第四百八十四話
御伽学園戦闘病
第四百八十四話「絵梨花」
譽は気付かない、絵梨花の疑似覚醒に。ここでのキモは完全に覚醒しない事である、絵梨花は完全に覚醒すると『覚醒能力』を発現するのだが譽と戦うには少々相性が悪い。
なので疑似覚醒と言うグレードを一つ下げた状態で戦う。単純な身体能力の向上、能力の微量な強化、そして発症の促進。この三つがかけ合わさる事によって強くなるのは言うまでも無いが、絵梨花の場合は少し特殊なのだ。
能力の強化が無い代わりに戦闘病促進が強くなる。そして絵梨花は一度だけ戦闘病を発症した事があったのだが、自分自身を抑えきれず結果的に薫にボコボコにされ、気絶するという形で治まった。当時の事を考慮に入れると戦闘病を利用するのはあまり良い策とは言えないだろう。
故に身体強化と、少し高揚した気分だけを使って、譽を殺す。
「さぁ行くよ!!」
いきなり指を見せつけて来た。その行動に譽は驚く。一度試したことがある、両手を落とした場合能力を発動できるのかどうか。無理だった、良く似た性質を持つので恐らく鳴らす指が無いと能力が発動できなくなるはずだ。
これは一度仮想のマモリビトと話した際に聞いたのだがこの指を鳴らす行為は強すぎる能力への制約のようなものらしい。なのでどうやっても他の手段で発動は出来ないはずである。
そして絵梨花は右腕を一瞬にして持って行かれ、使えないと判断したはずだ。それなのに恐れる事も無く堂々と見せつけて来た。
「馬鹿じゃないの」
ここで左手に攻撃が通れば譽の勝ちだ。だがほんの一瞬だけ躊躇ってしまった。絵梨花は頭が回るはずなのに馬鹿正直にこんな事をするとは思えなかったからだ。実際には気分が高揚しているだけなのだが。
「面倒だな…ホント」
一旦距離を取る事にした。空気爆発で下がる、絵梨花は機を待っているようでまだ発動してこない。このまま逃げられそうだ。譽が指を鳴らしたその瞬間、絵梨花が被せる様にして鳴らす。
何をしたいか理解した時には既に遅い。空気爆発を二倍にした、空気爆発が起こった後に空気爆発。譽の移動は空気爆発のダメージを最小限に抑える為位置取りをする必要があるのだが、二回分爆発するとそんな位置取りも当然意味が無くなる。
そしてこの爆発は自分自身の能力によるダメージではないので譽もくらう。即ち全身に丸々一撃分と小さな衝撃分の空気爆発が襲い掛かる。
すぐさま体の硬度を更に上げようとしたのだが指を出すのがリスキー過ぎる。仕方無く指を隠すような体勢を取り、そのまま吹っ飛ばされた。
透明の壁にぶち当たる。どうやら大きめで透明の脱出不可結界を展開していたようだ。
「マズイ!」
空気爆発で避ける事は出来ない。身体能力を三倍にして一旦体勢を立て直そうとしたがとんでもない勢いで絵梨花が飛んできている。空気爆発を使って追いかけてきているようだ。
「でもその速度なら…」
迎え撃とうとしたが指を出してはいけないと悟った。絵梨花は常に左手の指を鳴らす準備をしている。待ち構えているのか、それとも近付いて即能力を発動しようとしているのか、そこまでは分からない。
だが今ここで片腕を失う覚悟で勝負を仕掛けるのはあまりにリスクがデカすぎる。絵梨花が同じ様に再生を封じないのなら問題は無いのだが、そもそも生やすのにだって手間がかかる。結界という閉鎖空間なので簡単に逃げる事も出来ないだろう。
だからと言ってこのまま止まっているのもリスクが高い。仕方が無いので足を使って距離を取ろうと動き出した。
「おいおい!そんなんじゃ逃げれるわけないだろ!!」
両サイドに空気爆発。逃げ道が無くなった。跳ぶにも能力が必要だし、掘って逃げるにも能力が必要。天秤にかけるまでもない、リスクを取ってでも使うしかないのだ。
すぐに左手を出し、見せつけながら対抗の空気爆発を起こそうとした。だがその時、第三者の介入。譽の霊力放出が全て吸われる、周囲の霊力も当然。
「烙花蟲!!」
能力はほんの少しでも霊力放出、または付近に霊力があれば使用出来る。逆に言うと何も無い状態では発動出来ないのだ。普通の戦闘ならばすぐに出して能力使用に走れば問題は無いのだが相手が絵梨花なのでそうもいかない。
一瞬の緩みによって敗北に繋がった。
「終わりだ」
指が鳴った。譽の全身にまとわりつくような鈍痛、それに重なるような鋭い痛み。死に向かっていると直感できた。故に譽は何をすれば良いのか理解していた。そしてそれと同時に溢れ出す走馬灯、思い出したくもない、昔の記憶。
たった一つの記憶の画面。
それは現世の時間で十数年前の事、譽がまだTISに所属しておらず、外の世界で隠密能力者として両親と三人で生活を送っている時の事だった。
まだ小学生で能力の使い方すら分からないような状態。当然戦闘病なんかも発症しておらず、ただの女の子だった。何の変哲も無い暮らしだった、ただその日までは。
事が動いたのは寒い冬の日だった。いつも通り学校から帰って来た譽はいつも通り一人だった。両親は島に行きたがっているのだが物価が分からないのでとりあえず蓄える為に共働きなのだ。
別に寂しいと感じた事もなかったがとにかく暇であった。友達も少なく、放課後に遊ぶような事は極稀だったのだ。
「…あれ?誰かいる?」
二階に気配を感じる。
恐る恐る上ってみる、どうやら自分の部屋から気配を感じる。ドアはしまっている。ゆっくりと扉を開けたその瞬間、中年の男が覆い被さって来る。
何が起こったのか理解出来ず呆然としている譽に乗りかかったまま男は息を荒らげ、血走った目で見つめている。
「重い…嫌……だれ…」
男は一撃譽の顔面をぶん殴った。今まで感じた事の無い痛み、鼻血を垂らしながら泣き叫ぶ。無理矢理口を抑えつけられ、抵抗が出来ない。
「黙ってろよ…」
そいつは気持ちの悪い手付きで服を脱がそうとしてくる。当時の譽には何も分からなかったが、本能が嫌がり、喉元がむずむずする。
ズボンに手をかけられたその瞬間、完全に本能で指を鳴らした。一瞬男が困惑したが、一秒後には肉片になっていた。
本当に意味が分からず怯える譽は鳴く事しか出来なかった。当然調整など出来なかったので壁も吹き飛び、音もデカかった。近隣住民が駆け付けて来るのも必然である。
そして一人のおばさんが何かヤバイと察したのか家に入ってそのまま二階に上がって来た。そして血だらけの譽と人間だったであろう肉塊を見て絶句する。
譽がおばさんの方を見て手を伸ばす、助けてくれと言わんばかりに。だが駄目だった、次の瞬間おばさんも肉塊になってしまう。完全に能力の暴走、止められない。
元々自分が能力者であろうことは聞いていたのだが、未だに能力が出ていなかったので制御の方法も何も教えられていなかったのだ。
だがそこに現れたのは救世主であった。
『呪・封』
無理矢理にでも封じ込めた、來花の呪によって。もう気が抜けてしまった譽はそのまま気を失う。
目を覚ました。そこはどうやら助けてくれた男の家のようだ。部屋の外から女の人と気を失う前に聞いた声の人物が会話している。すると扉が開かれ、男が入って来た。
「起きたのか、調子はどうだ」
「…」
言葉が出ない。出したいのに。
「…喋れないか?」
コクリと頷く。
「何か異常がある感じか?それとも精神的な…といっても分からないか。すまない、とりあえず名乗っておく。私は華方……いや[翔馬 來花]だ」
自分も名乗ろうとしたが如何せん声が出せない。
「とりあえず状況だが君の能力は強大だ、今は私の能力で抑え込んでいるがいつ暴発するか分からない。そこで君の両親と話し合った結果能力の制御は私とその友人が教える事にした。
安心してくれ、制御を覚えれば帰すさ」
一安心、ほっとしたのが來花にも伝わったのかとりあえず互いの緊張が解けた感じがした。
「ひとまず今から私達の基地に行こうか」
ゲートが生成され、二人でそこを潜った。その先には普通の部屋があった。
「ここが君の部屋だ。とりあえずは安静にしておいてくれ、私はまだ話す事があるからな」
來花が部屋を出ようとしたが無理矢理引き留める。
「どうした?」
体が震える。
「大丈夫さ……それとも、あの二人の事か?」
頷く。
「まぁ…あれは事故だ。仕方が無かった。だがやってしまった事は事実、背けて良いわけでも無い。受け入れろ、私から言えるのはそれだけだ。そして制御は人を守るための技術、これからしっかり覚えて行こう。
今はまだ、眠るんだ」
ベッドに運ばれ、布団をかけられた。やはり気が緩み、一瞬にして眠りに就いた。
そんな記憶の一片。だが思い出した、何故自分が能力を制御を覚えたのか。本来は人を殺さない為だったはずだ。だがTISのメンバーと生活し、能力のいろはを頭に叩き込んでいく内に感じた違和感。結果として両親を殺すに至った。
恐らくその時からだった、人を殺すのが自分の目的への手段としか感じなくなったのは。だが死に際、こんな所で思い出す、他者への想い。
それはかつての自分を救済し、そのまま居場所を与えてくれた來花に向ける。
「…だってあたしは……正しいから」
絶え間なく浴びせられる空気爆発の中に晒す、右手。
「なんで、こうなっちゃったんだろ」
そんな言葉を残しながら鳴らす、絵梨花の右腕に残していた小さな爆発を一気に大きくする。絵梨花も知っていた、これをされたらもうどうしようもないと。
「意外と…やるじゃねぇか…」
互いの体が崩れ落ち、動きが止まる。
両者の発動帯が破損し、こんな状況では能力を使用出来ない状態。もう譽は良いだろうと感じ、息を止めた。少しして元に続くような通知。
《チーム〈TIS〉[紗凪架 譽] 死亡 > 幸徹 絵梨花》
絵梨花はその通知を見て安堵すると同時に、何とかして立ち上がろうとした。だが体が動かない。段々と視界が薄れていくそんな時、声がした。
『終わるにはまだ早いだろ』
聞き覚えのある声だった。ただただ安心した。
駆け付けたサルサによって応急処置を施され、何とか安定してくる。
「もう右腕は戻って来ない。左腕は何とかなったが……それよりも右半身の状態が酷い事になっている」
「まぁ…仕方ねぇよ……相打ち覚悟だったんだからな……それより今、ラックの声が聞こえたぜ…」
「俺も聞こえた、だからここに来たのだ。どうする、俺は傍にいた方が良いか?」
「いや…もう大丈夫だ…能力分の霊力が回復したら後は適当に霊力体力増やす、そうすれば…動ける」
「分かった。それじゃあ俺は行く、何かあったらリヨンに『阿吽』を頼むぞ」
「…おう」
再度一人になった絵梨花はただ独りで、この虚無を噛みしめていた。
涙が零れそうになる、この虚無に。
第四百八十四話「絵梨花」




