第四百七十六話
御伽学園戦闘病
第四百七十六話「走る衝撃」
漆はチョコでの回復を行っており、万全の状態。それに加えてまだチョコを四個も所持している。この時点で決定する、佐須魔は操られると。
だがそれ以上にマズイ、螺舌鳥悶。すぐに目の前に出て来るであろう頭蓋のみが白骨の山羊を警戒して視線を少し落とした。
「まんまと引っかかりましたね」
既に智鷹とは分断が成功している。それだけではなく時間もあったし、智鷹を離せるとも分かっていたので準備は終えている。この状況ならば無駄に難しい命令をして負担を増やす必要も無い、ただただ止めて、そこに攻撃を入れれば良いだけなのだ。
「止まってください」
佐須魔は抵抗出来ない。体が動かなくなった。次の瞬間四方八方から残っていたスズメバチ、多数の鳥、そして二匹の熊が飛び出してきた。
勿論動けないので術を発動する事も出来ない、無防備なかかし状態の佐須魔はされるがまま、刺され、削られ、殴られる。何秒続くかもわからない状態で痛みを受け続ける。まるで拷問のようにして。
「僕が使えるわけないじゃないですか、螺舌鳥悶なんて。でもインフレしてるこの状況なら使えるかも、そう思ったんでしょうね。だから目線は少ししか落とさないで僕が大きな動きを見せたら対処出来る様にしていた。凄いですけどちょっと甘いですよ」
結局現状は踊らされてばかり。ただチョコは計四個消費させ、残り二つにさせられた。薬があっても残りは上限二回分、佐須魔への命令は一回も出来ない量だ。故にここさえ耐え抜けば何の問題も無く蹂躙出来る。
どう考えても他者任せの戦闘を繰り返している漆のフィジカルが強いとは思えない。それよりも何か術を警戒するのが先だろう。すぐにでも上反射が使用できるように準備しておく。
「そうだな、確かに甘かった。だからもう容赦は無しだ」
能力が解けた瞬間に上反射を展開し、距離を詰める。その速度は本当に一瞬としか言いようがなく、漆も目で捉える事は出来ても体が追いついていない。
佐須魔を止めたいのにスピードが遅いなんて話にならない。あくまで刀迦を殺す為に配役されただけであって、本当は対抗出来る力など持っていなかったのだろう。そう考えると格上相手に挑む事を強制されて少し可哀想だが関係ない、ここで殺す。
思い切り腹部を蹴り、吹っ飛んでいる所に打を振り下ろす。物凄い電気が隔たれた壁のようにして出現し、漆に直撃する。
関電なんてレベルではない、即死するはずだ。
「直撃だ、これで…」
だが地面に墜ちた漆は何とか立ち上がった。息はあがって右目の辺りが少し火傷しており、負傷したのか目を閉じている。蹴られたせいか口から血も垂らしている。
それなのに何故か当たり前のように立った。おかしい、打の電気は普通の雷や関電なんかとは比にならないはずだ。蹴った時は別に硬いとも感じなかったし、雑魚の体だとさえ感じた。
だが正真正銘立っている、その場に。
「何で立てる?そんな体だったら一撃で…」
「僕がただ薬のおこぼれを貰うために仮想世界に行っていたとでも思っているんですか…」
「それもそうだが、どう言う事だ?蹴った時は明らかに弱かった。身体強化だと言われればまぁ納得自体は出来るが霊力のブレは感じ取れなかったからそう言う類のものでもないだろ?その言い草からして身体強化の薬でもない。一体何を…」
「これですよ」
そう言いながら漆はポケットからとある物を取り出した。それは鳥の羽根のようなものだった。だが明らかに違う、変な力を放っているし感じた事のある気配がする。
[仮想の天使]の物だろう。そうなると納得は行く。仮想の天使の力は身体強化と同じなのだがその効力がとんでもなく、拳が三人や、双子鬼が二セット分など強いとかいうレベルを超越しているのだ。
そして羽根から感じる気配からして一時的に漆に力を与える事が出来るのだろう。どんな工程を経てそんな事が出来るようになったのか非常に気になるが今は距離を取るのが先だ。
いくら上反射を展開していても天使の力を得ている漆だと勝ち目はない。既に効力が無いのだとしても距離を取るのは悪い判断では無いだろう。
「逃がしません」
やはりと言うべきか力は継続中らしく一瞬にして距離を詰めて来た。すぐに上反射を三枚重ねにする。こうすれば流石に突破されることは無い。
漆も無理だと判断して背後を取ろうとしたがそれも対策済みである。佐須魔の背中からは中途半端に腕だけ出している猫神がいるので近付くと引っ掻かれてしまう。前までなら問題は無かったが猫神も特訓したのでそう易々と近付ける霊ではなくなっている。
「駄目か…!」
それを感じ取った漆は距離を取らざるを得なかった。やはり佐須魔は手数が多すぎる、単純に殴るか待機している動物でしか攻撃出来ない漆だと対抗策が存在しえない。
このまま時間を稼ぐにしても限界はあるはずだ。智鷹は香澄が抑え切ってくれるだろうが他のメンバーの到着が間に合わない。蒼は遠いし、水葉もまだ戦っている。
滅茶苦茶に短くても一分は待たないといけない状況、だからと言って明らかな時間稼ぎ行動に出ると佐須魔が攻め立ててくるだろう。そうなると耐えるのは難しい。だからと言ってこのまま積極的に行っても反撃を貰う未来しか見えない。
「もう相当厳しいだろ、漆。別にリタイアでも良いよ、君は普通に使えるから逃しても大丈夫だって判断してる」
「…でもそうしたら僕の能力を吸って革命に利用するんでしょう?」
「当たり前だろ」
「だったら駄目です。万が一この大会であなた方を止められなかった場合生き残った少数で戦う必要がある…そんな時に莫大な霊力と僕の能力が混じり合ったあなたがいると…絶対に止められないから」
「そこまで先の事考えてもどうにもならないと思うけどね、だってこの大会で僕らが勝った時点でこの世界は終わりに等しいよ」
「……だからこそここで戦うんですよ」
「だよね。だったら先の事は考えず、今僕をどうすれば倒せるかに注力した方が良いんじゃない?」
「それが出来ればこんな風に会話してないんですけどね…」
「やっぱどれだけ力を借りても本人のスペックが高くないと持ち腐れにしかならないからね。まぁ終わらせようか。このまま長引かせても良い事は無い」
打を振りかざした。すぐさま回避行動に出たがそれすらも読んでの攻撃に決まっている。
『肆式-弐条.両盡耿』
避けたと言う事はほんの少しの隙が出来る。距離を詰めながらの両盡耿、避けられるはずもない。避けようとしても近付いて来ている佐須魔に殺されておしまいだ。ついでに周囲の動物も一掃出来るので一気に漆は窮地に立たされる事となった。
ここで取る行動として正解なのは恐らく逃げずに立ち向かい、上がっている身体能力で耐えきる事だ。だがそうはしない、通知が来たからだ。
《チーム〈TIS〉[神兎 刀迦] 死亡 > 姫乃 水葉》
佐須魔の動きが止まる。それと同時に漆は動く。佐須魔に向かて蹴りを行った。避ける事も忘れていた佐須魔は吹っ飛ばされ、隙が出来る。
両盡耿を本格的にくらう寸前、身体強化の薬も呑んでもっともっと頑丈になった。これで両盡耿如きノーダメージで突破出来る。
「あまり僕達を舐めない方が良いですよ、強いですから」
一撃一撃が重すぎる。吹っ飛ばされ、対処する前に次の攻撃が飛んで来る。やはり速さは正義と言えてしまう。
「これで!」
首元を狙った蹴りを出した次の瞬間、漆の足首が掴まれた。
「死ね」
アッパー、何かを考える間もなく衝撃によって気絶した。
そこをすかさず蹴り、殴る。まだ身体強化薬と羽根が効いているので殺せないがこのまま何秒かすれば無効化されて殺せるはずだ。最悪海にでも放れば良い。
両盡耿は明け、視界がクリアになった。
「は?」
背後から一突き、ボロボロになりながらも両盡耿の中で耐え、機を待った。仮想世界で主が得た経験を元に旧生徒会の皆をサポートした、ずっとずっとこの時を待ち望んでいた。
「鷹拝!!」
心臓をクチバシで貫いた鷹の名は[鷹拝]、風間 宗太郎の霊である。
『弐式-弐条.封包翠嵌』
すぐに鷹拝は引き剥がされ、そのまま術を浴びせられる。
『呪・剣進』
『弐式-参条.鏡辿』
この二つによって鷹拝は吹き飛ばされ、一本の木に叩きつけられた。その衝撃と鏡辿によって力を失い、元々少なかったのも相まって動けなくなる。
「そのままそこで死んどけ」
ようやく漆を殺せると振り返った。
「そう、そこで死んどけば良い。あとは私と蒼と紗里奈でやるから」
現着。
何とか立ち上がった蒼、紗里奈、水葉の三人。それだけではなく白煙とトカゲの[稟]がいる。
「良いの?今の僕じゃ手加減出来ないけど」
「必要無いよ。壊させてもらうから、第六形態」
無銘を抜き、構える。紗里奈も二人に全力で霊力を渡す。蒼は過激な連戦のせいでフラフラになりながらもしっかり佐須魔を視界に入れ、構えている。
「それじゃあまずはこいつを相手にしてくれ。その内に僕は回復させてもらうから」
そう言って呼び出す、破壊神。
『降霊術・神話霊・シヴァ』
第四百七十六話「走る衝撃」




