだもん」
「そうかい。それじゃあ始めようか。僕も薫に乱入されると勝てるか危いからね、出来る限り全力で」
不可解な点がある。何故元の霊力が蔓延しているのに当たり前のように戦闘を仕掛けて来たのだろうか、まだ能力を使用していないので分からないが何か対策があるとしか思えない。
だからと言って逃げ出せる状況でもないので注意しながら戦う。
「さぁ、行くよ」
佐須魔の右手には一瞬、打が握られたように見えた。
そして次の瞬間、崎田の左肩と胴体を分断するかのようにして、雷の壁が隔たれる流石の崎田でも理解が追いつかず、少し隙を晒してしまった。だが佐須魔だって崎田の脅威性を知らないはずがないので、一撃入れて後退する。
とにかくヒット&アウェイに徹するのだ。そうすればフィジカルの弱い崎田は疲労し、何処かで大きな隙を見せる。そこを強い攻撃で突けば絶対に勝てる。
「いったいな……」
雷のせいで左手が取れてしまったがすぐに作り出し、霊力が籠められた接着剤を使って即行で付け直した。自分の腕など何回も吹っ飛んでいるので大した反応も出てこないが、打の威力がヤバイ事だけは理解出来た。
あれを脳天からくらったら恐らく即死するだろう。そして霊力の雷なので防ごうとしたら『転』を使う必要が出て来て、『転』を使ったら単純な肉弾戦に持ち込まれてボコボコにされる未来しか見えない。
この時点で結構なピンチなのだがそこは崎田の能力、柔軟な発想力だけで生きて来たのだからこんな場面も切り抜けられる。
「あぁ、もうやるんだ」
崎田の能力の真骨頂、人智を超える創造物。
「当たり前でしょ、ここで死んだら、勿体ない」
飲み込む錠剤。攻撃を三度完全無効にする。そしてもう一つ錠剤を飲み込んだ。それは考えている事が相手に伝わらないようにする薬である。
最善の策。ここで佐須魔に心を読まれてはいけない、ただし露骨すぎてもいけない。なのでこういった状況を作り出した、普通に考えれば一つ目の薬の効果を知られない為に二個目の薬を呑んだと思うに決まっている。
「普通のニンゲンならそう思うだろうね。だけど僕がそこまで読めないと思っているのかい?」
一瞬の動揺。ピクリと体が反応し、薄く冷や汗が滲んだ。
「ありがとう、やはりそうだったね」
遅い、気付くのが。
今の発言は完全にブラフ、反応を窺っていたのだ。詳細までは気付かれてい無さそうなのが幸いだが何か隠しているのはバレてしまった。こうなると両者気軽には動けない、何が起こるか分からないからだ。
それに元の霊力が効いていない、このままでは何も出来ずに崎田は負ける。それだけは阻止したいので少しでも爪痕を残す為にもこの薬の効力を"上手く"発揮させたい。
「まぁ、試してみるかな」
『肆式-弐条.両盡耿』
普通のニンゲンならば相当ヤバイと感じ範囲外に逃げるだろう。だが崎田はそうはしなかった、むしろ範囲内に留まる気しかない。こんな良い状況を利用しない手はない。
光が満ちたその瞬間、崎田の霊力反応が消えた。少なすぎて両盡耿に押しつぶされているか、それとも無くなったかの二択。だがどちらであろうと問題は無い。佐須魔はただ光が消えるのを待っていた。
そんな佐須魔の眼前に飛び込んで来る崎田。無傷かつ、右手にはメリケンサックの様な道具を付けている。そして殴り掛かっている。
そんな状況に置かれているにも関わらず一瞬で判断しなくてはいけない、そうなると導き出される答えは一つ。人智を超える創造を行い、霊力が枯渇したので『転』で無傷になった。
「でもそれなら、これが効く!」
単純な物理攻撃が良く効くはずだ。右手の霊力を完全に抜き、そのまま殴り掛かった。崎田の攻撃は甘んじて受け入れる。基本的に殴り合っても負ける事は無いから。
「ナイス、予想通りの動き」
次の瞬間見事に決まる左手でのアッパー、それは透明になる布、だがそれも一応人智を超える物のはずだ。二個も生成できるほど霊力に余りは無かったように感じる。
だが当たり前なのだ、右手に付けているメリケンサックはブラフ、ただのメリケンサック、しかもプラスチック製なのでほとんど訓練によって燃費が良くなった崎田にとっては消費はあってないような物。なので布に霊力を割き、メリケンサックに意識を移させる。そうすれば決まる、そんな単調な考えは見事に的中した。
「痛いな…でも、問題なし」
ノールックで反撃の蹴りを繰り出した。崎田は避けられず吹っ飛ばされる。あと一回、一応ダメージは無いが位置状況があまり良くない。
佐須魔は気付いたはずだ、通常攻撃も効いていないと。そうすれば薬の効果だと疑うのは時間の問題、導き出された後は何回も攻撃して隙が無いか突いて来そうである。そうなったら崎田は一巻の終わり、負ける。
「……」
息を呑み、暴れる心臓の鼓動を落ち着かせる。
「どうした、来なよ」
余裕綽々、もう薬の効果はバレていると思った方が良いだろう。
「…一つ訊かせてよ」
「良いよ。時間稼ぎでも何でもしてくれ」
「何で私達を殺す必要があるの…?」
「それは君らが抵抗するからだよ。別に害が無ければこっちだって手を出さないよ」
「じゃあ本当に自分達が真の正義だって考えてるって事?」
「真ってのは引っかかるな、正義に真も偽も無いだろ。あくまで思想の話なんだ。僕らは僕らが正しいと信じて行動している、それだけに過ぎないんだよ。そして愚かにも真理に至れない馬鹿共を殺し、平和をもたらす。
僕は神に成る時知ったのさ、この世にニンゲンは必要無いって」
まるで馬鹿みたいな戯言なのだが、本人は真面目のようだ。
「そう……でも残念だったね、もうこれで、私の勝ちだから」
その瞬間崎田の手に握られた物、偽物か本物かまでは判別が付かない。それほどまでに精巧で、力に満ち溢れていた。
たった一本の剣、名を[剣]である。
自壊と破壊を繰り返す神の力、そのもの。
第四百八十七話「鬼の居ぬ間に」




