第四百八十六話
御伽学園戦闘病
第四百八十六話「杉田 素戔嗚」
[唯刀 素戔嗚]を手にする。霊力放出の感じでは変化は無いように感じるが、少し圧が強くなったようにも感じる。犬神も出ているので出来る限りダメージを受けないようにしながら、[唯刀 素戔嗚]の情報を引き出すのが先決だろう。
乾枝の能力は未知の相手に対応は出来る、だがそれは勝ちと言う最大限の功績を捨てて辛うじて達成出来る事なのだ。まだ勝てないと決まった訳では無い、しっかりと見極める。
「何かが劇的に変わる、そんな物は期待していなかったし、欲しくも無かった。師匠も良くそれを理解してくれているようだ。ただただ特殊な力を一つ、盛り込んでくれている」
早速使う、その力を。
『降霊・刀・スサノオ』
そう、草薙の剣以外への降霊を断固として嫌がっていたスサノオを降ろせる、その事に気付いた。それは柄に触れた時から大体察していた事でもある、手に馴染むとまでは行かずとも以前使ってみた通常武具よりは使いやすい気がする。
手のサイズなども完璧に調節してくれているのだろう。素戔嗚の剣技に関しては本人よりも刀迦の方は熟知している。そんな刀迦が特注した刀、使いづらいはずがない。
「…ふむ、そう言う事か」
だがそれだけではない。今までスサノオは降霊すると勝手に動き出し、実質的に草薙の剣が使えない状況になっていた。故に村正を所持していたのだ。
ただ刀迦はこうなる事も予測していた、なのでスサノオが勝手に動けないように純ギアル製ではなく少し鉄も含めている。こうすればスサノオの自我は反映されない。もしかしたらこの神話武具と通常武具の間ぐらいの物だからこそ上手く扱えるのかもしれない。
「これは良いな」
現を抜かしているように見えた素戔嗚は次の瞬間乾枝の眼前にまで迫っていた。姿勢は低く、明確な殺意を向けながら切り上げた。乾枝は何とかかわしたが本当に危なかった。
明らかに今までとは速度が違う、もしかしたら当人は自覚していないが身体強化の力もあるのかもしれない。それか戦闘病が進んでいる可能性も否定できない。ひとまずは逃げても良いだろう。
「逃がさないさ」
背後に回られる。だがこう来るだろうとは予測していたので回し蹴りを繰り出したが左手で軽々と受け止められた。そして隙を見せたらどうなるかは分かり切っている、右手だけで斬られる。
やはり武具、それに加えてスサノオが降ろされているからか物凄く痛い。斬られたのは胴体だったのだが、切れ味が凄いので内臓にも届きそうだった。
すぐに足を引き抜き、距離を取るため下がろうとバックステップをしたその直後、犬神に背後からタックルをかまされる。意識外からの攻撃だったのもあって完全に体勢を崩してしまった。
「俺は強い、舐めるなよ」
直後振り下ろされる刀。今度は右腕だけを狙った攻撃だった。もう仕方が無いので斬られる覚悟で飛び起きようとする、やられたままでは駄目だ。
「それは我が許さない」
犬神がエリを咥え、思い切り地面に叩きつけた。どうしても二対一だと厳しい。まだ死なないとは分かっていたが早めにこの流れを止めなくては手遅れになってしまう。
乾枝は考える間も与えられないので瞬時の判断で使う事にした、この技術を。
「エリ、頼む」
次の瞬間犬神と素戔嗚の頭上に烙花蟲が現れ、霊力を吸う。二人はすぐさま範囲外まで移動したが、吐き出された炎によって一秒も満たない時間ではあるものの乾枝を捉えられなかった。
問題は無いだろうと考えていたその時、炎が明ける。そこには誰もいなかった。霊力残滓はそこに残っており、気配もそこにあるように感じられる。
だが犬神が攻撃を試みても実体が何もない。完全に嵌められたと悟ったが成す術がない。手がかりは無く、まるで透明人間になったかのように姿を消してしまった。
恐らくそう遠くには行っていないだろうが探し出せる気はしない。
「……どうする犬神」
「我に訊かれても何とも言えない。お前が決める事だろう、素戔嗚」
「それもそうだな……憶測ではあるがあの隠密技術を使用しているのだろう。俺はあの仕組みが分からない、お前もだろ?犬神」
「勿論な。分かっているのならとっくに伝えている」
「そうすると俺達が出来る事は一つだ」
犬神に背中を預ける。
「ただひたすらに待つ、か」
「そう言う事だ。そもそも俺達は乾枝を殺さなくたって何も言われないだろう。三獄の方々が殲滅してくれるはずだからな……それよりも俺は…」
そう言いかけた瞬間、犬神が吹っ飛ぶ。振り返りながら適当に刀を振るう。当然スカったのだが姿が一瞬だけ見えた。確かに乾枝がいる、ただしまた見えなくなった。
やはりこの隠密は何かが変だ。能力でないのにこんな事が出来るとは思えない。生徒会の奴らも使えていたので『覚醒能力』という説は排除出来るだろう。そうなるとやはり技術の類、素戔嗚にはこれがどうやって出来ているのか見当も付かないのだ。
「大丈夫か」
「ただ蹴られただけ、問題は無い……だが一つおかしい事がある、真正面から蹴られたのに触れられた瞬間から視界に入った」
「やはり何らかの術か…両盡耿があれば楽なのだが……生憎使えないからな。とりあえずは機を待つ」
だが次の瞬間、乾枝の拳が顔面にヒットする。ほんの一瞬体が動かなくなったがすぐに戻る。能力なのだろうが不自然過ぎる、本当に一瞬だけだった。幾ら少ししか触っていないと言っても意図していないと発生しない時間である。まるで反撃だけを封じるかのように、一瞬。
巡らせる、ひたすらに思考を。
「…何!?」
すると突如として満ちる謎の霊力、元の死を告げると通知と共に元の霊力が島に満ちた。一応佐須魔に連絡しようと『阿吽』を使おうとしたが烙花蟲が大量に現れ、全ての通常霊力を吸ってしまう。しかもまだまだ沢山出て来ている、これでは霊力を外に出す事が出来ず、能力の発動が出来ない。
背後を見ると当然犬神は消えているし、刀からはスサノオの気配も感じられない。
「能力封じか…確かに放出さえ抑えてしまえば一時的に封じる事は出来るが……俺には刀があれば問題無い」
その時感じる、強烈な違和感。何故だか分からない、だが満ち満ちた元の霊力に妙な違和感を覚えるのだ。
「……あぁ、そう言う事か」
隠密、その正体に気付いた素戔嗚は勝ちを確信した。もう待つ必要は無い、仕掛けて終わりだ。
『降霊術・唱・犬神』
意味の無い降霊術、だがそれは"通常の場合"に限る。現在この空間の霊力は九割を占める元の霊力と、残りの一割を占める乾枝の霊力で構成されている。この乾枝の霊力量は単純な放出と見ても明らかにおかしい、数値に表すと大体150近くは漂っているのだ。
絶対に意図的、そうなるとこれが仕掛けだと分かる。そしてずっと気になっていた事があった、何故触れられた瞬間だけ少し分かるのかという所だ。
それは乾枝が能力を使用したから、放出されている霊力を使用したから。体に纏わせている自分自身の霊力を減らしたから。
「もう分かった、小賢しい真似をするな、乾枝」
ずっと霊力を纏い、放出を少なくする事によって霊力感知での探知を無効とする。だがどうやって肉眼をも欺いたのか、それは簡単、結界だ。
シウに展開してもらったのは素戔嗚が霊力の異様な動きを見れなくする、というものだ。こんな回りくどい効果にしたのも理由がある、素戔嗚は癖として霊力感知を多用している、基本肉眼は使っているが相手の動きが自分より速いのがデフォルトだと考えており肉眼では無理が出てくる場面が今までに何度もあったからだ。
それ故か霊力感知の質は高く、適当に霊力を纏うだけじゃ移動している最中に見つかってもおかしくなかった。だが肉眼での状況確認を大して鍛えてこなかった素戔嗚ならばそこら辺を放っておいても気付かないだろう、乾枝はそう考えていたのだ。
「そうさ、俺は肉眼での戦闘があまり得意ではない、常に師匠にトップスピードでボコボコにされていたからな、癖として霊力感知を使う。だがな、甘い。
そんなプラスチックの様な壁で俺の走りを止められると思うなよ」
『降霊術・唱・犬神』
『降霊術・唱・犬神』
『降霊術・唱・犬神』
何度も何度も、意味の無い降霊術を繰り返していく。だが捻じ曲がる、霊力の割合が。増えていく、素戔嗚の霊力が。無駄ではない、霊力放出を増やすだけでは悟られるのでわざと術を使って放出を増やしていた。
浸蝕する、押しのける、元の霊力を。
「悪いが俺の勝ちだ」
一秒も経たぬ間に結界内を走り、素戔嗚の霊力で元の霊力を押しのけて行った。そして見える、乾枝の部位。眼だけが少し、浮き出ている。
「お前の霊力も押し流した。残念だったな、虚像を纏っても意味は無い。俺に対してはな」
思い切り降り被さった。避ける隙も与えない四連撃、師匠を彷彿とさせる素晴らしく速い剣術に乾枝は成す術もなく、その場に倒れた。霊力は剥がれ、実質的な透明化が無くなった。
血を払い、布で完璧に拭き取ってから鞘に納めた。
「行くぞ犬神、三方の元に」
杉田 素戔嗚、この男、試合に勝って勝負に負けた。
甘いのは両方、通知を確認しなかった。
当然残っている、乾枝の息は。
「さぁしっかりしろよー、まだ生きてくれよー」
駆け付けたのは兆波 正円。
まだ、死ねない。
第四百八十六話「杉田 素戔嗚」




